
火星の衛星「フォボス」から試料を持ち帰ることを目指す、JAXAの火星衛星探査計画「MMX」。火星衛星の起源や火星圏の歴史に迫るだけでなく、将来の深宇宙探査につながる技術の実証も担う計画として注目されている。
本記事では、MMXの概要やフォボスを探査する理由、国際共同ミッションとしての体制、今後の計画を整理する。
目次
MMXとは
世界初の火星圏サンプルリターン計画に挑む
MMX(Martian Moons eXploration:火星衛星探査計画)は、世界初の火星圏サンプルリターンに挑戦する、JAXA主導の火星衛星探査ミッションである。
火星を周回する2つの衛星「フォボス」と「ダイモス」の周辺観測を実施し、「フォボス」には実際に着陸してサンプル採取を行う。

これまで人類は、月や小惑星から試料を地球へ持ち帰るサンプルリターンを成功させてきた。代表例として、米国のアポロ計画、中国の嫦娥計画、日本のはやぶさ・はやぶさ2、さらにNASAのOSIRIS-RExなどが挙げられる。
MMXは、こうしたサンプルリターンの対象を火星圏へ広げる。MMXが目指す火星の衛星フォボスは平均直径約22kmの小型天体であり、球状ではなく、ジャガイモのようないびつな形状をしている。表面は細かな砂や岩石片で構成される「レゴリス」に覆われていると考えられており、MMXはこの物質を地球へ持ち帰ることを目指している。
しかし、フォボスのサンプル採取は極めて高難度である。フォボスは重力が非常に弱く、着陸時のわずかな衝撃でも探査機が表面から跳ね返るおそれがある。さらに、火星圏では地球からの指示がすぐには届かないため、探査機自身が自律的に状況を判断しながら航法や姿勢制御を行う必要もある。
つまり、MMXは「火星圏への往復航行」「超低重力天体への自律着陸」「深宇宙からのサンプル帰還」という複数の高難度技術を組み合わせて実証するのだ。
日米欧が参画する国際共同ミッション
MMXはJAXA単独で進められているわけではなく、米国・欧州を含む複数の宇宙機関が参画する国際共同プロジェクトとして推進されている。JAXAが探査機全体システムを統括し、各国が観測装置や探査機器を提供している。

また、NASAは、元素組成分析を行うガンマ線・中性子線観測装置「MEGANE」や、空気圧を利用したサンプリング機構を提供。欧州宇宙機関(ESA)は深宇宙通信用のKa帯通信機器を提供するとともに、地上局による通信支援を担う。
各国の技術と観測機器を組み合わせることで、MMXはフォボスの表面環境や物質の組成を多角的に調べ、火星衛星の起源に迫ることを目指している。

なぜ「フォボス」なのか
本プロジェクトには、宇宙の謎に迫る理学的目的と、将来の宇宙開発を見据えた工学的目的の2つの目的が存在している。
理学的目的:太陽系の成り立ちと水の起源解明
理学面における最大のテーマは、フォボスとダイモスという2つの衛星の起源の解明である。現在、火星衛星の形成については大きく2つの仮説が存在している。

1つ目は、小惑星が火星の重力によって捕獲されたとする「捕獲説」。2つ目は、太古の火星へ巨大天体が衝突し、その際に放出された破片が再集積して形成されたとする「巨大衝突説」である。
仮に巨大衝突説が正しければ、フォボスの試料には初期火星由来の物質が含まれている可能性がある。つまりMMXがサンプルを持ち帰ることで、数十億年前の火星環境、水や有機物の存在状況、さらには火星進化史に関する重要情報を得られる可能性がある。
工学的目的:将来の深宇宙ビジネスに向けた技術獲得
MMXには科学的価値だけでなく、工学的価値も存在している。
特に重要視されているのが、以下のような技術群の獲得である。
- 火星圏への往復航行
- 深宇宙での長期機体運用
- 超低重力天体への着陸
- 自律航法・誘導制御
- 深宇宙通信
- サンプル回収と地球帰還
火星圏探査では、地球近傍探査よりもはるかに長期間のミッション運用が必要となる。
さらに通信遅延が大きいため、探査機自身がリアルタイムに近い判断を行う自律探査能力が極めて重要だ。また、深宇宙から大量データを地球へ送信するためには、高度な深宇宙通信インフラも必要となる。
MMXは、「はやぶさ」「はやぶさ2」で培われた試料採取・地球帰還の技術を基盤に、火星圏への往復航行や低重力天体への着陸など、新たな課題に取り組む。そこで得られる技術は、将来的な有人火星探査や深宇宙輸送、宇宙資源探査などにつながる基盤技術として期待される。
深宇宙を往復するMMXのシステム設計
MMX探査機は、複雑なミッションを遂行するため、「往路モジュール」「探査モジュール」「帰還モジュール」という独立した3つのモジュールが結合した構造を採用している。

往路モジュールは、探査機を地球から火星圏まで運ぶ役割を担う。火星到着後は往路モジュールを分離し、探査モジュールと帰還モジュールがフォボス・ダイモスの観測や、フォボスでの試料採取を行う。
探査完了後は、試料を搭載した帰還モジュールが地球への帰還航行を開始する。この際、役割を終えた探査モジュールも火星軌道上で分離される計画だ。
このようにMMXは、ミッションの段階ごとに役割を終えたモジュールを切り離すことで、帰還に必要な機能へ機体を絞り込む設計となっている。
ロードマップ
MMXプロジェクトは約10年前から基礎的な検討が開始され、現在は2026年度内のH3ロケットによる打ち上げに向けた準備が進められている。

打ち上げ後は約1年間かけて火星圏へ到達し、フォボス・ダイモス観測を開始。
その後、フォボスへの着陸・サンプル採取を実施し、2030年に火星圏を離脱して約1年かけて地球圏へ帰還。
そして2031年度、フォボス由来サンプルを搭載した帰還カプセルが地球へ帰還する計画だ。
この往復だけでも約5年規模に及び、MMXは日本宇宙探査史上でも最長級・最大級の深宇宙探査ミッションの一つとなる。
さいごに
2031年のサンプル帰還を目標とする本プロジェクトは、一国の科学的実証にとどまらず、グローバルな宇宙開発における日本の技術的プレゼンスを確保する戦略的意義を有している。深宇宙への探査領域の拡大と技術蓄積が、今後の宇宙産業にどのようなイノベーションを創出するのか、継続的に注視していく必要がある。
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