2024年4月25日、株式会社天地人が月面でのアスパラガス栽培を目指す「月面アスパラガス」プロジェクトの一環として、栽培実験の展示を6月30日まで日本橋三越本店の新館1階で開始することを発表した。
展示では月面アスパラガスが育つ様子を見ることができるというが、月面アスパラガスとは一体どのようなアスパラガスなのだろうか。
本記事では、同社が開発する月面アスパラガスについてご紹介します。
目次
月面アスパラガスとは
「月面アスパラガス」は、株式会社天地人の農業ブランド『天地人FARM』のプロジェクト。
天地人では、日本の農業における農業従事者の高齢化や不足、それに伴う耕作放棄地の増加などの課題を重く受け止めており、天地人FARMではその課題解決を目指して現在は2つのプロジェクトに取り組んでいる。
1つ目が、気象情報などの宇宙ビッグデータを使ったウェブGISサービス「天地人コンパス」を活用して気候変動に対応したブランド米をつくる「宇宙ビッグデータ米」。
宇宙ビッグデータ米では、温暖化の影響で外観品質の劣化や食味の低下が懸念されているお米の栽培にて、夜間の冷たい水を取り入れる量を自動で制御。
米の美味しさを表す指数の1つである食味スコアでトップブランドと遜色ないスコアを獲得し、美味しいお米を収穫した。
2つ目が、月面でのアスパラガス栽培を目指す「月面アスパラガス」だ。
月面アスパラガスの栽培は、この宇宙ビッグデータ米の経験を活かした新しい挑戦。
過酷な環境である月面においても通用するアスパラガスの栽培方法を探求し、得られた知見を地球の農業に応用することで、現在の農業が抱える課題解決に役立てることを目的にしている。天地人だけではなく、生産者や化学メーカー、レストラン、地方自治体などの協力を得ながら進行しているプロジェクトだという。
アスパラガスを月面で栽培するメリット
現在の宇宙空間では栄養価が高く、宇宙で食事しやすいようにパッケージ化された宇宙食が主流である。しかし、宇宙食は定期的な補給が必要で、時間とともに栄養素が劣化。
そこで、宇宙空間で作物の栽培をすることで不足している栄養素を補い、食事のバラエティを増やすことができるため、葉野菜やトマトなど、様々な作物の月面栽培の研究開発が世界中で行われている。
アスパラガスは、栄養ドリンクに含まれる「アスパラギン酸」や強力な抗酸化物質「ルチン」を豊富に含有。
宇宙では、生活習慣病を抑える働きをしている体内の抗酸化物質の量が低下する可能性が報告されており、アスパラガスは月面で生活する人類の健康の維持に貢献できると考えられるのだ。
月面アスパラガスの開発方法
月面アスパラガスは、農学部に在籍する22~24歳の現役学生インターン生を中心に栽培が始まったという。
農地を探すところから始まり、栽培管理から収穫までを川崎市の農家さんにも指導を仰ぎながら栽培。
宇宙飛行士が宇宙に近い環境に段階的に移行して訓練するのと同様に、月面でのアスパラガス栽培を最終目標として、以下のように段階的に研究開発が進められている。
- 通常の畑で美味しいアスパラガスを栽培する
- 耕作放棄地で美味しいアスパラガスを栽培する
- 過酷な環境もしくは限られた資源で美味しいアスパラガスを栽培する
- 月面で美味しいアスパラガスを栽培する
初年度から高く評価され、お店でも提供
Phase1では、川崎市の農家さんの協力を得ながら、サナテックシード株式会社と東京都多摩市ほか2市による共同開発で誕生した「採りっきり栽培」を参考に、2022年3月から栽培適地で栽培を開始。
採りっきり栽培とは、ビニールハウスが不要で、病害虫の発生リスクも低いアスパラガスの栽培方法だ。
アスパラガスの通常の栽培方法では、株を植えた翌年以降、春と夏に2度の収穫期を迎え、収穫期には全ての若茎を刈り取らず、次期収穫のために株と根を残して栽培を続けるのだが、この方法では暖地では病害発生率が高い上に、必要な養分のみが土壌から吸い上げ続けれられるため収穫量や品質が年々低下していく。
採りっきり栽培では株を植えた翌年の春に収穫して終了。他の野菜と順番に育てる輪作を行うことで土の養分の偏りを防ぎ、病害虫の防除や品質の低下を防ぐことができる。
これにより、本当に美味しいアスパラガスを作り、その価値を消費者の方々に実感していただくこと、今後、農作放棄地などの悪条件の土地で美味しいアスパラガスの栽培を試みるにあたって必要なノウハウを蓄積することを目標に栽培を実施。
2023年3月から収穫が始まり、東京都渋谷区にある天ぷらと白ワインのお店「テンキ」にも出荷された。
テンキでは、根本のほうまで柔らかく、皮をむかずに食べられる点や、みずみずしさ、味の濃さと美味しさという点で月面アスパラガスを高く評価しており、限定メニューではなく、グランドメニューとして提供されたという。
翌年は異なった環境で栽培を管理
2023年からは Phase2 にステップアップする前段階として、前年とは異なるアスパラガス栽培に適した場所である、埼玉県三郷市の生産者と一緒に月面アスパラガスを栽培。
前年栽培した川崎市とは土質や気候などが大きく異なったことや、栽培中の2023年は猛暑であったことから、天地人コンパスのデータを使いながら、生産者と一緒に栽培管理を議論し、栽培に取り組んだという。
その結果、翌年の2024年には春の寒さの影響により例年よりも出荷が遅れたものの、昨年度よりもさらに美味しいアスパラガスを出荷。
2023年同様、「テンキ」のグランドメニューとして3月18日より提供されている。
現在は鳥取砂丘で栽培を実証中
3年目となる2024年は、鳥取県・衛星データ活用サービス実証事業に採択され、鳥取砂丘にて衛星データを活用した月面アスパラガス開発の実証実験をスタート。
鳥取県は、地域の将来を支える産業のひとつとして、「鳥取県から宇宙産業を創出する」というチャレンジを進めており、その中で月面開発に取り組む国内外の企業・研究者が集まり交流する拠点になることを目指して「鳥取砂丘月面化プロジェクト」を推進中。
鳥取砂丘に月面実証フィールド「ルナテラス」を整備するとともに、鳥取砂丘と月面の共通点や違いをデータで把握し、実証試験等に提供するなどしている。
天地人は、作物の栽培が難しい砂丘でのアスパラガス栽培技術を確立するため、衛星データを活用して農地環境の考察を行う予定とのこと。
この実証を通して、天地人コンパスを活用し、鳥取砂丘の過去の気象データからアスパラガス生産における最適な栽培管理方法を検討するという。
今後は、この実証で得られたデータと前年度までに得た環境が異なる2地点での栽培ノウハウを蓄積し、更なる厳しい環境でのアスパラガス栽培を行う予定だ。
日本橋三越本店でも栽培実験を実施!?
2024年6月30日まで日本橋三越本店で展示される月面アスパラガスの栽培実験では、水の使用を最小限まで削減。
細かい土の粒子と粒子の間のわずかな隙間に水が入ったままになって空気が含まれなくなる“土の毛細管現象”を利用して水分を一定に保つ栽培システムを採用している。
参考にしているのは、春から秋にかけて露地圃場で根株を養成してから冬季にハウス内に持ち込み、2~3ヶ月収穫を行って栽培を終了するアスパラガスの伏せ込み促成栽培と、水と培地をひもで繋げることで培地に給水させるトマトの吸水ひも栽培。
タンクに貯めた水と土を紐で繋ぐだけという簡単な設計で、電力などを使わずに自動で吸水できるのが特徴だ。
さらに、紐が濾過装置となるため、生活処理水などを利用した栽培も期待できるという。
この展示で得られた知見は、月面の栽培だけでなく、地球で水が十分に得られない地域の課題解決にも役立てていくとのことだ。
同社のXの公式アカウントでは、実験中における月面アスパラガスの収穫の様子なども投稿されているので、こちらもぜひご覧いただきたい。
さいごに
いかがでしたか。
月面アスパラガスを使ったメニューは現在も、「テンキ」にて提供されている。
春メニューとして、6月中旬頃まで食べることができるようだ。
また、今回登場した「天地人コンパス」は、地球観測衛星のビッグデータをはじめとする様々なデータをもとに、解析、可視化、データ提供を総合的に行う土地評価サービスである。
降水量などの気象情報や、3Dマップに代表される地形情報、赤外線によって観測される地表面温度などが世界中のあらゆる場所で取得でき、顧客が所有する他の地上データや、実績データなどを重ね合わせて複合的に分析することも可能。
農業生産から都市開発まで、様々な目的に合わせてカスタマイズすることが可能となっており、ビジネスにおいて最適な土地を宇宙から見つけることができる。
無料で使えるフリープランもあるので、興味のある方はぜひ公式サイトからご覧いただきたい。