2023年12月8日、人工衛星用エンジンの開発に取り組む北海道発の宇宙スタートアップ Letara株式会社は、12月1日に北海道滝川市と契約を締結し、同市にある旧江部乙中学校の校舎等を新たな研究開発の拠点として利用することで合意したと発表した。
本記事では、同社が開発するエンジンや、エンジンの開発拠点が滝川市の廃校となった経緯について紹介する。
Letara株式会社とは
Letaraは北海道大学で開発された技術を社会実装するために設立されたスタートアップ。小型人工衛星向けのエンジンシステムの製造・販売に向けて研究開発を行っている企業だ。
2020年に設立された後、2021年に内閣府主催のビジネスアイデアコンテスト「S-Booster2021」で受賞。
最近では、2023年2月にSBIインベストメントや植松電機等から1.2億円を資金調達、9月にNEDOの支援事業に採択されて2.4億円の助成を受けるなど、その勢いを加速させている。
今回は、滝川市との契約締結により旧江部乙中学校を今後の商品開発に向けたエンジンの燃焼実験場や試作機の開発拠点とすることに決定。
滝川市が2022年3月に閉校した同中学校の校舎や土地を活用できる事業者を探していたところ、これを知ったLetaraが2023年6月から現地視察や施設の利用方法の提案を実施。ゆえに今回の契約を結ぶに至ったのである。
高推進力・安全・安価な人工衛星用エンジン
Letaraが開発している人工衛星用エンジンは、プラスチックでできている固体燃料と液体の亜酸化窒素の燃焼を利用した小型ハイブリッドエンジンである。
特徴は以下の3つ。
推進力が大きい
一つ目に、エンジンの推進力(衛星を進ませる力)が大きいことだ。
従来より衛星に使用されているエンジンには大きく分けて2種類ある。毒性や爆発性などの危険性があるが高い推進力を持つ液体燃料のエンジンと、安全であるが推進力が低いイオンエンジンや水蒸気エンジンだ。
宇宙空間で小型衛星を短時間で移動させるには100N(10㎏の米袋を地上で動かすのと同じくらいの力)が必要であり、液体燃料は100Nの推進力を持つが、イオンや水蒸気はその10,000分の1程しかない。
Letaraは北海道大学での実験で40,000Nの出力を実証済み。液体燃料エンジンの推力に劣らないハイブリッドエンジンを開発中だという。
安全性が高い
二つ目に、安全性が高いことだ。
同社の製品の材料はプラスチックのため無毒であり、さらに不燃性および非爆発性をもつ。
液体燃料エンジンなどと異なり、取り扱いに特別な資格を必要とせず、素手でも扱うことができる。
低コスト
三つ目に、コストが低いことである。
同製品の材料であるプラスチックは非プラスチックの成分と組み合わせて製造されているなどの理由からリサイクルが困難で廃棄されることが多い。
しかし、プラスチック製の固体燃料は非プラスチック成分が混在していても利用可能。よって原料価格が一般的に安価であり、低コストで製造できる。さらに、環境にも優しい。
また、3Dプリンターで製造できるため必要なときに、サイズや形状をカスタマイズして、必要な分だけ製造できる。さらに、固体のまま長期で安全に保管できるため保管にかかるコストが低いのである。
Letaraのエンジンが必要な理由
では、Letaraの衛星用エンジンはどのようなことに使用されるのだろうか。
現存する宇宙技術では、小型衛星のエンジンには非常に危険な推進薬を利用するか、目的地まで時間のかかる微力なエンジンしかない。
衛星の開発・打ち上げにかかる費用を下げるため、エンジンを搭載しない衛星も多い。
しかし、衛星が自力で違う場所に移動したり、スペースデブリ化を避けるため軌道を脱出する場合にはエンジンは必要だ。Letaraが開発しているような低コストで優れたエンジンはこのような課題を解決する。
現在2025年以降の販売に向けて準備を進めており、サイズは手のひらに乗る超小型衛星用から、将来的には人が乗れる大型の宇宙船用のサイズも視野に入れて開発しているという。
滝川市の廃校を開発拠点とした背景と思い
同社が今回開発拠点として契約を結んだ旧江部乙中学校がある滝川市は札幌から車で約2時間の距離に位置し、人口3万7500人程の自然豊かな小さなまちだ。
同社がこの廃校を選んだ背景には全国的に増加している廃校の問題がある。
日本では子どもの人口減少に伴い全国で毎年約450校ほどの学校が廃校したまま活用されずに社会問題となっているが、北海道も例外ではなく活用されず眠ったままの校舎が少なくない。
Letaraは“To Space with Hokkaido”を企業理念の一つに掲げ北海道が抱える課題の解決に貢献することを心がけており、今回は廃校の有効活用を通して少しでも北海道の力になりたいと考えた。
廃プラスチックを利用した同社の製品も同様、既存の強固な建築物を再利用することで低コストかつ環境配慮を実現したこの方法は、まさに北海道への貢献に繋がっているだろう。
さらに、同社がこの旧江部乙中学校の活用方法として思い描いているのは開発拠点の構築にとどまらない。
グラウンドや体育館など多くの人に親しみのある旧校舎という場の特性をいかし、地域住民へ向けた教育用ロケットの公開講座や燃焼実験の見学会も行っていくとのこと。
滝川市からは地域の雇用につなげてほしいと期待の声も寄せられているという。
さいごに
いかがでしたか。
Letaraの取り組みは、宇宙技術の進展と地域社会への貢献の両面で注目すべきだろう。
高推進力、安全性、低コストを兼ね備えた小型人工衛星用エンジンは非常に革新的な技術だ。
また、滝川市の旧江部乙中学校を研究開発拠点として活用することで、廃校問題の解決にも寄与し、地域経済の活性化にも貢献する。
北海道、東北、九州など、全国各地で宇宙企業が地方との結びつきを強めながら活躍している。各地が今後どのように成長していくのか、非常に楽しみだ。