将来宇宙輸送システム株式会社(以下ISC)は、2022年10月31日、国立大学法人室蘭工業大学と、再使用可能な宇宙往還機(ロケット)に必要なエンジンシステムの検討研究を行う共同研究契約を締結したと発表した。
本記事では、今回、締結された共同研究の中心になっている再使用型ロケットについて、ISC設立の物語も含めて、簡単に紹介しよう。
再使用型ロケットとは?
再使用型ロケットとは、使い捨てが主流である従来のロケット(ELV)とは異なり、機体の一部または全てを再度使用するロケットのことである。
別名 RLV(Reusable Launch Vehicle) とも言われており、SpaceXやBlue OriginがRLVの開発に成功したことで、近年一層注目を集めている。
RLV開発の主要な目的は、一般的に輸送コストの低減である。
現在、使い捨てしているロケットの一部を再使用することで、製造コストを低減させることが狙いだ。
加えて、ロケットを航空機のように、低コストで安全に再使用できるような仕組みを作ることが可能であれば、宇宙旅行や二地点間高速輸送(P2P;[*1])の事業化も実現するだろう。
日本が宇宙産業のプラットフォーマーとして、生き残るためには、この開発競争の渦は避けては通れない。
そんな熾烈な再使用型ロケットの開発競争に参加している日本の注目スタートアップ企業がISCである。
ISCと室蘭工業大学について
改めて、将来宇宙輸送システム株式会社(以下ISC)は、高頻度、かつ大量の宇宙往還を可能とする旅客輸送システムの実現を目指すスタートアップ企業。
ミッションは「誰もが宇宙にアクセスできる時代を創る」である。
2022年5月に設立された同社は、シード期から3億円の資金調達を成功させており、Space Connectも注目している企業の1つだ。
代表の畑田康二郎氏は、経済産業省でのキャリアに加え、ゲーム開発に携わったことがある人なら一度は聞いたことがあるであろうデジタルハーツプラスの設立に関与。
さらには、宇宙ベンチャー企業の注目株、iSpaceやアークエッジ・スペースなどの社外取締役を兼任しているなど、幅広く活躍している。
一方で、今回ISCと契約を結んだのは、室蘭工業大学の航空宇宙機システム研究センター。
道外ではあまり知られていない室蘭工業大学であるが、自動車をはじめ、ハードの分野では、国内でも有数の高い技術力を誇る。
また同大学の航空宇宙機システム研究センターは、JAXAをはじめ、三菱重工やIHI、インターステラテクノロジズなど、官民・新旧問わず、日本の宇宙産業を支えている由緒ある研究室である。
ISC設立の背景と共同研究について
上記に次いで、ISCが設立された背景も非常に興味深いので、一緒に紹介することにする。
同社が誕生したきっかけとしては、一般社団法人宇宙旅客輸送推進協議会(SLA)の存在がある。
SLAは、宇宙旅行やP2Pなどの有人宇宙輸送システム事業を、民間主導のビジネスとして実行可能な環境を作るために設立された協議会である。
現在、日本では、巨大な宇宙輸送市場を形成し、宇宙活動の自立性や国際競争力をこれまで以上に増進させる必要が高まっている。
以下は、文部科学省の資料に掲載されている文章だ。
スペースX等の台頭により、国際的な民間市場での競争は激化している。
このような中で我が国において民間市場で競争力のあるロケットを作れなければ、我が国の宇宙輸送システムが民間市場より退出させられる恐れがある。
その上、我が国独自の打上げ手段を失い、自立的に宇宙にアクセスすることができなくなり、国益等が失われる可能性もある。
一方、従来の延長線上の研究開発のみでは、抜本的低コスト化を実現することは容易ではないため、市場規模が大きく民間が関心を持つミッションにも適用できる将来宇宙輸送システムの開発を国と民間が連携して取り組む必要がある。
SLAは、民間主体の事業化を促進し、有人宇宙輸送システムを中核とした幅広い産業を将来の日本の基幹産業へと発展させることを目指している。
ゴールとして、20年以内に、有人宇宙輸送を実用化することを検討している。
SLAにおけるこの検討を踏まえ、ISCは、全ての課題を自社だけで解決するのではなく、「オールジャパン」でミッションに取り組むことを目指している。
ISCは、低価格・高頻度・高信頼性を実現する、完全再使用型の単段式宇宙往還機(SSTO)の開発に着手。
開発にあたり、エンジンシステムに関する研究を行う契約を室蘭工業大学の内海政春教授と締結した。
そもそもロケットエンジンの前提条件として、性能や燃料搭載量を考えると、一つのエンジンを一気に燃焼させる“単段式”よりも、複数のエンジンを順番に燃焼する“多段式”の方が、推力が大きく、容易に宇宙空間に到達可能だ。
そのため、完全再使用型ロケットを実現するためには、従来の多段式のようなロケットの一部を切り離す仕組みではなく、部品の全てを活用する単段式の仕組みが必要になる。
従って、高性能な単段式ロケットに使用されるエンジンの開発も求められているのだ。
このようなエンジンの開発を目指して、両組織はエンジンサイクルや構造の決定などのコンピューターシミュレーションから進めていくという。
完全再使用型ロケット開発における課題
完全再使用型ロケットの開発をする上で、単段式にする必要がある旨は上記でも述べたが、未だに開発成功事例が少ない理由は何なのか。
それは、やはり低コスト化の難しさにある。
完全再使用型ロケットは、2回目の打上げ以降の製造費がかからないが、大気圏突入時の高熱に耐えうる機体の製造コストや再使用のための回収・修繕コストなど、想像以上に費用がかさむ。
その上、一般的に一回あたりの輸送能力が低く、再利用可能な回数にも限度がある。
これらを考慮すると、同質量あたりの輸送コストを、使い捨てのロケットよりも大幅に低減させることは至難の業なのだ。
世間を賑わせたスペースシャトルは、コストの低減を目的に開発された再使用型の有人宇宙船だが、安全対策を含めた保守費用が巨額になったため、2011年に打上げ終了を余儀なくされた。
このように完全再使用型ロケットを開発することは、想像以上に難しいのである。
さいごに
ISCが目指す、低価格で高信頼性な「完全再使用型の単段式宇宙往還機」の開発障壁は高い。
だからこそ、日本で完全再使用型ロケットを実現させると、宇宙市場においての国際競争力を日本は得ることになる。
現時点では、民間主導で事業を進めているものの、高度かつリスクの高い技術研究が必要になるので、政府との協力体制を整えることが成功の鍵になるだろう。
いち早く、低価格な宇宙旅行が実現されることを願っている。
[*1]二地点間高速輸送宇宙空間を通って短時間で地球上の二地点間を移動する輸送手段
参考: