
宇宙空間で運用される機器は、地上のように容易に点検・修理を行うことができない。衛星、探査機、宇宙ステーション向け装置などは、打ち上げ後の介入が原則できない前提で設計される。このため、開発段階での地上試験は、宇宙機器開発プロセスの中核的な工程である。
温度、真空、振動、放射線といった試験が一般に知られるが、中でも「重力」という最も基本的な物理条件を地上で試験することは難しく、それゆえに無重力環境を地上で再現する技術の需要は高い。
本記事では、航空機を用いた無重力実験を日本で提供するダイヤモンドエアサービス株式会社(以下、DAS)の取り組みに焦点を当て、無重力環境実現の仕組みと事業的意義を解説する。
目次
無重力がもたらす設計課題
地上環境では常に1Gの重力が作用しており、機器の構造・流体挙動・熱伝達は重力を前提に最適化されている。液体は容器底部に集まり、気泡は上昇し、熱は対流によって循環する。これらは設計上あまり意識されない「自然な前提条件」である。
しかし、無重力環境では状況が一変する。流体は表面張力で球状にまとまり、気液分離が困難となる。
潤滑油が偏在し、ポンプやバルブが設計通りに作動しないリスクも生じる。また、熱対流が発生しないため、熱輸送系の挙動も地上とは大きく異なる。荷重が失われることで機構や構造の固有振動が変化する可能性もある。
このように、重力の有無は機器の挙動を根本から左右する要因であり、無重力環境での試験は設計段階の不確実性を減らし、運用リスクを抑制する手段として重要である。
特に近年は、小型衛星や宇宙ロボティクスの軽量化・高集積化が進んでおり、流体・熱・機構の挙動を事前に把握する必要性が一層高まっている。
ダイヤモンドエアサービス(DAS)について
このような中、無重力実験を日本国内で提供する企業の1つが今回紹介するダイヤモンドエアサービス(DAS)である。
DASは、1989年に三菱重工業のグループ会社として発足した。設立当初は微小重力実験飛行と、防衛省航空機の修理業務の一部を担うことから事業を開始し、その後業務領域を広げ、現在では以下の複数の航空機使用事業を提供している。
- 微小重力実験
- 大気観測(気象・大気成分測定)
- 地球観測(災害・火山・海洋観測等)
- 探索飛行(ロケット追尾・回収支援等)
- 撮影・通信実験
- 航空機の修理・改造
これらの事業はいずれも、航空機を活用したデータ取得・観測・検証を求める行政機関、研究機関、企業などのニーズに対応するものであり、国内では数少ない専門運航オペレーターとしての地位を確立している。
DASの保有機材には、MU-300、Gulfstream II、Gulfstream IV、King Air 200Tなどのビジネスジェットや観測機が含まれており、用途に応じて機体を使い分け、観測機材や実験設備を搭載して運用している。
無重力実験の仕組み:パラボリックフライト
無重力の再現方法
DASの無重力実験は、航空機の放物線飛行(パラボリックフライト)によって実現される。機体が急上昇した後、推力を落とし、放物線の頂点付近で機体がほぼ自由落下する。
この「自由落下の区間」において、1〜3×10⁻²G以下の微小重力が発生し、1回の放物線で約20秒間の無重力が得られる。
宇宙ステーションなどで得られる無重力は数カ月〜数年の長期連続状態であるのに対し、パラボリックフライトは短時間だが、実験者が直接搭乗して実験条件をその場で調整できる点が特徴である。

DASの無重力実験サービスの特徴
1|1回のフライトで複数回の無重力を取得可能
1回のフライトで、複数回の放物線飛行を繰り返すことで、短時間に高い再現性を持つデータを何度も取得できる。これは、地上にある落下塔などの施設と比べて「回数×連続性」の観点で優位性を持つ。
2|実験者が直接搭乗し、リアルタイムで条件調整が可能
実験者は機内で実験装置を直接操作できる。
重力レベルは+0.01G〜2.5Gの範囲で任意に設定可能であり、無重力だけでなく、月面(0.16G)や火星重力(0.38G)に相当する環境も模擬可能なので惑星探査ローバーのサスペンション試験や、月面用材料・工具の挙動確認などにも応用可能である。
3|安全性を考慮した機内環境
機内にはクッション材が設置され、実験者が自由浮遊しながら作業を行うことができる。これにより、以下のような研究も可能となる。
- 生体計測(心拍・筋活動・姿勢制御)
- ロボティクスの浮遊制御試験
- 小型衛星の展開挙動観察
- 流体・材料の基礎実験
このような観点から研究機関や民間企業による装置動作確認はもちろんのこと、近年では映像制作用途(ミュージックビデオやCM)での利用も見られる。
無重力実験の具体的な利用シーン3選
1|宇宙機器開発の品質保証
衛星、ローバー、宇宙ロボット、生命科学装置など、多くの機器は無重力条件での挙動に大きく依存する。DASのサービスは、設計の初期段階で動作リスクを抽出できるため、後工程の手戻りを削減し、全体の開発リードタイム短縮に寄与する。
2|材料・流体・熱の基礎科学研究
大学や研究機関では、流体や材料、燃焼、生命科学など、微小重力を前提とする基礎研究にも利用されており、短時間でも再現性の高い重力制御が可能であることから、精密なデータ取得に向いている。
3|産業用途の拡大余地
小型衛星や宇宙ステーション商用・月面ビジネスが加速する中、民間企業が自社装置の事前検証を行う場として需要が増える可能性が高い。特に、宇宙スタートアップにとって「低コスト・短納期」で試験できる環境としての価値は大きい。
さいごに
無重力実験は、宇宙開発にとって「設計品質の裏側を支える基盤」である。
製品企画、事業戦略、投資検討の場面でも、無重力環境をどう地上で再現し、リスクをどう管理するかは重要な論点となる。DASのような国内インフラは、企業の開発効率向上と品質保証の観点から、今後さらに戦略的重要性が増すだろう。




