2024年2月19日、株式会社アストロスケールホールディングスは、スペースデブリ(宇宙ごみ)を除去するための実証衛星「ADRAS-J(アドラスジェイ)」の打ち上げが成功したことを発表した。
ADRAS-Jを搭載したアメリカのロケット「Electron(エレクトロン)」は計画通り飛行し、高度約600㎞にて衛星を分離。衛星から受信した信号により正常に通信ができることが確認されたという。
ADRAS-Jは今後、デブリに安全に接近して状況を明確に調査するという世界初の挑戦を実施予定。
加えて、日本政府が2021年に公表したガイドラインのもと安全性等のための措置を講じているため、軌道上サービス[※1]に関する国の規制の在り方についても世界に先駆けて示すミッションとなっている。
今回は、ADRAS-Jのようにスペースデブリ低減に必要な技術を開発するメリットや、デブリ問題に取り組む日本の企業をご紹介します。
※1:軌道上サービス:デブリ除去や衛星の修理、燃料補給など宇宙空間の物体を対象に何らかの価値を提供するサービスのこと。
スペースデブリ低減に必要な技術を開発するメリット
①競争上の優位性
宇宙空間の利用は、位置情報の取得、天候予測、通信など安全保障や経済・社会活動において不可欠なものとなっており、アメリカ、ロシア、中国、インドなど多くの国が宇宙技術の発展に力を注いでいる。
しかし現在、スペースデブリや衛星等の数は増加を続け、宇宙空間にある物体同士の衝突のリスクが増大。宇宙活動の持続可能性が脅かされている。
こうしたリスクへの危機感が国際的に高まっており、米国連邦通信委員会(FCC)は、運用が終了した地球低軌道(~高度2000㎞)の商用衛星の大気圏再突入等による廃棄措置の期限を運用終了後25年から5年に短縮。
また、欧州宇宙機関は、2030年までにすべての欧州の衛星を、運用停止後速やかに衛星が活動する軌道上から撤去する目標を示した。
国際的に見ても、2007年に国連スペースデブリ低減ガイドラインが、2019年に宇宙活動に関する長期持続性ガイドラインが策定され、現在も宇宙空間の安全で持続的な利用を実現するための更なる規範・ルールの形成が議論されている。
しかし、スペースデブリを低減させるための技術は世界的に見てもまだ少ない。そのため、日本はこの分野において技術を他国よりも先に開発することで競争上、優位に立てる可能性があるのだ。
これは、将来の商業的応用や研究開発での優位性に繋がるほか、早期に市場シェアを確保することで長期的な利益が期待できる。
また、スペースデブリ除去技術の先駆者として国際的な発信力が向上。これにより、技術基準や安全基準の形成に参画し、技術的な枠組みや法的な規制を有利に導くことも可能になるだろう。
②宇宙環境における防衛力の強化
安全保障・経済・社会活動における宇宙システムの重要性がより一層高まる一方、スペースデブリや衛星等の増加は運用中の衛星との衝突のリスクを高める存在だ。
また、狙った衛星を攻撃して無力化させるなど、他国の宇宙システムを破壊できる技術の開発が進んでいる国もあり、その脅威に対応する必要がある。
【※参考:現代戦争の要!?人工衛星が狙われたらどう守るのか】
その対応策として、スペースデブリを低減させる技術はデブリの衝突のリスクを下げるのはもちろん、他国からの攻撃に対する防衛にも繋がるだろう。
例えば、高速で地球を周回するスペースデブリに接近して除去する技術は宇宙空間内での衛星修理などに役立ったり、デブリを感知し衝突を避ける技術は相手の攻撃を避ける技術に繋がったりといったことが考えられる。
宇宙の安全保障を守るために、スペースデブリを低減させるための技術は必要となっているのだ。
スペースデブリ問題に取り組む日本の企業を紹介!
アストロスケール
アストロスケールは、宇宙デブリ問題の解決を目指すサービスに専業で取り組む世界初の民間企業。
2013年に創業し、宇宙デブリの低減・除去策として、デブリ化防止装置や既存デブリの除去など様々な技術の開発を進めてきたほか、長期に渡り安全で持続的な宇宙環境を目指すため、ビジネスモデルの確立や、複数の企業や団体、行政機関と協働して宇宙政策などの策定にも取り組んでいる。
現在の累計調達額は約445億円。500名を超えるメンバーが在籍しており、東京の本社に加え、イギリス、アメリカ、フランス、イスラエルに子会社を持ち、グローバルに事業を展開しているのだ。
現在は人工衛星「ADRAS-J」による、宇宙デブリに安全に接近し、デブリの状況を明確に調査するという世界初のミッションに挑戦中。
ADRAS-Jはアストロスケールが宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプログラムにて開発した衛星であるが、人工衛星の開発・運用事業において豊富な実績を持つ株式会社アイネットも、同衛星の開発段階から打ち上げ後の運用支援まで携わっている。
Orbital Lasers(スカパーJSAT発ベンチャー)
株式会社Orbital lasersは、スカパーJSAT株式会社が宇宙事業領域の拡大を目指し、社内スタートアッププログラムから始まったレーザーを用いたスペースデブリの除去プログラムを次のステージへ進めるために2024年1月12日に設立した企業。
行う事業は主に2つで、スペースデブリ除去事業と、地球観測事業だ。
スペースデブリ除去事業では、小型衛星からスペースデブリに向けて遠隔からレーザー照射することでデブリの軌道を変え、ゆっくりと地球大気圏に落下させる方法を使用。
スペースデブリ除去サービス事業者向けに、スペースデブリの姿勢を安定させるためのレーザーの販売と、レーザーを使用したスペースデブリ除去サービスを行っていくという。
一方、地球観測事業は、このレーザー技術を応用。衛星からレーザーを発射し、地表で跳ね返ってきたレーザーを捉えて分析することで高精度な地表面情報を取得する。
EX-Fusion
株式会社EX-Fusionは、レーザー核融合の研究開発を行ってきた研究者により設立された、世界初の商用レーザー核融合炉の実現を目指す企業。
核融合とは、軽い原子核が高温・高圧の状態で合体し、より重い原子核を形成する過程のこと。この過程で放出される大量のエネルギーは電気エネルギーに変換することができ、二酸化炭素の排出がないクリーンな電力源として注目を集めている。
同社は、2023年10月にハイパワーレーザーを駆使して衛星やデブリなどを追跡してミリメートルレベルで動きを測定する技術を持つオーストラリアのEOS Spaceと基本合意書を締結し、協力の可能性を模索。
そこで考えられているのが、ハイパワーレーザーシステムを装備した地上ステーションを利用して、地上からレーザーをスペースデブリに当てることでスペースデブリを動かし、衛星や宇宙機との衝突を防ぐ技術だ。
これは、レーザーをスペースデブリに照射すると、照射した表面に対して垂直方向に生じる反力を利用するものだと考えられる。
この反力を利用することで、デブリの速度を減速させて大気圏に落として除去したり、デブリの軌道を変えたりることで、衛星との衝突を防ぐことができるのだ。
Pale Blue
株式会社Pale Blueは、2020年に創業した東京大学発の宇宙スタートアップ。
安全無毒で環境に優しく、低コストな「水」を燃料とした小型衛星用エンジンの開発および社会実装に取り組んでいる企業だ。
地球からの高度が低い軌道を周回する小型衛星は、近年、低コストかつ短期間で開発可能となっておりビジネス利用が急拡大。
これまではエンジンが搭載されていない衛星も多かったが、複数の衛星を宇宙空間で連携させるための位置調整などにエンジンの自立的な移動が必要であり、エンジンの需要が高まっているのだ。
スペースデブリに関する観点でいえば、エンジンは衝突回避の機能とスペースデブリ化を防ぐ移動手段の両方を人工衛星に付加することができる機器であり、デブリの低減において極めて重要な役割を担っている。
同社の水エンジンは、2023年に宇宙で衛星の軌道投入や軌道維持のために使用されて成功。
さらに、スタートアップによる研究開発や社会実装を国が支援することでイノベーション創出を促進する制度(SBIR制度)の宇宙分野の事業テーマ「スペースデブリ低減に必要な技術開発・実証」にも採択され、事業を開始した。
SBIRの事業では、最大約40億円の規模で開発や宇宙実証を進めていくという。
さいごに
いかがでしたか。
スペースデブリを低減させるための技術は、宇宙環境の持続可能性を高めるのみならず、様々な面で非常に可能性がある。
今回紹介した企業以外にも、株式会社BULLやアクセルスペースなどの衛星のスペースデブリ化を防ぐ技術を開発する企業など、スペースデブリ問題に取り組む企業は様々ある。
今後実施されるアストロスケールのミッションを始め、各企業の今後に期待したい。
参考
Pale Blue、最大約40億円の文部科学省のSBIRフェーズ3に採択、 宇宙ゴミ低減に貢献する推進機の開発・実証へ