2023年11月16・17日、内閣府主催の宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster 2023」の最終選抜会と宇宙ビジネスの大忘年会「SPACETIDE 2023 Year-End」が開催された。
2023年は宇宙ビジネスに関連する動きが大きく様々なニュースが飛び交い、注目も集まった1年だっただろう。しかし、多くの人々にとってその実態や価値は謎に包まれているのではないだろうか。
この記事では、1)日本経済における宇宙産業の意義、2)宇宙産業は普段の生活にどのように役立つのかという視点からS-Boosterで発表されたビジネスアイデアやYear-Endにおけるトークセッションの内容を一部紹介する。
目次
「S-Booster 2023 最終選抜会」と「SPACETIDE 2023 Year-End」
はじめに、上記の2つのイベントについて簡単に紹介する。
S-Boosterは多岐に渡る国・産業から集まった参加者が宇宙ビジネスアイデアをプレゼンテーションして競うビジネスアイデアコンテストである。
内閣府主催のコンテストであり、最優秀賞の賞金が1000万円と大きく、ファイナリストへのサポートが手厚いのが特長だ。
一方、SPACETIDE Year-Endでは、宇宙ビジネスに関するトークセッションやネットワーキングを開催。
今年は宇宙産業のファイナンス、人事、スタートアップなどに焦点を当て、「宇宙ビジネス、新たな経済圏のひろがり」というコンセプトのもと議論が交わされた。
【※S-BoosterとSPACETIDEについて紹介記事はこちら】
日本経済における宇宙産業の意義
SPACETIDE 2023 Year-Endのオープニングで、SPACETIDEの石田真康氏は
「夏のイベント『SPACETIDE』では、宇宙ビジネス、宇宙経済圏は3つのトレンド:空間的(地球から月、あるいはさらに遠く)、地域的(アメリカだけでなく様々な国が参加)、業種的(多様な業種が参加)に拡大している。
では宇宙ビジネスとは何かというと社会や経済の課題解決、人々の生活を変えるもの、安全保障という3つの価値がある。そのようなことを議論した。」
一般社団法人SPACETIDE代表理事兼CEO 石田真康氏
と述べた。
日本で宇宙産業の拡大に向けた投資や政策が積極的に行われている昨今においても、宇宙産業がなぜ必要なのかを明確にし、宇宙産業に携わらない人々にまでも知ってもらうことは非常に重要である。
今回のYear-Endでも、様々な場面で宇宙産業の価値や意義に関わる議論が展開された。
特に興味深かったのが投資家や上場企業のCFOが参加したセッション「宇宙スタートアップのファイナンスの“リアル”と“未来”」で行われた「日本経済における宇宙産業の意義」についての議論である。
インキュベイトファンドの赤浦徹氏は、上記のトピックに関して
「ITは正直GAFAMに勝てる気はしないが、宇宙産業はまだ勝負がついていない。SpaceXなど一気に突き進んでおり、待ったなしの状況にあるとは感じているが、その分、日本の宇宙分野では各企業間で取引関係が生まれてきており、産業間の結びがある。」
インキュベイトファンド代表パートナー ・一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会 赤浦徹氏
と回答。危機感は感じつつも、実際にファンドとして宇宙企業に投資する中で見えてきた可能性を示した。
また、内閣府のイノベーション推進担当である宇田川徹氏は、「宇宙という極限環境で動く技術が民生品に転用されることで、ものづくり大国日本の基盤を支える技術になる。」と、宇宙技術の汎用の可能性について述べた。
次に、三菱UFJ銀行の橋詰卓実氏は宇宙産業と既存の地上産業の繋がりを捉えた。
「宇宙は地上の全ての産業と繋がり、そこで生まれる価値は非常に大きくなっていく。今日本の持っている技術や人材を総動員してどのように戦うかというのが我々の使命。ロケットや衛星を開発して打ち上げるのはその価値を生むためのインフラとして大きな意味合いがある。
3年が本当に勝負で、海外の方が早いといったところに対して産官学金でどう取り組んでいくかが重要。」と橋詰氏は語った。
三菱UFJ銀行サステナブルビジネス部投資・事業推進室次長兼宇宙イノベーションチーム チームヘッド 橋詰卓実氏
さいごに、モデレーターを務める新谷美保子氏がまとめる。
「宇宙産業によって地上にいる人間の世界が大きくゲームチェンジしてしまう、今まさにその時でしかも覇者がきまっていない。しかも先頭集団にいる、でもちょっと負けそうみたいな、今はそういうフェーズ。関係者がそれを理解して必死で踏みとどまっているのが日本の宇宙産業だと思う。」
TMI総合法律事務所のパートナー弁護士・スペースポートジャパン設立理事 新谷美保子氏
例えば、仮にSpaceXの通信サービス「Starlink」などの衛星通信業が発展し、現状の地上における通信サービス以上のコストパフォーマンスや便利さなどを実現した場合、現状の通信サービスにとってかわられる可能性がある。
新谷氏は、
「宇宙産業から生まれる価値を世界に頼らなければいけなくなってしまう日本は恐ろしい。これから安全保障上世界がどうなっていくかわからない中で、海外の衛星からしか情報を取得できない、位置情報も海外の衛星に頼るしかないとすると、私たちの日々の生活に影響があると理解している」
TMI総合法律事務所のパートナー弁護士・スペースポートジャパン設立理事 新谷美保子氏
とも話した。
宇宙産業はどのように役立つのか
ここまで宇宙産業がなぜ必要なのか述べてきたが、宇宙産業が生み出すサービスは実際に我々の生活で役立つのだろうか。
ここからはS-Booster 2023 最終選抜会で発表された宇宙ビジネスアイデアをもとに、宇宙技術が地上で役立つ例を紹介する。
宇宙環境で役立ち、地上にも応用できる技術
水を使わない洗濯機:Team LCDL
まず、横河電機賞を受賞したTeam LCDL。このチームは水を使用しない洗濯機を提案した。
月面などの宇宙空間では水が貴重かつ重要であり、飲料水や燃料となる。また、低重力環境では水の取り扱いが難しい。しかし、衣服を全て月面へ持っていき、洗濯をせずに着用後廃棄するとなると莫大なコストがかかる。
そこで、LCDLの水を使用しない洗濯機の登場である。これは洗濯機と衣服の両方に工夫がある。
衣服は光触媒を織り込んだ衣服を使用。
これを、光を使用する洗濯機(特許出願のため詳細は不明)に入れることで汚れや皮脂を分解できるというのだ。
特許を出願するのは宇宙洗濯機のみで、光触媒を織り込んだ衣類はオープンな領域として様々な企業の参入を可能にし、市場の活性化を狙う。
今後、地上での活用として、災害時や乾燥地帯など水の少ない地域への転用も考えていくようだ。
コップ一杯の水で爽快な湯上りを提供:牛乳石鹸共進社株式会社
続いて、ANAホールディングス賞を受賞した牛乳石鹸。コップ一杯の水で爽快な湯上りを提供する『YUAGARI』を提案した。こちらも、水の使用が制限された状況で活躍する技術である。
宇宙ではお風呂やシャワーはないためドライシャンプーや濡れたタオルで髪を拭いているのが現状で、フケやかゆみの原因となる菌が多く繁殖することもある。
YUAGARIはその課題解決を目指し、汚れを取るという機能的なことだけではなくて髪を洗ったときの爽快感やお風呂上がりのほっこりとした気持ちよさを清潔さとともに提供。
使用方法としては、まずブラシの先端から洗浄料と温かいミストを直接頭皮へ届けることで頭皮や髪の汚れを浮き出し、その後ブラシで解きながら洗い流す。そして、最後はタオルで拭き取る。洗浄料には、髪に残っても大丈夫な成分を使用するという。
宇宙だけではなくて地上においても、介護が必要な方や入院している方などのお風呂に入れないケースや水がなくて清潔が保てない災害時、また水不足の国への展開など社会発展性は大きい。
発表後の質疑応答時には「長い時間飛行機に乗るときに使用したい。」という意見も出ていた。
宇宙のデータを地上で活用する技術
宇宙からの気象予測で運に頼らない観光体験:Stellar Forecast
さいごに、宇宙のデータを地上で活用するサービスについて紹介する。
三井物産賞を受賞したStellar Forecastは、太陽観測衛星データと独自のシミュレーション解析技術によりオーロラの明るさと発生時期や時間を予測するサービスを開発している。
現在、オーロラ旅行は宇宙天気に大きく左右され、何も知らずにオーロラ観測に行った場合365日のうち233日、つまり、3分の2の確率で満足なオーラを鑑賞できない。
行っても見れるかわからない、予測情報が出ていない、そして料金は同じなのに体験が運に左右される観光なのだ。
同社はこの課題を解決するためにサービスを開発し、1年間のデータ検証を実施。結果、8日滞在中に綺麗なオーロラが見れる確率は、1ヶ月前で95%。さらに10日前から当日までの直前期予報については、100%に近い精度での直前情報が可能となった。
オーロラ観光の年間の観光者数は300万人、売り上げは2兆円規模。まずは国内旅行大手から富裕層向け、アジア、中東への展開を考えている。
将来的にはこの技術を利用して、宇宙旅行時の宇宙天気予報やさくらの開花予測情報の提供にも展開していきたいとのことだ。
さいごに
いかがでしたか。
「S-Booster 2023」と「SPACETIDE 2023 Year-End」は、宇宙ビジネスのリアルと未来を示した。
2023年は宇宙ベンチャーの上場、政策の改訂、宇宙産業への投資額の増加など、日本の宇宙産業は大きな一歩を踏み出した1年であった。
この勢いをさらに加速させ、海外に負けない産業を作るとともに、世の中の課題を解決するたくさんのサービスが日本から生み出されることを願う。