宇宙産業の市場規模拡大へ!経産省実施のSBIRに採択されたのはどんな企業?
©Space Connect

2023年10月20日、経済産業省は「中小企業イノベーション創出推進事業」における採択事業者を公表した。

この事業は「SBIR制度」に基づいた公募であり、宇宙分野では9社が採択されて合計最大約270億円の資金が支給されることとなった。

本記事ではこの公募の背景や目的、9月末に発表されたSBIR補助金との違いを説明するとともに、採択された9社の事業内容について簡単に紹介する。

経済産業省が実施する「中小企業イノベーション創出推進事業」とは

「中小企業イノベーション創出推進事業」とは、スタートアップによる研究開発とその成果の社会実装を国が一貫して支援することで、日本のイノベーション創出を促進することを目的としたSBIR(Small Business Innovation Research)制度に基づく事業。

SBIR事業は防衛省や環境省など様々な省庁や機関がそれぞれのテーマで公募を行っているため、その採択結果のニュースは頻繁に取り上げられる。

宇宙分野では文部科学省が9月29日に採択者を発表。そして今回は経済産業省の発表である。

[※文部科学省のSBIR事業の詳細はこちら:宇宙分野に556億!?イノベーション創出を目的とした巨大補助金の行き先とは]

経産省はテーマAからFの6項目において公募を実施した。そのうち宇宙分野のテーマは以下の2つである。

  • テーマA:月面ランダーの開発・運用実証
  • テーマB:衛星リモートセンシングビジネス高度化実証

ここからはそれぞれのテーマにおいてテーマの概要や採択企業を紹介する。

テーマA:月面ランダーの開発・運用実証

テーマAでは、民間企業による月面着陸船の開発と月面輸送サービスの実証を支援する。

日本は火星を視野に入れつつ月での持続的な活動を目指す国際的な有人宇宙探査プロジェクト「アルテミス計画」に2019年に参画。

この計画の実現には月面の資源探査や輸送手段などの基盤整備が必要であり、日本もJAXAのSLIMやispaceのHAKUTO-Rなどといった月面着陸船の開発・打ち上げを進めてきたが、未だ着陸成功には至っていない。

また、PwC社の予測によれば、2020年から2040年までの世界の月輸送市場の累計規模は最大約14兆円であり、その需要全体のうち日本は約12%を占めると見込まれている。また2031から2040年までに民間の需要が50%以上に拡大し、その中でも非宇宙産業系企業が約4分の3を占めるとされている。

これらの背景から政府はこの事業を通じて月面ランダーの開発・運用技術の確立や年間2回程度の定期的な月面輸送機会の提供の実現を目指す。

その結果として、年間500億円以上の月面輸送市場を創出することや月面開発の効率的な進展、宇宙開発に非宇宙産業を含めた多様なプレーヤーが参加することが期待されているのだ。

採択企業はやはりあの企業

株式会社ispace

事業計画名:月面ランダーの開発・運用実証(上限120億円)

今年4月に日本の宇宙ベンチャーとして初めてグロース市場へ上場し、直後に民間企業として世界初の月面着陸に挑戦したことで話題となったispace。

着陸成功とはならなかったものの、着陸予定時刻までは月面着陸船が期待通りに動作していたことが確認されており、今後の活躍が期待できる企業だ。

この着陸船は30㎏の荷物を搭載することが可能なものだったが、今回の事業では100㎏以上の荷物を搭載できるものを開発する。

2027年を目処に月への打ち上げ・運用を行う予定だ。

ランダ―
©ispace

テーマB:衛星リモートセンシングビジネス高度化実証

テーマBでは、衛星データを提供する衛星開発側、衛星データを用いてサービスを開発する利用側双方の開発・実証を支援する。

日本は、2030年代初頭には宇宙関連市場規模を現在の2倍となる8.0兆円に倍増させることを目指しており、その中で地球観測衛星データは、位置情報を基にしたナビゲーションや農作物の生育管理、水道管の漏洩リスク評価など多岐にわたる業界での利用が拡大。

一方で、衛星データの質や量、価格、取り扱いの難しさなどの面で、衛星データのポテンシャルが十分に活用されていない現状もある。これが、リモートセンシング市場の拡大を阻害する原因と考えられている。

政府はこの問題を解決するため、SBIR事業を通じて衛星データの質の向上、提供量の増加、取得や解析を容易にする環境の構築、ソリューションの実証の機会の増加等を行い、衛星データビジネス全体を強化することを目指しているのだ。

テーマBにおいては、開発・実証項目が3つのサブテーマに分かれて公募された。次に、これらのサブテーマごとに採択された8社を簡潔に紹介する。

①小型観測衛星ミッション等高度化実証

このテーマでは小型光学衛星やSAR衛星の研究開発や実証を支援する。選ばれた企業は以下の3社。

株式会社Synspective

事業計画名:小型SAR衛星コンステレーションによる日次InSARサービス技術開発(上限41億円)

Synspectiveは地球表面の形や変化を測定できる小型SAR衛星を自社で開発・運用し、さらにその衛星データを解析して様々な情報を提供する企業。

同社の小型SAR衛星は従来の大型SAR衛星と同等に近い性能をもったまま、10分の1となる100-150㎏に小型・軽量化。それによる低価格化をはかることで多数基生産を可能としており、2020年代後半には30機の打ち上げ・運用を目指している。

SAR衛星のデータからわかることは地すべりや地盤沈下などのリスク、洪水被害など様々だ。同社の衛星データでは広域の地盤変動がmm単位で検出可能である。

現在は3機を運用中。また、さらに2機の衛星の打ち上げ契約もアメリカのRocket Lab社と結んでおり、今後打ち上げが行われる見込みだ。

衛星
©Synspective

株式会社アークエッジ・スペース

事業計画名:衛星リモートセンシングビジネス高度化実証(上限35億円)

アークエッジ・スペースは、世界最先端の超小型人工衛星の開発を中心に多種類・複数の人工衛星生産体制を構築している企業。

同社の超小型人工衛星の1つは2リットルペットボトルサイズ(10㎝×10㎝×30㎝)で重さは3kg。世界で初めて長距離で低消費電力の無線通信を実現する技術「LoRa」に成功した東京大学同研究室の衛星をベースに開発している。

また、引き出しサイズ(10㎝×20㎝×30㎝)の超小型衛星も開発しており、地球観測のみならず、深宇宙探査や通信・測位など様々なミッションで活躍。すでに受注実績もある。

今回の事業では、高精度で細かい画像と色の情報を捉えることができるカメラを持った人工衛星を開発し、その利用を通じて新たな宇宙産業を創出することを目指してビジネス実証を行うという。

衛星
©アークエッジ・スペース

株式会社QPS研究所

事業計画名:高分解能・高画質且つ広域観測を実現する小型SAR衛星システムの
実証(上限41億円)

QPS研究所は、世界トップレベルの高精細小型レーダー衛星「QPS-SAR」を開発する企業である。

収納性が高く、10kgと軽量でありながら大型の展開式アンテナ(特許取得)を開発。そのアンテナによって強い電波を出すことが可能になり、従来のSAR衛星の1/20の質量、1/100のコストとなる100kg台の「QPS-SAR」の開発に成功した。

現在はQPS-SAR1号機「イザナギ」、2号機「イザナミ」、そして6号機「アマテル-III」の3機を運用。6号機は1,2号機を改良したもので、民間SAR衛星で日本最高となる46cm分解能の画像取得に成功している。

今回の事業では、既存のSAR衛星システムの課題を解決した高分解能・高画質、かつ広域観測を実現し、市場におけるSAR衛星データの利活用促進を図っていくとともにグローバル市場においてトップシェアを目指すとのことだ。

衛星
©QPS研究所

②衛星データ提供・解析基盤技術の高度化実証

このテーマでは、さまざまな衛星データを同時に使用して解析するための前準備を行う技術を支援。

異なる衛星データの位置などを修正・補正することで、多様な衛星データの統合や解析を可能にするとともに、必要なデータの種類・量の選択及び入手を容易にすることで衛星データ利用者の利便性を向上させることを目指す。

株式会社New Space Intelligence

事業計画名:衛星リモートセンシングビジネス高度化実証(上限15億円)

New Space Intelligenceは、山口大学・アジア工科大学院 のメンバーで創業された衛星データの活用に特化したスタートアップ。

リモートセンシングやAI技術、画像処理の専門的知見・技術を所有しており、その衛星データのプロが顧客の目的や予算に合わせて多種多様な衛星データの中から最適なデータを選択・統合し、解析する。

また、同社の「衛星データパイプラインサービス」はそれらの一連のプロセスを最適化・自動化し、誰でも衛星データを活用可能にする。

サービスの例として、作物の生育パターン、地盤沈下などを検出できる他、地上データなど様々なデータと組み合わせ、オーダーメイドで顧客の課題を解決するサービスも提供している。

衛星データ
©New Space Intelligence

③衛星データ利用ソリューションの集中的開発・実証

このテーマでは衛星データ利用ソリューションについて、個別機能・システムレベルの段階から実際にユーザが購入し使用するサービス・プロダクトレベルに至るために必要な研究開発、実証を行う。

株式会社Sustainacraft

事業計画名:自然由来の炭素・生物多様性クレジットの定量化に向けた技術開発(上限4億3420万3200円)

Sustainacraftは、様々な衛星データと地上での観測データを組み合わせて自然保全に役立つサービスを開発する企業だ。

森林や泥炭地の温室効果ガスの削減・吸収効果をわかりやすく可視化するサービスや樹木の生育状況を高頻度でモニタリングするサービスなど様々なサービスを開発。

東洋経済の「すごいベンチャー100 2022版」やForbes JAPANの「ネイチャーポジティブに資する50社」に選出されたり、各種メディアで取り上げられたりと、今注目の企業である。

今回の事業の詳細については、森林保護や環境保全などの取り組みによって得られた効果を定量的に評価する技術の開発を行うと予想される。

データ解析
©Sustainacraft

株式会社天地人

事業計画名:複数の人工衛星・センサー種別のビッグデータ解析による高度な情報
プロダクト群の作成、及びそれらを統合することによる再生可能エネルギー事業分野における適地評価システムの社会実装(上限4億2567万円)

天地人はさまざまな宇宙ビッグデータを活かしたサービスを提供し、宇宙からの視点で企業の課題や地球規模の環境問題・社会課題を解決する企業。

主には、土地評価エンジン『天地人コンパス』を用いたサービスを展開。水温を監視・調節することで気候変動に対応して栽培するブランド米「宇宙ビッグデータ米」や、水道管の漏洩リスクの評価など様々な取り組みを行っている。

今回の事業では、再生可能エネルギー分野、特に太陽光発電分野及び風力発電分野での効果的かつ持続可能性を考慮した導入判断に貢献するため、発電場所の適地評価を行うとのこと。

地表面温度上昇に伴う発電効率低下を考慮した土地評価選定は世界初の取組みだという。

データ解析
©天地人

LocationMind株式会社

事業計画名:衛星画像×船舶・トラックデータによる港湾物流のデジタル化促進サービス(上限2億7990万2800円)

LocationMindは空間情報工学の分野で第一線の研究を行ってきた東京大学柴崎亮介研究室発の技術ベンチャーであり、位置情報にまつわる高度な技術を備えた技術者集団である。

位置情報を用いて人流の分析や予測を行い、データとして可視化することで現実社会の課題解決を行う他、位置情報を扱う全球測位衛星システム(GNSS)の安全性を守るため、衛星からの信号自体にセキュリティを付与する「信号認証技術」(特許取得)も開発した。

この特許技術は日本独自の衛星測位システムである 「みちびき」への実装が進んでいる。

衛星データ
©LocationMind

サグリ株式会社

事業計画名:衛星リモートセンシングによる耕作放棄地・作物分類解析ビジネス高
度化実証(上限3億6022万4000円)

サグリは、主に農業分野で活躍するサービスを開発する企業。衛星データや地上データにAIを用いることでより便利なサービスを生み出している。

現在展開しているサービスは以下の3つ。

  1. 農地状況把握アプリ「アクタバ」:これまで目視で実施していた耕作放棄地を調べる農地パトロールを、アプリで見える化することで効率化。
  2. 作付け調査効率化アプリ「デタバ」:農家から申請された作物と作付けされた作物が一致しているか確認する作付け調査を効率化。
  3. 営農アプリ「Sagri」:生育状況や土壌の栄養状況など、圃場の状態をアプリ上で見える化し、効率的な農業を実現。

日本だけでなくインドやアフリカなどに進出しており、グローバルにサービス展開を行っている。

サグリ
©サグリ

さいごに

いかがでしたか。

月面着陸船も、衛星データに関わる開発・データ解析も、宇宙技術の利用を増加させるための重要な技術だ。

今回採択された企業は、世界的に活躍しているか、活躍のポテンシャルが高い企業ばかりである。

事業を実用化し、日本の宇宙市場を盛り上げてくれることに期待したい。

参考

令和4年度第2次補正予算「中小企業イノベーション創出推進事業」の公募について

令和4年度第二次補正予算「中小企業イノベーション創出推進事業」の採択結果について

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

フォローで最新情報をチェック

おすすめの記事