「Starliner」帰還ミッションからみる有人宇宙開発の覇権争い 
Boeing、SpaceX HP画像より作成 ©SpaceConnect

2024年8月24日、NASAは宇宙飛行士2名の帰還を延期し、「Starliner(スターライナー)」宇宙船の無人帰還を決定したことが大きな議論を呼んでいる。

Boeing社やLockheed Martin社と共に政府主導で進めてきた、米航空宇宙開発オールドスペースの時代が、SpaceX社の台頭により大きく変化し、今やSpaceX社一強の時代も遠い未来ではなくなりつつある。

本記事では、スターライナー宇宙船での宇宙飛行士の帰還を巡る一連の流れを踏まえて、米有人宇宙船開発におけるBoeing社とSpaceX社との覇権争いについて考察する。

前提知識

米有人宇宙船開発の2大巨頭

宇宙船開発の背景

アメリカは、2011年のスペースシャトル退役に伴い、ロシアのソユーズ宇宙船に頼らざるを得ない状況に陥っていた。この依存状態から脱却し、独自の有人宇宙飛行能力を回復するため、NASAは2014年にBoeing社とSpaceX社に対し、次世代宇宙船の開発を委託。宇宙船でのISSへの人員輸送を二重化し、片方の宇宙船に不具合が発生した場合でも、安全かつ確実な輸送手段を維持するためのリスク分散を目的とした上で、NASAは民間企業と共に宇宙船の開発を推し進めてきた。

Boeingのこれまで

航空機メーカーとしても多数の顧客を抱え、世界有数の企業としてその名が知られているBoeing社。

同社は、Lockheed Martin社やNorthrop Grumman社と共に、米航空宇宙業界においてオールドスペース時代を牽引してきた中心的な企業であり、NASAとの緊密な協力を通じて、数々の国家的ミッションに大きく貢献してきた。

特に、アポロ計画では「Saturn V」ロケットの主要開発パートナーとして、人類初の月面着陸を成功に導いた実績がある。また、スペースシャトル計画においては、30年以上にわたりシャトルの構造設計や主要システムの開発を担い、国際宇宙ステーション(ISS)の建設および運用においても重要な役割を果たしてきた。

これらの業績は、Boeing社がNASAとの強力なパートナーシップを築きながら、アメリカの宇宙開発の先頭に立ち、その発展を牽引してきたことを示唆しており、アメリカの航空宇宙業界において不動の地位を確立してきたことを物語っている。

SpaceXの創業

一方で、SpaceX社は2002年に創業され、ニュースペースを代表する企業として数々の革新的な功績を残してきた。とりわけ創業からわずか数年で、民間企業として初めてISSへの物資輸送を成功させ、2010年にはその実力を世界に轟かせた。

その後、2020年には自社開発の宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」を使用し、宇宙飛行士をISSに送り届けるという快挙を達成した。これにより、アメリカは2011年以来初めて、自国の宇宙船で有人宇宙飛行を再開することができ、ロシアのソユーズ依存からの脱却に大きく寄与した。

SpaceX社がこのような成長を遂げ、宇宙事業の商用化を牽引する存在となった背景には、NASAが宇宙開発を民間企業に委託する方針へと大きく転換したことがある。NASAは、自由競争によるコスト削減を図るため、ISSへの物資輸送をはじめとするミッションを民間に委託するプログラムを推進し、これにより同社をはじめとする民間企業がニュースペース企業として、宇宙開発に参入する道を切り開いたのだ。

SpaceX社は、新興企業ながらNASAとの国家ミッションを通じて信頼を確実に築き上げ、今やアメリカの宇宙開発において欠かせない存在となっている。

ミッションの概要

渦中のスターライナー宇宙船での帰還ミッション

2024年8月24日NASAは、今年6月から2か月以上帰還が延期されていた、Boeing社のスターライナー宇宙船が無人で帰還することを発表した。この発表が意味するのは、Boeing社が力を入れて開発してきた宇宙船から乗り換え、2名の宇宙飛行士は、競合であるSpaceX社のクルードラゴン宇宙船にて帰還するということである。

ミッションと打ち上げ背景

今年6月に実施されたスターライナー宇宙船の打ち上げは、Boeing社にとって初の有人打ち上げとなった。

過去2回行われた無人試験飛行を経て、今回はNASAの宇宙飛行士であるButch Wilmore氏とSuni Williams氏の2名がスターライナーに搭乗し、宇宙船の性能を実際に検証する重要なミッションを担った。

このミッションでは、ISSに約1週間滞在し、地球へ帰還する予定であった。主な目的は、スターライナーの実用化に向けた基幹システムの性能確認や、緊急時の避難場所としての有効性の評価である。

具体的には、宇宙飛行士用装備であるスーツや座席の機能確認に始まり、通信システム、エンジンのパフォーマンス、ナビゲーションシステム、生命維持システムなどが、ISSへのドッキングまでの過程で徹底的に評価された。

スターライナーの初の有人打ち上げに関する記事はこちらから

帰還延期の背景

打ち上げられたスターライナー宇宙船は、無事にISSへのドッキングに成功し、当初はISSに約10日間滞在した後、地球に帰還する予定であった。しかし、帰還日は何度も延長される結果となった。

この延長の主な理由は、宇宙船の推力異常とヘリウム漏れであり、NASAは宇宙飛行士の安全を最優先に考え、問題の原因を徹底的に究明するまで、帰還日を確定しない方針を取った。このミッション中には、ISS到着前にエンジンの一部が故障し、さらに出発前にはエンジン周辺でヘリウム漏れが確認されるなど、安全性に対する懸念が高まっていた。

無人帰還の決定

その結果、NASAはスターライナー宇宙船での有人帰還を断念し、無人での帰還を行うことを発表した。これにより、当初予定されていた2名の宇宙飛行士は、9月に打ち上げられるクルードラゴン宇宙船での帰還となり、2025年2月頃の地球への帰還が見込まれている。

NASAは、有人宇宙飛行の安全性と性能要件が満たされていないと判断したため、この決定に至ったと説明している。また、この決定はNASAとBoeing社が徹底した分析と議論を重ねた結果であることを強調している。

さらに、NASAは過去に発生した「Challenger(チャレンジャー)」や「Columbia(コロンビア)」のスペースシャトル事故にも言及し、今回の決定が安全性を最優先にした判断であることを評価している。これにより、宇宙飛行士の安全が確保されるとともに、将来のミッションにおいて同様のリスクを回避するための重要な教訓となるとしている。

今回の事例の注目ポイント

Boeing社にとってのスターライナー宇宙船の重要性

Boeing社にとって、スターライナー宇宙船の打ち上げ成功は極めて重要な意味を持っていた。同社は2019年にスターライナーの無人初打ち上げを試みたが、ソフトウェアの不具合によりISSに到達できず、ミッションは失敗に終わった。その後、2022年に実施された2回目の無人打ち上げでようやくISSに到達し、地球に帰還することに成功したが、度重なる開発の遅れと技術的問題により、同社は合計16億ドルもの損失を計上している。

また、同社は2017年に商用化した小型ジェット旅客機「Boeing737MAX」が2018〜2019年に2度の墜落事故を起こしたことで、主力の航空機事業でも向かい風を浴びており、信頼の失墜が叫ばれているこの一連の危機を受けて、スターライナーの成功が望まれていた。

SpaceX社との広がる格差

一方、SpaceX社は2020年にクルードラゴン宇宙船の初の有人飛行を成功させ、NASAの宇宙飛行士や物資の輸送をいち早く開始している。これにより、SpaceX社はNASAとISSへの定期的な有人ミッションを行う体制を整え、すでに9回目となるCrew-9ミッションを2024年9月に予定している。

これに対して、Boeing社のスターライナーは依然として実運用前の段階にあり、初の実運用ミッションである「Starliner-1」は2025年8月に延期される見通しとなっている。この遅れにより、Boeing社とSpaceX社の間で技術力と信頼性における格差がますます広がっている状況だ。

スターライナー帰還延期のしわ寄せ

SpaceX社が予定している「Crew-9」ミッションは、4人の宇宙飛行士を搭乗させるもので、当初は2024年8月18日に打ち上げが予定されていた。しかし、スターライナーとISSのドッキング解除がクルードラゴンとのドッキングに先立って行われる必要があったため、スケジュールの調整が必要となった。

その結果、クルードラゴンの打ち上げ時期が変更されることとなっただけではなく、帰還する宇宙飛行士の座席を確保するため、SpaceX社はクルードラゴンの搭乗宇宙飛行士の再調整を行わなければならなくなった。

このように、Boeing社のトラブルの影響がSpaceX社にも及んでおり、有人宇宙領域におけるボーイング社の立ち位置は危ういものとなっている。

さいごに

今回のスターライナー宇宙船での帰還に関する一連の経緯は、Boeing社とSpaceX社の技術的信頼性や宇宙ミッションへの貢献における格差を浮き彫りにした結果となった。

さらに、今月8月8日に発表された報告書では、NASAの監察官室(OIG)がBoeing社のスペース・ローンチ・システム(SLS)における品質管理の問題を厳しく指摘しており、2021年から2023年にかけて71件の是正措置要求が発行されたことが報告された。同社の品質管理体制については、NASAから厳しい指摘を受けている。

またBoeing社並びに同社同様オールドスペースを牽引してきたLockheed Martin社との合弁企業United Launch Alliance(ULA)社も、近年では予算超過や収益減少に直面しており、競合他社への人材流出も課題となっている。こうした背景の中で、企業売却の可能性も取り沙汰されている。

長年にわたり米宇宙業界を支えてきたオールドスペース企業が、勢いを増すニュースペース企業との格差を埋め、再び威厳を取り戻すことができるのか。その未来が注目される。

参考

NASA delays Crew-9 launch as it grapples with Starliner problems - SpaceNews

NASA pushes Starliner return decision to late August - SpaceNews

Starliner to remain on ISS for more thruster tests – SpaceNews

Boeing’s Starliner can stay in space beyond 45-day limit, NASA says | Space

Starliner to return from ISS without astronauts on board - SpaceNews

SpaceX launches first operational Crew Dragon mission to ISS - SpaceNews

NASA's Boeing Crew Flight Test - NASA

Columbia Disaster: What happened, what NASA learned | Space

Boeing's mid-flight blowout a big problem for company (bbc.com)

ボーイング、22年ぶりの通期赤字 737MAX問題響く - CNN.co.jp

History (boeing.com)

Boeing’s Starliner has cost at least twice as much as SpaceX’s Crew Dragon | Ars Technica

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