2024年10月11日、小型SAR衛星の開発・運用事業を行う株式会社QPS研究所は、2025年5月期第1四半期の決算説明資料を公開した。
九州大学発の宇宙ベンチャーである同社は2023年12月に東京証券取引所グロース市場に上場を果たしており、地域の企業と連携して着実に成長を続けているが、その将来性は今後どのように見えてくるのだろうか。
本記事では、QPS研究所の決算資料をもとに、同社の収益性と成長戦略について解説する。
企業PROFILE
QPS研究所は小型SAR(合成開口レーダ)衛星の開発・製造並びに、衛星により取得した地球観測データ及び画像の提供を行う宇宙ベンチャー企業だ。
SAR衛星とは、合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar)を搭載した人工衛星のことを指す。マイクロ波を発射し、反射して返ってきた信号を捉えることで地球を観測する。
この技術により天候・昼夜関係なく画像を取得でき、対象物の大きさや表面の性質、距離等を測定することができる。
事業内容と強み
同社の主な事業内容と強みは以下の3つ。
- 世界トップレベルの小型SAR衛星を開発・運用
- 黎明期にある宇宙産業の中で、着実なビジネスを展開
- 時代に先行した技術開発によって、継続的に企業価値を向上
第一に、従来の大型・高コストなSAR衛星とは異なり、同社は小型化を実現し、低コストで高精細な観測を可能にした。小型SAR衛星開発・運用の分野では世界トップレベルの技術力を有している。
第二に、同社は2019~21年にかけて打ち上げた2機の実証機を含め、現在までに合計8機の打ち上げを実施している。ロケットの打ち上げ失敗による衛星の損失などの困難もあったが、2023年12月に東証グロース市場へ上場を果たした。
第三に、同社は今後、SAR衛星 36機による衛星コンステレーションを構築し、「世界中を“準リアルタイム観測できる世界”」の実現を目指している。
準リアルタイム観測が実現されれば、以下のようなことが可能となる。
- 世界中のほぼどこでも10~20分程度で観測。車両・船舶等の動きを観測し、安全保障や都市開発、交通サービス等に寄与
- 特定の地域を約10分間隔で定点観測。地形や建物の変化を観測し、災害発生時の被害状況や大型インフラの経年劣化を検知
- 衛星間通信を活用して、 観測した画像を約10分で地球上の顧客に配信
このようにして、QPS研究所は世界トップレベルの小型SAR衛星開発・運用企業として国内外から注目を集めているのだ。
衛星の運用状況
QPS研究所の衛星の運用状況は下図の通り。
QPS-SAR 5号機については、2024年9月に衛星の運用状況や、温度など各センサーの情報を地上に送信するためのテレメトリ送信機に不具合が確認され、運用が終了された。
この原因については、偶発的な放射線の入射による劣化が生じた可能性が高いと予測されている。
これは、2024年に頻繁に起きている太陽表面での巨大な爆発「太陽フレア」が1つの要因として考えられる。太陽フレアは電磁波や太陽放射線が放たれるため人工衛星や地上の通信系に障害を及ぼす可能性がある。
現在の業績
事業実績の推移
QPS研究所の主なビジネスモデルは、小型SAR衛星を開発・製造・運用して取得したSAR画像データの販売だ。それに加えて、同社は現在、複数の研究・開発案件が進行中である。
事業実績の推移は下図の通り。
今期における売上高・営業利益についてはほぼ予想通りとのこと。QPS-SAR 5号機の不具合により特別損失の計上には至ったが、その他の事業展開は予測通り進んでいるという。
また、QPS研究所の2025年5月期第一四半期における総合の売上高は、前年度の同時期と比較して1億7400万円ほど増加。
同社の画像データ販売の売上高は前年と同規模に留まったが、衛星試作や開発案件の獲得により増加となった。
営業・経常利益については減益となっているが、これは衛星の機数増加によって減価償却費が増加した影響によるものである。
官公庁のニーズを獲得
QPS研究所の売り上げの大部分は官公庁からの受注案件である。2022年3月以降、同社は150億円超の案件を獲得しており、その中で最も大きな割合を占めるのが防衛省の案件だ。
防衛省は現在、安全保障強化のため予算を増額しており、宇宙分野にも注力している。その中で、衛星コンステレーションの構築や画像解析用データの取得などの複数の領域で民間との連携を強めている。
QPS研究所は、防衛省から画像データの提供に加えて、衛星の試作や打ち上げ業務など複数の事業を受託しているのだ。
また、現在の日本の宇宙産業においては、「SBIR事業」や「宇宙戦略基金」などを活用して官民の連携が積極的に進められており、同社も防衛省だけでなく、内閣府、経済産業省や国土交通省、JAXAなど様々な機関からの案件を受注している。
QPS研究所の成長戦略と将来性
2025年5月期の通期業績予想
QPS研究所が予測する2025年5月期の通期業績は下図の通りである。
QPS-SAR 5号機・6号機の運用停止があるものの、新たな衛星の打ち上げにより全体の運用機数は前年度の3機から6 機に増える見込みであり、同社は、今期の画像データ販売案件の規模は前期に完遂した案件とほぼ同規模になると予測。
5号機の減損による特別損失の計上により純利益は赤字に留まるも、営業・経常利益は黒字の見通しだ。
衛星機数が増加した際の売上イメージ
同社は、2025年5月期以降では、3年後となる2028年5月期には6機から24機、最終的には36機の運用機数を目指している。
分解能が46㎝の高精細画像の衛星データがメインの売り上げとして想定されており、衛星1機が一か月に売り上げる衛星データの総額は、以下の計算式で求められている。
以上から、同社は月間売上額を下図のように予測。
稼働機数が増加すると、各地域の観測頻度が増加して車や船など移動体の動きや地形や建物の細かな変化を取得できるようになるため、データの需要が高まり売上枚数が上昇していくと想定している。
そのため、衛星が1日に撮影可能な枚数としては15枚と設定されているが、想定売上枚数に関しては1機の場合は6枚を想定、そして機数が増えるごとに増加されている。
一方、主要なコストとしては以下の2つがある。
- 製造・打ち上げコスト(総額):1機あたり約10億円(5年の運用期間で定額償却見込み。宇宙保険の保険料を含む。)※将来的には部材コスト等低下の可能性あり
- 運用コスト(年間):1機あたり約3.5億円(人件費・通信費等。固定費も含まれるため将来的には低下を見込む。)
機数が増加するにつれてコストに対する売上高の比は増加していくと想定でき、同社は目標の早期達成に向けて、2028年5月期までに1年に製造する衛星の数を最大10機までに増強することを計画。2025年5期内に新施設の稼働開始を予定している。
成長戦略と将来性
同社は打ち上げ機数の増加に伴い、現在の官公庁ニーズに加えて国内民間や海外への販売も展開・強化していく見通しだ。
官公庁ニーズの保持
同社によると、2023年度における官公庁のSAR衛星関連事業の主な発注実績のうち、QPS研究所は、55.4%のシェアを占めている。
また、同社が進めるSAR衛星の開発は、政策的に「民間SAR衛星コンステレーションの構築」が重要な技術開発の一環として位置づけられており、今後もニーズが継続すると予想される。
さらに、現在QPS-SARの有効性の評価・実証が内閣府を通じて幅広い省庁で進められているとのこと。安全保障だけでなく、インフラ管理、海洋状況把握、防災・減災など様々な分野でQPS-SARの利用拡大を推進している。
国内民間・海外ニーズの獲得
国内民間ニーズの開拓や海外市場への進出も、事業拡大の重要な要素である。
国内民間ニーズの獲得に向けては、同社はまずSAR衛星関連需要を開拓するべく、民間企業との実証研究を進めている。
海外ニーズについては、世界情勢により諸外国監視等の重要性が近年急速に高まっていることからSAR画像データ需要の拡大を想定。実際に、アメリカの国防省は小型SAR衛星ベンチャー企業の支援を行っており、多額の予算を投入している。
QPS研究所は、国内外の展示会へ活発に出展しており、特に海外政府機関系と強いコネクションを持つ販売代理店との連携強化を進めているとのこと。
2023年9月末時点において、米国6社、欧州3社の代理店候補ならびにパートナー候補と協議中である他、株主であるスカパーJSATの海外支社・子会社を通じた海外代理店の開拓を検討しているという。
さらに同社はデータ販売だけでなく、将来的には小型SAR衛星本体の受託開発・直接販売事業の展開も検討している。
QPS研究所のように高い技術力を持ち、高精度のSAR画像を撮影可なプレイヤーは世界を見ても未だ多くはない。今後、衛星の製造・打ち上げを急速に進めて運用機数を増加させて観測頻度を高めることができれば、より多くの需要を獲得していくことができるだろう。
さいごに
いかがでしたか。
QPS研究所は官公庁と連携して売上高や技術力を獲得している。それを糧に、今後どれだけ民間ニーズを獲得できるかが鍵となるだろう。
同社は、事業拡大に伴い人員も前期の56名から2028年5月期には100名までに増加する計画だ。同社の働き方に興味のある方は、ぜひこちらをご覧いただきたい。