
株式会社三菱総合研究所(以下、三菱総研)と株式会社New Space Intelligence(以下、NSI)は2025年10月29日、衛星画像を用いた地形・活動分析により、南シナ海の島しょ部において新たな埋め立てや施設建造とみられる動きを確認したと発表した。
従来の公開報道では捉えられていなかった地形変化を高頻度・高解像度の衛星データから抽出するとともに、関与が疑われる船舶の動態も特定した点が特徴である。客観的かつ非依存的な情勢把握手段として、衛星データ活用の有効性を示した事例として注目される。
本記事では、本実証の背景や意義、得られた示唆を整理する。
背景:南シナ海が持つ戦略的価値
地政学的リスクが高まるなか、国際情勢を客観的かつ迅速に把握する重要性は一段と高まっている。衛星を含む空間データは、そのための信頼性の高い観測手段として注目され、政府・企業の意思決定基盤を支える役割を強めている。
今回、三菱総研とNSIが分析対象とした南シナ海は、日本のエネルギー輸送と貿易を支える主要海上交通路であり、同海域の島しょ部の変化は安全保障や経済活動に直結する重要情報である。このため、国内外の官民双方にとって極めて関心の高い地域となっている。
また同海域は、複数の沿岸国が島しょの領有権を主張し続ける緊張地帯でもある。東南アジア諸国を含む地域各国が、動向を注視する理由もここにある。
こうした背景から、南シナ海に関する高精度かつ独立性の高い観測データは、国際社会の安定確保や経済活動の予見性向上に寄与する戦略的資源と位置付けられる。
概要:分析対象と収集データ
三菱総研とNSIは、報道では十分に把握されていない南シナ海の島しょ部における埋め立てや施設建造の実態、ならびにそれらに関与した可能性のある船舶の特定を目的に実証を実施した。
分析対象には、同海域で沿岸国による活動が確認されている4つの島しょを選定。具体的には、中国とフィリピンが領有権を争うサビナ礁およびセカンド・トーマス礁、ベトナムによる埋め立て・施設建造が進むバーク・カナダ礁およびピアソン礁である。

分析は、島しょの状況変化を多面的に把握するため、衛星データ解析、AISデータによる船舶動態分析、公開報道の収集という3つのアプローチを組み合わせて実施した。
衛星データ解析では、2024年1月から2025年8月に撮像された光学衛星画像を使用し、広域検知と詳細確認の二段階手法を採用した。分解能10mのデータで地形変化を抽出し、変化が確認された箇所については分解能0.3mの高解像度データで精査している。
AISデータ分析では、分析期間中に4つの島しょへ接近した船舶の航跡、船籍、船種を特定し、中国・フィリピン間の対立や、ベトナムの埋め立て活動に関与した可能性のある船舶の動向を整理した。
さらに三菱総研は、独自開発した情報収集AI「ロボリサ」を用いて、2025年4月から8月に公開された関連報道を自動収集し、対象島しょを含む南シナ海の変化に関する報道の有無を確認した。
実証の成果
本実証により、三菱総研とNSIは、これまで報道では確認されていなかったバーク・カナダ礁南西部における埋め立ておよび施設建造の進行を把握した。あわせて、これらの活動に関与した可能性のある船舶の存在も特定しており、衛星データと船舶動態分析を組み合わせたモニタリング手法の有効性が示された。
新たな埋め立てと施設建造
分解能10mの光学衛星データを用いて変化検知を行った結果、2024年10月から2025年5月の間に、バーク・カナダ礁南西部で新たな埋め立てが進行していたことが確認された。
この変化は検知当時の公開報道では把握されておらず、その後、分解能0.3mの高解像度衛星画像で詳細を精査したところ、埋め立てに加えて新たな施設建造が進んでいることが明らかとなった。
広域データによる変化抽出と高解像度データによる精査を組み合わせる本手法により、報道に先行して地形変化を把握できる可能性が示され、衛星データを用いた情勢モニタリングの有効性が裏付けられた。

関与が疑われる船舶の特定
AISデータの分析では、バーク・カナダ礁南西部で確認された埋め立て・施設建造に関与した可能性のある船舶を特定した。
当該船舶は、建造活動が行われていた期間に同海域周辺を航行しており、さらにバーク・カナダ礁と同様に埋め立て・施設建造が進むピアソン礁においても2025年10月に存在が確認されている。
この航行パターンから、三菱総研とNSIは、当該船舶が南シナ海の複数地点で進む埋め立て・施設建造に関与している可能性が高いと判断している。
今後は、AISデータを用いてこの船舶の航行履歴を継続的に追跡することで、これまで把握されていない新たな埋め立て・施設建造活動を早期に検知できる可能性がある。
報道情報の収集
三菱総研が開発した情報収集AI「ロボリサ」により、2025年4月から8月に公開された関連報道を自動収集した。その結果、セカンド・トーマス礁周辺の船舶動静に関する報道が1件のみ確認された一方、バーク・カナダ礁南西部での埋め立てや施設建造を扱った記事は確認されなかった。
この結果から、衛星データとAISデータを組み合わせた本実証の分析により、既存報道では把握されていない新たな情報を抽出できたことが裏付けられた。
さいごに
今回の実証で得られた成果は、南シナ海に限らず、世界各地の島しょや沿岸域における環境変化や活動実態の把握に広く応用できる可能性を示している。衛星データとAISデータを組み合わせることで、従来の目視確認では捉えにくい地形変化や船舶活動を、客観的かつ効率的に抽出できる点は特に重要である。
また、既存サービスの多くが人手による判断に依存するのに対し、三菱総研とNSIが構築を進める分析基盤は、複数の観測指標(インデックス)を用いた機械的な広域検知を可能とする。このアプローチにより、関心領域における変化やリスクの兆候を早期に捉え、分析の透明性と再現性を高めることができる。
こうした仕組みは、地政学リスクの監視、重要インフラの保全、環境変動の把握など、国際社会の安定や公共性の高い分野において大きな価値を持つ。空間データの高度活用が進むなか、本実証はその可能性を具体的に示す事例となった。




