
衣服やバッグなど、身の回りのさまざまな製品に使われているYKK株式会社(以下、YKK)のファスナー。実はその技術は、宇宙飛行士が着用する宇宙服にも使われてきた。
さらに2026年には、YKKがJAXAの研究制度「Moon to Mars Innovation」に参画。将来の月面拠点を構成するモジュール同士を、スライドファスナーなどで連結する技術の研究が始まっている。
なぜ宇宙服にファスナーが使えるのか。普段使っているファスナーとは何が違うのか。本記事では、YKKの技術と宇宙開発の関係を解説する。
宇宙服にも使われるYKKのファスナー
YKKのファスナー技術
YKKは1934年の創業以来、90年以上にわたりファスナーなどの「つなぐ」製品を手がけ、現在は世界約70の国・地域で事業を展開。2024年度には、世界でのファスナー年間販売数量が100億本を突破した。
同社の特徴の一つが、高い精度と安定した品質を支える製造技術である。
ファスナーは一見すると単純な構造だが、左右でかみ合う「エレメント」は、わずかな形や大きさの違いでも正常に閉じなくなる。そのため、YKKでは、こうした部品を100分の1mm単位の精度で製造している。

その品質を世界各地で支えているのが、材料から製造設備まで自社で手がける「一貫生産」である。
YKKでは、ファスナーに使う金属や繊維、樹脂などの材料から、製造に使う機械まで自社で開発・生産。世界各地の工場にも自社開発した製造設備を導入し、共通の品質基準のもとで強度などの検査を実施している。
こうした精密な製造技術と品質管理によって培われたYKKの「つなぐ」技術は、宇宙開発にも活用されてきた。
打ち上げ・帰還時に着る「与圧服」に採用
YKKのファスナーは、宇宙分野において、宇宙船内で気圧が低下するなどの緊急事態が起きた際に宇宙飛行士を保護する「与圧服(加圧して地上の気圧に近い状態にする船内服)」に採用された実績を持つ。
宇宙空間はほぼ真空で、人間はそのままでは生存できない。宇宙船内は人が活動できるように気圧が保たれているが、万が一、船内の気圧が急激に低下した場合に備え、宇宙飛行士は打ち上げ時と帰還時に与圧服を着用している。
与圧服には、宇宙飛行士が着脱するための開口部が必要な一方、緊急時には内部の圧力を保つため、高い気密性が求められる。その開口部を閉じる部品として使われてきたのが、水や空気を通しにくいファスナーである。
スペースシャトル時代に使われていたオレンジ色の与圧服では、胸から背中にかけてYKKの水密・気密ファスナーが使用されていた。
さらに2016年度には、新型の与圧服にYKKの水密・気密ファスナー「PROSEAL®」が採用された。本体とフード部分に使われ、防水性と気密性を確保する役割を担った。


普通のファスナーと何が違うのか
では、YKKは、簡単に開け閉めでき、かつ気密・水密性を確保できるファスナーをどのように実現しているのだろうか。
一般的なファスナーは、左右でかみ合う「エレメント」、開閉するための「スライダー」、衣服などに縫い付ける「テープ」などから構成される。
スライダーを動かすことで左右のエレメントが順番にかみ合い、開口部を閉じる仕組みだ。ただし、一般的なファスナーは左右をつなぐことが目的で、空気まで完全に遮断する構造ではない。
一方、2016年度に新型の与圧服への採用が公開されたYKKの水密・気密ファスナー「PROSEAL®」は、スライダーを動かすと左右の内側のエレメントがかみ合い、弾力性のあるテープが外側のエレメントの間で隙間なく圧着される特殊構造になっている。これによって、ファスナーを開閉できる機能を残しながら、水や空気の通り道をふさいでいる。

さらにYKKでは、PROSEAL®などの水密・気密ファスナーを出荷する前に、1本ずつ加圧して漏れがないか検査することで、品質を担保。現在はドライスーツやサバイバルスーツ、液体を入れるコンテナなどにも利用されている。
YKKのファスナー技術、次は月面基地へ
宇宙服への採用実績を持つYKKだが、現在はさらに大きな「空間」をつなぐ研究にも参加している。
2026年1月、ミサワホーム、ミサワホーム総合研究所、YKK、カンボウプラスの4社による研究グループは、JAXAの研究制度「Moon to Mars Innovation」において、「月面基地構築に資するフレキシブルで施工性の高い空間連結技術の開発」に採択された。
小さな月面拠点をファスナーでつなぐ
本研究グループが開発するのは、小型のモジュール型拠点を複数設置し、それらを連結することで月面拠点を拡張していくための技術である。
そこで活用されるのが、YKKがこれまで培ってきたファスナー技術だ。
今回の研究では、モジュールの間を柔軟な膜材でつなぎ、その接続部分にファスナーを使用する連結技術を、月面などの宇宙環境でも利用できるよう発展させる。
研究では、ミサワホームとミサワホーム総合研究所がモジュールの開発や技術実証などを担当し、YKKはスライドファスナーなどの開発・供給、カンボウプラスは膜材などの開発・供給を担う。JAXAは宇宙環境に関する情報や知見を提供する。
現時点で、YKKのファスナーを使った月面基地の建設が決定しているわけではなく、2026年3月から2028年3月まで宇宙特有の環境条件を踏まえた技術開発が進められる予定だ。要素レベルでの宇宙実証も視野に入れられている。

月面基地につながる技術は「南極」で実証されてきた
この建物連結技術は、すでに国内や南極などの地上環境で研究・実証されてきた。
ミサワホームは50年以上にわたり、南極・昭和基地の建物建設を支援してきた。限られた人員で短期間に施工し、過酷な環境にも耐えられる建物をつくる技術を蓄積している。
2017年には、JAXA宇宙探査イノベーションハブの研究提案募集に「持続可能な住宅システムの構築」が採択された。月面拠点と南極では、限られた人員での施工や厳しい環境への対応など共通する課題があることから、南極の「移動基地ユニット」を使った実証が行われたのである。
その過程で活用されたのが、YKKのファスナーだ。モジュールの間を膜材でつなぎ、その接続部にファスナーを使うことで、専門的な施工技術を持たない人でも空間を拡張・縮小しやすいという特徴を持つ。
今回の研究では、南極や国内で培ってきたこの技術を、さらに宇宙環境へ適応させることを目指している。
さいごに
YKKのファスナー技術は、宇宙飛行士が着用する与圧服にも採用されてきた。水や空気を通しにくい水密・気密ファスナーは、開閉できる構造と気密性の両立によって、宇宙飛行士を支える部品の一つとなっている。
さらに現在は、スライドファスナーを使ってモジュール同士をつなぐ技術を、将来の月面拠点へ応用する研究も進められている。
衣服やバッグで身近な「閉じる・つなぐ」技術が、宇宙服から月面拠点へと活用範囲を広げている。地上で培われた技術が宇宙開発へ展開される事例として、YKKの取り組みは今後も注目だ。
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