
ロケットエンジンには、推進薬を安全に送り込むためのさまざまな部品が使われている。その中でも重要な役割を担う部品の1つが、液体やガスの漏れを防ぐ「シール技術」だ。
液体燃料ロケットエンジンのターボポンプシールを供給できる日本で唯一のメーカーであるイーグル工業は、半世紀以上にわたり日本の液体ロケット開発を支えてきた。本記事では、同社の事業とロケットエンジンにおけるシール技術の役割を解説する。目次
イーグル工業とは
主力は「漏れを防ぐ」シール製品
イーグル工業株式会社(英:Eagle Industry Co., Ltd.、以下『イーグル工業』)は1964年に設立された機械部品メーカーである。
同社の主力製品は「シール製品」だ。シールとは、機械内部の液体やガスが外部へ漏れることを防ぐための部品である。
自動車のエンジン、工場のポンプ、発電設備、船舶、航空機など、多くの産業機械で使用されているが、一般消費者が製品名を目にする機会は少ない。しかし、シールが正常に機能しなければ機械の安全性や信頼性に影響する。そのため、多くの製造業において重要な基盤部品として位置付けられている。

宇宙分野でも半世紀以上の実績を持つ
イーグル工業の宇宙分野における取り組みは、1967年の日本の液体燃料ロケット用ポンプシール開発に始まり、Nロケット計画やH-I、H-II、H-IIA、H-IIBへと続く国産基幹ロケットの開発・運用を支えてきた。現在の主力ロケットH3でも、第2段エンジン「LE-5B-3」に同社のシール製品が採用されている。
特に大きな節目となったのが、1974年の“世界で最も漏れ量の少ない”液体水素シールの開発である。液体水素は極低温で扱われるため、シールには高い密封性能と信頼性が求められる。ここで培われた技術ノウハウは、その後の液体ロケットエンジン向けターボポンプシール開発へと展開された。

また、イーグル工業の宇宙分野での取り組みは、ロケット用ターボポンプシールに限られない。同社は、ロケット燃料タンクおよびエンジン配管用スタティックシール、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」向けアキュムレータ、国産人工衛星のバッテリー部品など、さまざまな高信頼性部品を開発してきた。
さらに、宇宙部品に関する経験や知見を生かし、国産人工衛星向けの燃料タンク、バルブ類、スラスター類などの輸入販売を通じても、日本の宇宙産業を支えている。
宇宙分野では、実際の飛行を通じて蓄積された実績が重視される。長期間にわたり国産ロケットや宇宙機で採用が続いていることは、同社の技術が高い信頼性を持つことを示す一つの指標といえる。

H3ロケットに採用されたイーグル工業の技術
ここからは、宇宙分野におけるイーグル工業の代表的な技術の一つである、ロケットエンジンのターボポンプ向けシールについて、ターボポンプではなぜ高い密封性能が求められるのか、そしてメカニカルシールがどのような仕組みで漏れを防いでいるのかを解説する。
ターボポンプでは高い密封性能が求められる
ターボポンプは液体ロケットエンジンの中核装置で、推進薬を高圧に昇圧して燃焼室へと圧送する機構である。エンジンの「心臓部」とも呼ばれ、推力性能を根本から支える重要機器となっている。
同装置の内部では、約マイナス253℃の液体水素や約マイナス183℃の液体酸素といった極低温の推進薬が扱われる。その一方で、ポンプを駆動するタービン側には高温の燃焼ガスが供給される。すなわち、単一の装置内で極低温の推進薬系統と高温のガス系統が近接して存在し、かつ毎分数万回転という超高速駆動状態にある。
このような極限環境下で推進薬の漏洩を最小限に抑えながら安定して運転することは、技術的に極めて難しい。しかし、仮にシールの密閉性能に不具合が生じた場合、以下のような事態を引き起こす可能性がある。
- 推進薬の漏洩による供給量の低下
- エンジン推力の低下
- 爆発等による機器の致命的な損傷
そのため、ロケットエンジン向けのシール製品には、一般産業用の機械以上に高い密封性能と信頼性が求められる。
ターボポンプの漏れを防ぐシール技術
ターボポンプ向けに用いられる代表的なシール製品が、「メカニカルシール」である。メカニカルシールは、ポンプやコンプレッサーなどの回転機械において、内部の液体やガスが外部へ漏れることを防ぐための密封装置である。
ポンプでは、内部の羽根車を回すための軸が、機械の内部と外部をつないでいる。軸は高速で回転するため、本体との間にはわずかな隙間が必要になる。しかし、その隙間をそのままにしておくと、内部の液体やガスが外部へ漏れ出し、機械の性能や安全性に影響する。
この漏れを防ぐために、メカニカルシールでは、軸とともに回転する「回転環」と、本体側に固定された「固定環」を組み合わせる。両者の平らな面を向かい合わせ、その接触面で液体やガスの漏れを抑える仕組みである。

ただし、単に強く押し付ければよいわけではない。回転環と固定環を強く押し付けすぎると、摩擦熱によって摩耗や焼付きが発生する。一方で、隙間が大きすぎると漏れが増えてしまう。
そこでメカニカルシールでは、内部の流体を利用して、接触面の間に極めて薄い液膜を形成する。この液膜が潤滑剤のような役割を果たし、摩擦を抑えながら密封性を維持している。この際、回転環と固定環の接触面では、わずかな表面形状の違いが密封性能や耐久性に影響するため、ミクロン単位の精度が求められる。
日本のロケットエンジンは燃料に液体水素、酸化剤に液体酸素を使用したクリーンなエンジンである一方で、燃料と酸化剤が接触すれば爆発する危険性を持つ。そのため、日本のロケットエンジンの性能と安全性を担うイーグル工業のシール技術は世界的にも高く評価されており、米国のスペースシャトル後継機エンジンJ2Xのシール開発に参加するなど、世界的にも活躍の場を広げている。
さいごに
ロケットエンジンには、極低温の推進薬を安全に制御するための高度なシール技術が欠かせない。
イーグル工業は1960年代からロケット向けシールの研究開発を続けており、Nロケット計画以降、日本の液体ロケット開発を支えてきた。宇宙産業を理解するうえでは、ロケットメーカーや衛星メーカーだけでなく、それらを支える部品メーカーの存在にも目を向けることが重要である。イーグル工業は、その代表例の一つといえるだろう。
宇宙業界では現在、様々な企業が人材を募集している。興味のある方は、業界特化型の人材マッチングサービス「スぺジョブ」をチェックしていただきたい。











