
2025年6月3日、総合建設会社である株式会社安藤・間(以下、安藤ハザマ)は、同社が描く宇宙事業の構想を発表した。
本記事では、安藤ハザマが宇宙事業に挑む背景と同社が描く「月面インフラ」構想を簡易に紹介する。
目次
安藤ハザマとは
安藤ハザマは、東京都港区に本社を構える総合建設会社で、長年にわたり日本のインフラ整備を支えてきた老舗企業である。トンネルやダムなどの土木工事や環境に配慮した建築技術に強みを持ち、国内外で多くの施工実績を誇る。
同社は2020年2月に長期ビジョン「安藤ハザマVISION2030」を策定し、「イノベーションの加速で新たな価値を創造する」ことを基本方針に掲げている。
これに基づき、建設領域以外での事業強化にも積極的に取り組んでおり、中期経営計画(2023〜2025年度)では、新たな収益源の確立に向けた体制整備として、10年間で総額1,000億円以上の成長投資を実施する方針を打ち出している。
こうした背景のもと、2024年10月には「宇宙技術未来創造室」を設立。これまでに培ってきた地下空間構築技術やトンネル施工のノウハウを、地球から宇宙へ応用することを目指し、研究・技術開発を進めている。
宇宙に参入する背景と狙い
建設会社である安藤ハザマは、宇宙産業に参入するにあたり「宇宙技術未来創造室」を設立しており、その第一歩として、月面開発をターゲットに設定した。
背景 ー宇宙産業の急成長
安藤ハザマが宇宙産業に参入する背景には、民間企業を中心とした宇宙ビジネスの急成長がある。
世界の宇宙関連市場は現在約54兆円、2040年には約140兆円に達するとの予測もあり、今後の発展が強く期待されている。
月面開発領域では、SpaceXが開発を進める超大型ロケット「Starship(スターシップ)」にて将来的に人を月や火星に送る計画が進められているほか、異業種連携の側面では、トヨタ自動車がJAXAと共同で月面探査用モビリティ「ルナクルーザー」の開発を実施。
また、スーパーゼネコンの1つである清水建設も月面基地計画を打ち出しており、月面の砂「レゴリス」を模擬した月土壌シミュラントの製造・販売を手掛けるほか、月面着陸船を開発するispace社への出資も行っている。
狙い ー技術革新・事業拡大と組織の成長
安藤ハザマは、拡大を続ける宇宙市場において、自社の強みを発揮できる分野として宇宙開発に着目し、技術革新と事業拡大の両立を図っている。
ただ単に新技術を生み出すのではなく、そこで得られる知見や挑戦を、企業としての価値創出や組織の成長にもつなげたい考えだ。
「建設業界で最も従業員を大切にする会社の実現」を掲げる同社にとって、月面という未知のフィールドでの挑戦は、社員一人ひとりの創造力と技術力を高める「道しるべ」となりうる。
今後も国内外の企業や大学との連携を強化しながら、宇宙開発への挑戦を通じて事業基盤のさらなる拡充を目指していく方針だ。
月での技術開発構想
安藤ハザマはこの度、建設事業において培ってきた同社の強みである地下空間構築やトンネル建設技術を応用し、月面および月地下に安全・安心な空間を構築することを目的とした新たな技術開発構想を打ち出した。
「宇宙シェルター」と「ルナ・ジオフロント」構想である。

構想1:宇宙シェルター
1つ目に、レゴリスを遮蔽材料として使用した月面放射線防護装置(宇宙シェルター)である。
月面では、恒常的な銀河宇宙線[*1]や突発的な太陽フレア[*2]等により地上の100倍以上の放射線が降り注ぐ。こうした厳しい環境下で人類が継続的に活動するには、放射線から人や機材を守る空間の整備と、正確な被ばく安全評価が不可欠だ。
安藤ハザマはこの課題に対し、現地資源である「レゴリス」を用いた防護装置の開発に取り組んでいる。
レゴリスとは、月面などの衛星や惑星の表面を覆う細かな岩石由来の粒子のことで、鋭利な形状や高い硬度を持つ。
こうした特性は電子機器や駆動機器に入り込むと機器の故障や不具合を引き起こす一方、建築材料として活用することで、地球からの輸送負荷を大幅に軽減できる利点がある。
宇宙輸送において重量はコストに直結するため、レゴリス活用は持続可能な月面建設において極めて重要な要素であるのだ。
開発における主な検討項目は以下の2つ。
- 用途に応じた目標遮蔽性能の定義と、宇宙シェルターに必要な遮蔽材料構成・厚さの設計による、構造材および施工法の開発
- 銀河宇宙線および太陽フレアが人や重要機器に及ぼす影響を評価し、避難アラートを発報する仕組み
この宇宙シェルターは、将来的に月面での仮設作業所や休憩所、一次避難所としての使用が想定されており、2030年代の実現を目指している。
[*1]銀河宇宙線:超新星爆発等をその起源とする太陽系外から飛来する荷電粒子。放射線の一種であり、人体や機器に悪影響を及ぼす等、宇宙空間における活動の障害となる。
[*2]太陽フレア:太陽の活動により発生する急激なエネルギー放出現象。高エネルギーの粒子や電磁波を放出し、銀河宇宙線と同様に活動の障害となる。
構想2:ルナ・ジオフロント
2つ目に、月地下空間を活用した拠点構築を目指すルナ・ジオフロントである。
「ルナ(Luna)」は月を、「ジオフロント(Geofront)」は地下空間や地下都市を意味し、月の地下空間の構築と利活用が将来的に重要になるという想いを込めて名付けられた。
構想の核となるのが、過去の火山活動によって形成された自然の空洞「溶岩洞」である。
月面では昼夜の温度差が200℃以上(昼約110℃、夜約-170℃)に及ぶ一方で、溶岩洞内部はほぼ一定の温度(約-20℃)を保つとされており、微小隕石や放射線に対する天然のシェルターとしての役割も期待されている。
こうした特性から、将来の月面基地の有力な候補地として注目を集めているのだ。
そして、この地下空間を安全かつ効率的に活用するには、専用の建設技術の確立が不可欠である。
安藤ハザマは、この構想によって月地下空間における構造物の建設により、月地下空間を「人が働く空間」「住む空間」「重要設備を保護する空間」として活用する検討を進めていく。
主な検討内容は以下の通り。
- 溶岩洞の空間の広さや形状を探索するロボット
- 空洞の安定性を評価する技術
- 探索結果および安定性の評価結果に基づいて空間を掘削・補強し、居住や研究等に活用可能な空間を施工する技術
この構想は、2040年代の実現を目標としている。
さいごに
いかがでしたか。
安藤ハザマは、近未来の月面利用に向けたチャレンジが、従業員一人ひとりの成長の「道しるべ」となることを期待するとともに、事業基盤のさらなる拡充を視野に入れている。
今回発表された「宇宙シェルター」と「ルナ・ジオフロント」という2つの構想については、産学官の連携を深めながら、共同研究を通じて具体化を進めていく方針だ。
同社が出展予定の「[国際]宇宙ビジネス展 SPEXA(スペクサ)」でもこれらの構想の詳細が紹介される予定とのこと。
建設会社ならではの視点から描く「月面インフラ」。その実現に向けた今後の動きに、引き続き注目である。