
2026年5月13日、秦精工株式会社(以下、秦精工)と株式会社𠮷川製作所(以下、𠮷川製作所)は、JAXAが進める「大気吸入型イオンエンジン軌道上実証システム(ABIE-X)」向けのインテーク部品加工を担当したことを発表した。
ABIE-Xは、宇宙空間にわずかに存在する大気を取り込み、将来的に燃料として利用することを目指す技術実証システムである。世界でまだ実現されていない、軌道上での大気圧縮・イオン化プロセスの実証を目指しており、インテーク部品は大気を取り込む“入り口”として重要な役割を担う。
本記事では、ABIE-Xの概要と、秦精工・𠮷川製作所が担当したインテーク部品加工の内容を整理し、地域のものづくり企業が宇宙ミッションに関わる事例として紹介する。
目次
ABIE-Xとは
世界初、「宇宙で燃料を現地調達」へ
ABIE-Xは、大気吸入型イオンエンジン(Air Breathing Ion Engine:ABIE)の原理実証を目指す軌道上実験システムである。
大気吸入型イオンエンジンとは、宇宙空間にわずかに存在する大気を取り込み、燃料として利用する電気推進機のコンセプトだ。

従来の人工衛星・探査機のエンジンは、地上で燃料を積み、それを用いて宇宙空間で推進力を得ることが一般的である。使用できる推進剤の量は、打上げ時に積み込んだ量に制約される。
これに対して本技術は、宇宙で燃料を現地調達することで、地上から持ち込む推進剤への依存を減らせる可能性がある。主に地上から300㎞以下の超低高度軌道(Very Low Earth Orbit:VLEO)や火星・金星等の大気惑星探査の将来ミッションに活用が期待されている。
HTV-X3号機で軌道上実証を予定
ABIE-Xは、2026年度以降に打上げが予定されている新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」3号機に、技術実証ミッションの一つとして搭載される予定だ。HTV-Xが国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給を終え、大気圏に突入するまでの期間を使って実証が行われる。
実証では、軌道上の大気を取り込み、圧縮し、イオン化するプロセスの確認を目指す。JAXAは、ABIE-Xで得られる性能データや低高度軌道環境の大気圧・大気組成の調査結果などをもとに、将来的には実際に推進力を発生できるエンジンシステムや、ABIE搭載衛星の実現を目指すとしている。


ABIE-Xを支えるインテーク部品と精密加工技術
インテークは大気を取り込む重要部品
ABIE-Xは以下に示す9つのコンポーネントから構成されている。
インテークは大気を捕獲し、一度流入した大気粒子が逆流しにくい形状設計によって、内部で大気を蓄積・圧縮する。部品の精度や形状が推進効率に直結するため、部品の形状精度や表面状態、組立性に高い品質が求められる。

変形しやすい薄肉円筒部品を高精度に加工
今回の加工で求められたのは、図面どおりに部品を削る技術だけではなかった。ABIE-Xのインテーク部品には、宇宙空間の大気を効率よく取り込むため、表面にねじのような特殊な刃形状が設けられている。一方で、部品は薄い円筒形状であり、加工時の力や熱によって変形しやすいという課題があった。
秦精工と𠮷川製作所は、旋盤による特殊加工について、それぞれの得意領域を分担して対応した。部品の把持方法や加工条件を調整し、変形を抑えながら精度を確保。さらに、特殊形状と表面の滑らかさを両立するため、市販工具ではなく、外部製作の専用工具を用いた高精度旋盤加工も行った。
部品形状や精度の決定にあたっては、JAXAや設計会社、秦精工が協議を重ねた。秦精工は加工現場の視点から調整点や改善点を提案し、性能要求を満たしながら、実際に製造できる形状へと落とし込んだという。
また、島根県産業技術センターの技術支援も受け、各種形状評価装置などを活用して品質評価や加工方法の検討を行った。試作を通じて形状や組立性を確認し、その結果を本番品の加工に反映。今回の事例は、宇宙部品の製造において、精密加工企業が設計と実装をつなぐ役割を担っていることを示している。

宇宙産業の裾野を広げる地方ものづくり企業
秦精工は島根県安来市に本社を置き、エジェクタピンや特殊鋼精密機械加工部品の製造を手掛ける企業である。𠮷川製作所は島根県出雲市に本社を置き、電機機械部品加工や自動機・省力化機械部品加工を手掛けている。今回の事例は、宇宙専業ではない地域の製造業が、JAXAの先端宇宙技術実証に関わった取り組みといえる。
宇宙産業というと、衛星メーカーやロケット開発企業、宇宙機関に注目が集まりやすい。しかし実際には、精密加工、材料、工具、評価、組立といった製造現場の技術も、ミッションの成立を支えている。
宇宙開発では、ロケットや人工衛星の本体だけでなく、それを構成する一つひとつの部品にも高い品質が求められる。特にABIE-Xのような新しい技術実証では、設計通りに部品を作るだけでなく、加工現場の知見をもとに、形状や加工条件、組立性を調整していく力が重要になる。
今回の事例は、既存のものづくり企業が持つ加工技術や品質管理能力が、次世代宇宙技術の実証にも活かされることを示している。日本の宇宙産業を広げるうえでは、こうした地域の製造業を宇宙ミッションの供給網に接続していくことも重要になる。
さいごに
ABIE-Xのような技術は、宇宙機の運用を「地上から持ち込んだ燃料に制約されるもの」から、「宇宙環境そのものを利用するもの」へ広げる可能性を持つ。特に超低高度軌道や大気を持つ惑星での探査では、周囲の大気を推進に活用する考え方が、ミッション設計の自由度を高める一つの選択肢になり得る。
一方で、こうした新しい技術は、構想だけでは実現しない。希薄な大気を取り込み、圧縮し、イオン化するというプロセスを宇宙空間で確かめるには、インテークのような一つひとつの部品を高い精度で形にする必要がある。今回の事例は、次世代宇宙技術の実現に向けて、研究開発と製造現場の接点がますます重要になっていることを示している。
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