
2026年7月24日、株式会社ispace(以下、ispace)の欧州法人であるispace-EUROPE S.A.(以下、ispace EUROPE)は、欧州宇宙機関(以下、ESA)と総額6,500万ユーロ(約120億円)の追加契約を締結したと発表した。
本契約は、月の極域で水氷などを調査する「MAGPIE」プロジェクトが、開発のフェーズ2へ移行することに伴うものである。
本記事では、MAGPIEの目的やispace EUROPEの役割、今後の計画について解説する。
MAGPIEについて
MAGPIE(The Mission for Advanced Geophysics and Polar Ice Exploration;先端地球物理学および極域氷探査ミッション)は、ローバーを使って月極域の資源を現地で調査する欧州初のミッションである。
MAGPIEでは、ローバーを月の極域で走行させ、揮発性物質の分布や特性を調べるとともに、水氷の探索を行う。月の極域には、太陽光がほとんど届かず、極めて低温に保たれている場所があり、水氷などの揮発性物質が長期間保存されている可能性がある。
月の水氷は、将来の持続的な月面活動を支える資源として注目されている。採取した氷を水として利用できる可能性があるほか、水を水素と酸素に分解することで、生命維持に必要な酸素や宇宙機の推進剤として活用できる可能性もある。
こうした月面資源を将来活用するためには、水氷を含む揮発性物質が、月極域のどこに、どのような状態で存在しているのかを科学的に把握し、基礎情報を蓄積する必要がある。MAGPIEでは、月極域の資源や環境に関する科学データを取得し、将来の月面探査や持続的な月面活動に役立てることを目指す。
あわせて、月面を覆う砂や岩石であるレゴリスの特性も調査し、レゴリスに関する科学的知見の向上を図る。

ispace EUROPEが主導するMAGPIEの開発
ESAは、高度な技術開発を伴う大型プロジェクトにおいて、開発段階に応じて契約を進める方式を採用している。MAGPIEもこの方式に基づき、段階的に契約と開発が進められている。
プリフェーズAからフェーズ1までを完了
ispace EUROPEは2024年12月、MAGPIEの実現可能性や設計、ミッション全体の構成を検討するため、ESAとプリフェーズAの契約を締結した。
その後、2025年6月には、プリフェーズAの契約をフェーズ1へ拡張する変更契約を締結。
フェーズ1では、ローバーに搭載するペイロードの完成度を高めるとともに、ローバーとペイロードを接続する仕組みの開発や、試作機の製造を進めた。これらを通じて、MAGPIEのミッション構想を具体化している。
そして今回、フェーズ1で進めてきた設計や試作の成果を確認する設計試作審査(Design Prototype Review)を完了。これを受けてMAGPIEはフェーズ2へ移行し、ispace EUROPEとESAの間で総額6,500万ユーロ、約120億円の追加契約が締結された。
フェーズ2の計画
フェーズ2の契約は、ローバーとペイロードの開発・製造・試験から、月面への輸送、月面での運用まで、今後のミッション全体を対象としている。
まずは、ローバーの製造に向けた開発を進める。次の主要な節目となるのが、ローバーの熱構造モデルに関する製造準備審査(Structural Thermal Model Manufacturing Readiness Review)である。
熱構造モデルとは一般に、ローバーの構造や温度環境への耐性を確認するための試験用モデルを指す。
ローバーは、打ち上げ時の振動や衝撃、月面の厳しい温度変化に耐える必要がある。そのため、実際に月へ送る機体の製造に先立ち、試験用モデルを用いて構造や熱に関する設計を検証する。
また、ispace EUROPEはMAGPIEの主契約者として、ローバーの開発だけでなく、ミッション全体を統括する。
具体的には、ESAやMAGPIEコンソーシアムと連携し、ミッション設計や科学目標の策定、ローバー開発、ペイロードの統合、月面での運用を主導する。さらに、ミッションで取得した科学データをESAへ提供する。

2029年、ESA・JAXAとの連携で月面へ
MAGPIEで使用するローバーは、2029年に予定されるispaceのミッション4でランダーに搭載され、月極域へ輸送される計画である。
ミッション4には、JAXAの宇宙戦略基金事業第二期において、ispaceが実施機関に採択された「月極域における高精度着陸技術」が活用される。ispaceは同事業を通じて、月極域の目標地点へ高い精度で着陸するための技術開発を進める。これによりミッション4では、ESAが推進するMAGPIEの科学探査と、JAXAが宇宙戦略基金を通じて支援する日本の月面着陸技術が組み合わされる。
ESA Lunar Programme ManagerであるSara Pastor氏は以下のように述べている。
本ミッションは、ESAとJAXAの協力関係のさらなる発展を示すものでもあります。両機関がそれぞれの強みを組み合わせ、共通の探査課題に取り組むことで、より大きな成果の創出を目指していきます。
MAGPIEは、欧州各国の産業界および学術・研究機関の連携を促進するとともに、欧州が将来月探査や月面利用において重要な役割を果たしていくための能力強化にもつながります。引き続き、持続的な月面活動の実現に向けた欧州の貢献を示してまいります。
ミッション4において、欧州の科学的ビジョンと日本の月探査目標を、ispaceの月面輸送サービスを通じて結び付けることで、MAGPIEはシスルナ経済圏における実践的な国際協力モデルとなることが期待されている。
さいごに
今回の約120億円の追加契約は、月面ローバーの製造だけを対象としたものではない。ローバーとペイロードの開発・試験から、月面への輸送、運用、科学データの提供までを含む、MAGPIE全体の実施に関する契約である。
ispace EUROPEは主契約者として、機器の開発にとどまらず、ミッション設計や科学目標の策定、月面運用までを統括する。今回の契約は、ispaceが月面輸送サービスの提供者としてだけでなく、科学探査ミッション全体を担う事業者として欧州で役割を広げていることを示すものといえる。
さらに、MAGPIEローバーの輸送には、JAXAの宇宙戦略基金事業で開発する高精度着陸技術を活用したミッション4が予定されている。ESAが進める月極域の科学探査と、日本が支援する月面着陸技術をispaceの事業基盤で結び付ける点も、今回の計画の特徴である。
2029年のミッション4が実現すれば、MAGPIEは月極域の水氷やレゴリスに関する科学データを取得するだけでなく、欧州と日本の技術や探査目標を組み合わせた国際的な月面探査の事例となる。今後は、熱構造モデルの製造準備審査をはじめとするローバー開発の進捗や、搭載機器、着陸地点などの具体化が注目される。
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参考
ispace EUROPE、欧州宇宙機関とローバーを使った月面探査計画「MAGPIE」のフェーズ2契約を締結(2026-07-24閲覧)











