
2026年10月20日、火星衛星探査機「MMX」がH3ロケット10号機によって打ち上げられた。MMXの開発や運用には、探査機や観測機器のメーカーに加え、放送機関やゲーム会社など、さまざまな分野の企業・機関が参画している。
本記事では、MMXに参画する日本の企業・機関として、NHK、オハラ、明星電気、セガ、有人宇宙システム(JAMSS)の5者を取り上げ、それぞれの役割や取り組みについて解説する。
火星衛星探査計画「MMX」とは
フォボスの試料を地球へ持ち帰る探査計画
MMX(Martian Moons eXploration)は、JAXAが主導する国際的な火星衛星探査計画である。
火星には「フォボス」と「ダイモス」という2つの衛星が存在する。MMXは、両衛星の観測を通じて、その起源や火星圏の進化過程を調査。さらに、フォボスに着陸して10g以上の試料を採取し、その試料を地球へ持ち帰ることで、世界初となる火星圏からのサンプルリターンに挑む。
MMXは2026年10月20日にH3ロケット10号機によって打ち上げられ、約71分後にロケットから正常に分離された。翌21日、探査機の健全性を確認し、初期クリティカル運用フェーズを終了している。
今後は2027年度に火星圏へ到着し、フォボスへの着陸・試料採取やダイモスの観測を実施。2031年度には試料を収めたカプセルを地球へ帰還させる計画である。

三菱電機が探査機システムの設計・製造を担う
MMXの探査機開発では、JAXAが探査の目的や必要な性能を定め、計画全体を管理する一方、三菱電機株式会社(以下、三菱電機)が主契約企業(プライムメーカー)として探査機システムの設計・製造を担っている。
三菱電機は、JAXAが求める性能を実現するため、探査機全体の設計や各機器の統合を担当。また、地球帰還までの軌道上運用に関する技術支援も担う。
フォボスへの着陸に向けては、小型月着陸実証機「SLIM」で培った技術を活用し、画像を用いて探査機の位置を把握する航法技術を開発。また、複数回の着陸に対応するため、着陸時の衝撃を吸収する機構を新たに開発した。

MMXを支える企業・機関5選
探査機全体の開発を担う三菱電機のほかにも、MMXにはさまざまな専門技術や知見を持つ企業・機関が参画している。
ここからは、観測機器の開発や光学ガラスの提供、映像技術、運用支援など、それぞれの分野でMMXを支える5つの企業・機関について、具体的な技術や取り組みを紹介する。

NHK|火星圏を高精細に撮影する8K・4Kカメラの開発
日本放送協会(以下、NHK)は、JAXAと共同で、MMXに搭載するスーパーハイビジョンカメラを開発した。
今回搭載されたのは、探査機の進行方向を撮影する8Kカメラと、側面方向を撮影する4Kカメラの2台である。

8Kカメラは、火星や火星衛星の高精細な撮影に加え、フォボスへの着陸時の様子を記録。一方、4Kカメラは、主にフォボスへの着陸や着陸後の地表撮影を担う。
撮影は火星圏への航行中から計画されており、2026〜2027年度には宇宙空間の星空などを撮影する予定である。その後、火星や火星衛星の観測に加え、フォボスへの降下・着陸、着陸後の地表や上昇の様子などを記録する計画となっている。
NHKは、こうした撮影で得られる8K・4K画像を探査機の飛行データなどと組み合わせて映像化し、放送などを通じて一般に伝えることを目指している。
オハラ|火星衛星の観測を支える光学ガラス
株式会社オハラ(以下、オハラ)は、1935年に創業した光学ガラス・特殊ガラスメーカーである。カメラや望遠鏡などの光学機器に使用されるガラス素材を製造しており、宇宙・天文分野でも数多くの採用実績を持つ。
MMXでは、広角分光カメラ「OROCHI」と、探査車「IDEFIX」に搭載されるラマン分光器「RAX」に、同社の光学ガラスが採用された。
OROCHIには、精密な撮影を支える研磨レンズ用光学ガラスが使用されている。
OROCHIは、火星衛星の表面で反射された光を複数の波長で観測し、含水鉱物や有機物などの分布を調べる装置である。観測対象から届く光を正確に捉えるため、レンズを構成するガラスの光学特性が重要となる。

一方、RAXには、宇宙空間の放射線に耐える特殊な光学ガラスが採用された。
RAXは、探査車「IDEFIX」に搭載され、レーザー光を利用してフォボス表面の鉱物組成を分析する装置である。
IDEFIXは、フランス国立宇宙研究センター(CNES)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同開発した探査車で、MMXの探査機本体に先駆けてフォボスに着地し、表面を覆う砂や岩石の層(レゴリス)の性質などを調べる。
一般的な光学ガラスは、強い放射線を受けると着色し、光を通しにくくなる場合があるが、オハラの耐放射線光学ガラスは、特殊なガラス組成によって放射線による着色を抑え、光の透過率を維持することが特徴である。これにより、過酷な宇宙環境でも安定した観測性能の確保に貢献する。

(出典:株式会社オハラ/PR TIMES)

同社の光学ガラスは、過去にも小惑星探査機「はやぶさ2」や小型月着陸実証機「SLIM」などに採用されている。
明星電気|5種類の観測機器の開発に参画
明星電気株式会社(以下、明星電気)は、気象・防災・宇宙分野の観測機器や計測システムを手がけるメーカーである。2026年10月現在、能美防災株式会社の連結子会社となっている。
同社は、長年培ってきた計測技術を活用し、MMXに搭載される複数の観測機器の開発に参画した。
主な開発参画機器は、望遠カメラ「TENGOO」、広角分光カメラ「OROCHI」、火星周回ダストモニタ「CMDM」、イオンエネルギー質量分析器「MSA」、惑星空間放射線環境モニタ「IREM」の5種類である。
TENGOOとOROCHIは、フォボスの表面観測を担うカメラである。
TENGOOは衛星表面の地形を詳細に撮影し、着陸地点の選定に必要な情報を取得する。一方、OROCHIは異なる波長の光を使って広い範囲を観測し、表面に存在する物質の分布などを調べる。
また、CMDMは火星周辺に存在する微小な粒子(ダスト)、MSAは火星圏のイオン環境、IREMは惑星間空間の放射線環境を計測する装置である。
明星電気は、地形や物質の観測から宇宙空間の環境計測まで、MMXの幅広い観測活動を支えている。
セガ|ソニックの画像を通信テストに提供
株式会社セガ(以下、セガ)は、家庭用ゲームやアミューズメント関連事業などを展開する企業である。
同社は2026年10月15日、人気ゲームキャラクター「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の35周年を記念し、MMXへの協力を発表した。
具体的には、MMXに搭載された望遠カメラ「TENGOO」と広角分光カメラ「OROCHI」の画像データ通信テストに使用するため、オリジナルのソニック画像を提供。両カメラの開発には立教大学理学部の亀田真吾教授らが参画しており、画像データは同大学の開発チームに提供されている。
今後、MMXがフォボスへの着陸に成功し、地球で正式なデータを受信できた際には、「宇宙から届くソニック」の画像が初公開される予定である。
今回の協力は、通信テストへの貢献に加え、宇宙探査への関心を広げるきっかけにもなり得る。セガは、宇宙から届くソニックの姿が、世界中のファンや未来の科学者を目指す子どもたちの夢や好奇心につながることに期待を寄せている。
有人宇宙システム(JAMSS)|探査機の運用準備や管制官訓練を支援
有人宇宙システム株式会社(JAMSS)は、宇宙機の運用や宇宙飛行士の訓練、宇宙実験の支援などを手がける企業である。
国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」では、システムの監視・制御や宇宙実験の支援、宇宙飛行士の訓練などに携わってきた。
MMXには2019年度から参画し、探査機の運用設計や管制官訓練などの準備を進めてきた。2025年度からは計画管理も担当するほか、打ち上げに向けた射場での準備作業にも携わった。
打ち上げ後は、地上局との調整や観測計画の作成、データ伝送状況の確認、不具合の管理などを通じて長期ミッションを支援する。
MMXでは、地球と火星圏の距離によって通信に大きな時間差が生じるため、事前に運用手順や異常時の対応を検討しておくことが重要となる。JAMSSは、宇宙機を安全かつ確実に運用するための技術と経験を生かし、MMXの長期間にわたる探査活動を支えている。
さいごに
MMXには、探査機全体の開発を担う三菱電機をはじめ、多様な企業・機関の技術や知見が活用されている。
明星電気の観測機器、オハラの光学ガラス、NHKの高精細カメラ、JAMSSの運用技術、セガによる画像データの提供など、その関わり方は幅広い。
宇宙探査に関わる仕事は、探査機やロケットの製造から観測装置の開発、運用、映像技術まで多岐にわたる。MMXに参画する企業・機関の取り組みは、それぞれの専門技術や知見が宇宙産業に生かされていることを示している。
今後は、2027年度の火星圏到着に向けて、各機器の動作確認や探査機の運用が進められる予定である。各社の技術が実際の観測や探査でどのような成果につながるのか、引き続き注目したい。
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