2024年5月17日、文部科学省における宇宙の開発及び利用に関する重要事項の調査審議を行う宇宙開発利用部会が実施された。
今回の議題の1つは、トヨタ自動車株式会社と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同開発している有人月面探査車「ルナクルーザー」についてであった。
本記事では、ルナクルーザーの開発において重要な技術についてご紹介する。
ルナクルーザーとは
ルナクルーザーはアルテミス計画のキー要素として開発されている有人月面探査車だ。
アルテミス計画はNASAが主導する国際的な月探査プログラムであり、1972年以来初めて人類を月に送ることを目指している。
この計画は月面に人類の拠点を築き、2030年代には火星探査のステップとしても重要な役割を果たす。
アルテミス計画にはイギリス、オーストラリア、エクアドル、韓国など2024年5月時点で約40か国が参加。
日本も同計画に参画しており、2024年4月には、日本人2人がアルテミス計画として初めて月面に着陸することについて日米両政府が正式に合意した。
同計画において、アメリカ人以外の月面着陸は初となる予定である。
また、日米両政府は同じタイミングでルナクルーザーが同計画にて月に輸送され、月面を走ることについても正式に合意。
ルナクルーザーは、アルテミス計画の重要なコンポ―ネントとして、月面探査活動における中心的な役割を担うことになる。
世界で初めての機能とは?
同探査車は世界で初めて月面での「居住機能」と「移動機能」を併せ持つ有人宇宙機。
密閉された車内部は空気が入れられており、宇宙飛行士が宇宙服を脱いで快適に作業できる環境を提供する。
これまで、移動機能のみ持つ有人探査車では飛行士の移動時間が宇宙服の運用時間(8時間程度)に制約されていたが、ルナクルーザーは長期間にわたる月面での有人探査が可能に。
移動もできるため広範囲を探査することも可能で、科学調査や資源探査の効率が大幅に向上されるのだ。
ルナクルーザーが月面での有人ミッションを行うのは年に1回、およそ30日間。
太陽の光が当たり、およそ130℃にもなる月の昼には太陽光発電により電気を蓄えながら目的地まで走行。
2週間の昼を活動したのち、およそー170℃となる夜に入る。
通常、月では夜も2週間ほど続くが、ルナクルーザーは日照環境が良く夜の期間が短い地点に移動することで、検討段階ではあるが、越夜期間を1.5日に短縮。
これにより充電不足や寒さによる機器へのダメージを減らすとともに、探査活動をおこなう期間を延ばすことができるのだ。
搭乗する宇宙飛行士の人数は2名で1回の充電で20㎞ほど走行し、また、有人ミッション期間以外は無人探査ローバーとして探査機能を提供。
運用期間は2031年からを想定されている。
ルナクルーザーの重要な技術
ルナクルーザーは、日本として初の独立した有人宇宙機。
国際宇宙ステーション(ISS)の一部として日本が開発した実験棟「きぼう」と比較して、ルナクルーザーは電力・通信・排熱・環境制御などの機能の自立性が求められる。
さらに、月面走行機能や長い夜を越す技術など、日本にとって新規性と難易度の高い技術が付加されるのだ。
中でも、重要な技術としては以下の4つ。
- 月面走行システムの開発
- 高密度な蓄電システム
- 展開/収納型太陽電池パネル
- 高容量排熱システム
月面走行システムの開発
月面では重力が地球の1/6であり、タイヤが地面に十分な圧力をかけられずにスリップしやすい。
その環境を模擬した走行試験が実施できないことから、車の性能を検証する手法の確立がまず不可欠となる。
また、月面は細かな砂「レゴリス」で覆われているため、走行時にタイヤが沈んで埋もれてしまう可能性があり、地形もクレーターや岩などにより不規則だ。
さらに、GPSもなく、道路と違い目安にする白線もない。
このような不安定な環境下でも安定性を保ちながら、リアルタイムで自分の位置を把握して自動で運転する技術が必要なのである。
高密度な蓄電システム
高密度な蓄電システムとは、最大15日間続く月の夜を過ごすために必要な蓄電システムであり、再生型燃料電池システム(RFC)の採用が計画されている。
再生型燃料電池システムは、昼間に太陽光発電で得た電気により水電解システムで水素と酸素を生成し、タンクに貯蔵。
夜間に水素と酸素を再利用した燃料電池で発電し、生成物の水を蓄えて昼間の水電解に利用する。
ここでは、トヨタの車「MIRAI」で使用している、水素と空気中の酸素を結合させて電気を発電する水素燃料電池の技術を利用するとのこと。
水素は圧縮することができるため、再生型燃料電池はリチウムイオン電池(LIB)と比較して電源システムを大幅に小型軽量化できる可能性があるとのことだ。
展開/収納型太陽電池パネル
太陽電池パネルは、ルナクルーザーを動かす電気を発電する重要な技術だ。
宇宙飛行士2名の居住かつ移動に必要なエネルギーを確保するため、大きい面積を持つ太陽電池パネルが必要となる。
太陽電池に大きい面積を持たせる場合、走行時の振動に耐えられる設計にするのは非常に困難。
JAXAとトヨタは収納時と展開時の2つの状態で安定する双安定ブームを用いた機構の採用を計画しており、状況に合わせて状態を変えるため、この2つの状態を1000回以上繰り返すことが可能な技術の確立が必要となる。
この動作に耐えるには、摩耗や損傷を起こさないための強度や、温度差の激しい宇宙空間における材料の膨張・収縮に対応できる柔軟性など、様々な性能が必要なのだ。
高容量排熱システム
ルナクルーザーでは、走行時・停車時等様々な運用シーンに対応する車の熱を逃がすシステムが必要だ。
地上では、空気中に熱を放出し、周囲の空気がその熱を運び去ることで冷却を行う「空冷」という方法がよく用いられる。
しかし、月は真空状態で空気の流れがないため、その方法を用いることができない。
そこで、ルナクルーザーでは機械によって強制的に冷却液(または気体)を循環させ、熱を効率的に移動させるシステムを活用。
熱は、赤外線という形で熱エネルギーを放出する「ラジエーター」という装置を使用して車外に排出する。
このラジエーターを宇宙船の本体に直接取り付けることで、展開機構を必要としない、シンプルな構造とするのである。
さいごに
いかがでしたか。
ルナクルーザーの開発は、日本の技術力と創造力を結集し、月面探査の新しい時代を切り開くものである。
この有人月面探査車は、アルテミス計画の中核を担い月面での探査活動を支える重要な役割を果たすだけでなく、自動運転技術や太陽光と水で発電する技術など地上にも役立つ技術が生みだされるのだ。
今後も、ルナクルーザーの開発状況や関連技術の進展について注目である。