IHI、ICEYEと衛星コンステレーション構築に向け衛星調達契約を締結
IHI 代表取締役社長 最高経営責任者 井手氏(右)とICEYE 共同創設者 兼 CEO ラファル氏(左)©Space Connect

株式会社IHI(以下、IHI)は2025年10月16日、合成開口レーダー(SAR)衛星の分野で世界をリードするフィンランドのICEYE OY(以下、ICEYE)と、公共および商業利用を目的とした地球観測衛星コンステレーションの日本国内向け構築に関する衛星調達契約を締結したと発表した。

実質上、IHIが小型SAR衛星を保持し、衛星コンステレーションを目指すことになる。

本記事では、今回の合意内容および両社の事業背景について詳述する。

調達契約の詳細

前提:今年5月にMoUを締結

IHIとICEYEは2025年5月、最大24基のSAR衛星によるコンステレーション構築に向けて協力していくことで基本合意(MoU)を締結していた。
内容としては、SAR衛星コンステレーションを日本国内で共同運用するとともに、コンステレーションを構成する衛星の製造拠点を国内に整備する計画といったものでの合意である。

SAR衛星に加え、光学衛星や無線周波数(RF)、船舶通信システム(VDES)との連携強化も視野に入れたマルチモーダルな観測ネットワークの構築を目指している。

本契約の内容

今回の契約は、MoUの具体的な進展に基づいたものであり、IHIは4基のSAR衛星および関連する画像取得システムを発注し、将来的に最大20基を追加調達できるオプションを有することとなった。

初期4基のうち2基は日本国内で製造・試験を実施する計画であり、その実証結果を踏まえて2026年度以降に運用・追加調達を段階的に実施する。観測データの提供を順次進める予定であり、最終的には2029年までに全24基によるコンステレーションの構築を完了させる見込みである。

ICEYEの迅速な衛星展開力とIHIの高いエンジニアリング技術を融合させることで、日本の安全保障体制の強化に加え、サプライチェーンの拡充や次世代の専門人材育成など、国内宇宙産業の発展にも寄与することも期待されている。

・株式会社IHI 代表取締役社長 最高経営責任者 井手 博氏 / ICEYE 共同創業者 兼 CEO ラファル・モドジェフスキ氏 /フィンランド大使館 駐在武官補佐 マキ ロヒルオマ・トゥーツカ氏/ ICEYE Japan CEO 塚原靖博氏 / IHI 取締役 常務執行役員 航空・宇宙・防衛事業領域長 佐藤篤氏 / 防衛省 防衛政策局 国際政策課長 遠藤敦志氏 / 防衛装備庁 装備政策部 国際装備課 防衛装備移転戰略官 森浩久氏
衛星調達契約における集合写真 ©ICEYE PR 事務局

各企業における契約締結の背景

IHIの取り組み概要

IHIグループは、これまでジェットエンジンやロケットエンジン、イプシロンロケットなどを通じて日本の安全保障と宇宙輸送基盤を支えてきたが、これまでの推進系・打ち上げ技術を基盤に宇宙事業のバリューチェーン拡大を目指し、2023年度には宇宙システム事業準備室を設置。

単なるロケットの打ち上げだけではなく、衛星の製造からデータ解析、サービス提供までを一体化した宇宙事業の本格強化に乗り出している。

本契約締結の背景と内容

IHIは本契約を通じて、宇宙空間を活用した情報収集インフラの整備を加速させる狙いがあり、具体的には、以下の3つの戦略的目的がある。

  • 安全保障・防衛力の強化
    • 複数種類の衛星を統合運用する「All-in-One」型コンステレーションの構築
    • 優先撮像権を活用した戦略的自律性の確保
    • 情報収集(インテリジェンス)から実践運用までを見据えた応用展開
  • 宇宙産業エコシステムの発展
    • 国内製造拠点の整備と海外衛星技術の国内移転
    • 国内ロケットによる打ち上げ機会の創出
    • 衛星データの質と量の拡充によるソリューションビジネスの拡大
  • 国際協力の深化
    • 同盟国・同志国とのデータ共有および相互運用性の確立
    • 早期の衛星データ市場確保による戦略的不可欠性の創出
    • 国際共同作戦への貢献を通じた安全保障連携の強化

具体的な投資額は非公表だが、初期4基の衛星取得に要する費用は、3桁億円規模とされる。契約に基づき、取得した衛星および関連システムはIHIの所有物となり、運用もIHIが主導する予定とのことだ。

初期段階ではICEYEから技術移転を受けながら運用を開始し、将来的にはIHI単独での完全運用体制を確立する方針である。

ICEYEをパートナーとして選んだ理由

小型SAR衛星市場には、国内外含めて複数の競合が存在する中、IHIがICEYEをパートナーに選んだ理由は、その圧倒的な運用実績と信頼性にある。

特に、ウクライナなど実戦環境における運用経験を有している点を高く評価しており、「実効性のある衛星データと解析能力」を持つ点が決定的要因となった。

使途としては、現時点では防衛利用を中心に検討が進められているものの、これらの衛星群は公共分野にも転用可能であり、災害対応やインフラ監視、環境モニタリングなど、民間・行政の幅広い領域での活用を視野に入れている。

IHIは、複数の衛星技術を有機的に組み合わせることで、安全保障に資するだけでなく、社会全体のレジリエンスを高める新たな宇宙インフラの創出を目指しているとのことだ。

IHI 航空・宇宙・防衛事業領域宇宙システム事業準備室長 朝倉 良章 氏
IHI 航空・宇宙・防衛事業領域宇宙システム事業準備室長 朝倉 良章 氏 ©Space Connect

ICEYEの取り組み概要

フィンランド発のICEYEは2014年に創業され、現在では世界最大規模の小型SAR衛星コンステレーションを運用している。小型・低コスト衛星を多数投入し、高頻度で地球観測を行うという先駆的なアプローチをいち早く実証した企業であり、2018年には世界初となる100kg未満のSAR搭載衛星「ICEYE-X1」の打ち上げに成功した。

ICEYEの競争優位性

小型SAR衛星市場では、米国のCapella SpaceやUmbra、日本のQPS研究所やSynspectiveなどが競合するが、ICEYEは運用衛星数および実運用経験の両面で優位に立つ。

例えば、2025年9月時点の公式情報によれば、ICEYEも打ち上げ衛星数は累計54基を超えており、他の打ち上げ衛星数と比較しても世界トップクラスの観測頻度を実現している。

また、ICEYEの衛星は空気抵抗を低減する平面型アンテナを採用し、設計寿命を大幅に延長している点も特徴的である。多くの競合基で早期退役例が見られる中、初期衛星「ICEYE-X2」は打ち上げから6年以上経過した現在も稼働を続けており、高い信頼性を実証している。

共同創業者兼CEOのラファル・モドジェフスキ氏は、同社の成功要因について、AppleのiPhoneのように、顧客から依頼されたものを後追いでつくるのではなく、需要を先読みし、先に企画し、先に打ち上げることで差別化してきたと語る。

大国ではないフィンランドから世界をリードできた理由は、まさに先手を打つ戦略思考を徹底してきた結果といえる。

本契約締結の背景と内容

ICEYEによれば、急速に拡大するSAR市場において、日本は他のマーケットと同様、魅力的な市場として位置づけられているという。その中で、現実の防衛・災害対応現場で「すでに運用実績を持つ衛星システム」である点が、今回の契約における評価の決め手になったと説明していた。

IHIのような影響力の大きい企業と連携することで、ICEYEは日本国内での信頼性をさらに高めるとともに、両国の技術連携と安全保障分野での協力深化を目指す構えだ。スタートアップである同社にとっても、大手総合重工とのパートナーシップは事業拡大の重要な節目であり、「実践的な技術を社会実装に結びつける象徴的な一歩」として高く評価していた。

ICEYE 共同創業者兼CEO ラファル・モドジェフスキ氏
ICEYE 共同創業者 兼 CEO ラファル・モドジェフスキ氏 ©Space Connect

各代表のコメント

IHI:代表取締役社長 最高経営責任者 井出 博 氏

私たちIHIは、急速に変化する世界の中で、安全・安心な社会の実現に貢献することを理念としています。今回の取り組みは、IHIの未来を見据えた投資であり、ICEYEと連携しながら、最先端の衛星による新たな価値創造に挑戦します。この地球観測衛星コンステレーションの構築を通じて、国家安全保障・経済安全保障のみならず、幅広い分野での課題解決を目指してまいります。IHIグループの、ものづくり力を結集し、未来の社会に必要不可欠となるインフラの構築をリードしていきます。

ICEYE:共同創設者 兼 CEO ラファル・モドジェフスキ 氏

ICEYEは2018年から日本と緊密な関係を作り上げ、信頼関係と長期的なコミットメントを築いてきました。フィンランドと日本の関係強化と技術提携は、両国の安全保障を堅固なものにしています。ICEYEは日本の組織と協力することで、防衛能力の向上と共通の安全保障の強化に貢献します。私たちは、日本の産業界全体と新たなつながりを築き、関係を深めることに尽力していきます。

ICEYE 共同創設者 兼 CEO ラファル・モドジェフスキ氏(左)とIHI 代表取締役社長 最高経営責任者 井手 博 氏
ICEYE 共同創設者 兼 CEO ラファル・モドジェフスキ氏(左)とIHI 代表取締役社長 最高経営責任者 井手 博 氏 ©Space Connect

さいごに

本契約は、IHIが「衛星を自ら保有・運用する主体」へと踏み出す転換点であると感じた。

ICEYEの実績とIHIの製造・運用力を組み合わせ、日本国内における観測主権の強化、優先撮像権の確保、公共・防衛両面でのデータ利活用を加速させる土台が整いつつある。初期4基から段階的に拡張し、2026年の初期運用開始、2029年のフルコンステレーションを見込む計画は、国内製造・技術移転を通じて、サプライチェーン強靭化並びにそれに伴う人材育成・採用にも波及効果をもたらすだろう。

一方で、成果を左右するのは地上系の整備と運用設計であると考えており、マルチセンサー連携(SAR・光学・RF・VDES等)の統合や優先撮像権やデータ公開範囲を含むガバナンス、同盟国・同志国との相互運用ポリシー、価格・SLAを含むサービス設計をいかに早期に具体化できるかが鍵となる。

総じて本件は、単なる衛星の「調達」ではなく、データ主権と産業基盤を同時に獲得するための「運用・サービス事業への移行」である。初期基の国内製造の進捗、地上システムの本格稼働、公共分野での実装事例の早期創出が次の注目点であり、これらが揃えば、日本発のマルチモーダル観測インフラが現実味を帯びてくるのではないだろうか。

参考

世界最大級の小型SAR衛星コンステレーションで防衛・防災を支援する「ICEYE」、地球観測衛星コンステレーション構築においてIHIと正式契約を締結

ICEYE、2025年9月時点の衛星打ち上げ数に関する情報

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