2024年12月20日、STARS Space Service株式会社は、同社が技術支援していた静岡大学の超小型人工衛星「STARS-Me2」の開発が完了し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に引き渡したことを発表した。
同衛星は打ち上げ後、宇宙エレベーターの超小規模実験や宇宙デブリ対策実証等が行われる予定となっている。本記事では、同社の概要ならびに同衛星プロジェクトの詳細についてご紹介する。
目次
STARS Space Serviceとは
概要と主なサービス
STARS Space Serviceは、宇宙デブリのリサイクリングテクノロジー分野を牽引するべく、2019年に創業した静岡大学発の宇宙リサイクルベンチャーである。
静岡大学工学部の教授であり、6基の人工衛星打ち上げ実績をもつ能見 公博 氏と、中部日本プラスチックの代表取締役として地球上のリサイクル事業を進めている雪下 真希子 氏が共同で創業した。
主なサービスはつぎの 4つ。
- 宇宙リサイクル:宇宙デブリを回収し、リサイクルする技術の開発
- 超小型衛星開発サポート:超小型衛星開発に係る資金獲得や開発、ローンチに向けた申請書類作成等を支援
- 教育・研修:エンジニアが必要な技能を習得するための社内教育プログラムをベースにした研修コースの公開
- 宇宙占い:占星術に人工衛星のセンサーデータから得た星のリアルタイム情報と数学の要素を取り入れた新訳星占いサービス
強みは「テザー宇宙ロボット技術」
社名の「STARS Space Service」は、能見氏の研究室における衛星開発プロジェクト「STARS(Space Tethered Autonomous Robotic Satellite)プロジェクト」が由来。
同プロジェクトは、主にテザー宇宙ロボットの技術開発・実証を目的としているものだ。
テザー宇宙ロボット技術とは?
テザーとは、ロープやワイヤーのような構造物を指し、その材質には、ケブラーなどの化学繊維製や導電性の金属繊維製のものがある。このテザーを活用したロボット、いわゆる「テザー宇宙ロボット」は、テザーを使って移動や姿勢変更が可能である点が特徴だ。
テザーは軽量で収納性が高く、宇宙空間での大規模な展開にも適していることから、さまざまな宇宙ミッションでの活用が期待されている。しかし、その柔軟性ゆえに制御が難しく、実際に利用するには多くの課題が残されている。
宇宙エレベーターやデブリ回収に向けた技術実証
上記の課題に挑むのが、能見氏である。能見氏は、宇宙空間におけるテザーの挙動を詳しく把握し、それを精密に制御する技術を開発することでテザー宇宙ロボットの実用化を目指しているのだ。
この技術が実現すれば、宇宙エレベーターや宇宙デブリの効率的な捕獲・回収といった未来の宇宙開発の鍵を握る可能性がある。
宇宙エレベーターとは、エレベーターのように人や物資を地球から宇宙空間へと運ぶ未来の輸送システム。この構想では地球と宇宙空間をテザーでつなぐことが不可欠であるが、軌道上で長いテザーを展開した際に、重力や大気抵抗、宇宙放射線などがどのような影響を及ぼすのかは未知の部分が多い。
このため、実際の宇宙環境で得られる実証データは、技術の進展において非常に重要である。
さらに、テザーを自在に操作できるようになれば、宇宙デブリに接近し安全に捕獲する技術の開発にもつながる。
このように、テザー技術は宇宙空間での新たな可能性を広げる鍵となるのだ。
STARSプロジェクトとその技術
能見研究室による「STARSプロジェクト」は、これまでに6機の超小型衛星を打ち上げ、それぞれが独自のミッションを通じて宇宙技術の最前線に挑んできた。
本節では、その中でも特に注目すべき3つのプロジェクトを紹介する。
「STARS」
2009年に打ち上げられた最初のプロジェクト「STARS」は、テザー宇宙ロボットの技術実証を目的としていた。この衛星は親機と子機の2基で構成されており、親機が軌道上で子機を射出してから回収する仕組みとなっていた。
子機は自らの姿勢を制御しながら任務を遂行。従来のテザーシステムでは重力を利用してテザーを伸展させていたが、STARSでは初速度を与えることで伸展する新しい方法を採用した。
その結果、数センチから数十センチ程度のテザー伸展に成功。さらに、子機が撮影した親機の画像取得にも成功し、初期段階の重要な成果を得た。
「STARS-Ⅱ」
2014年に打ち上げられた2つ目のプロジェクト「STARS-Ⅱ」では、親機と子機がほぼ同じ大きさで構成され、テザーの両端に位置する形態を取った。このプロジェクトの目的は、宇宙空間でのテザーを活用した減速技術の実証である。
具体的には、テザーに電流を流し、地球磁場との相互作用によって誘導起電力を発生させ、衛星の速度を減少させることで大気圏再突入を促進する実験を行った。
その結果、テザー伸展による軌道降下速度の増加が確認され、衛星はおよそ2か月弱で大気圏に再突入した。子機の電力不足により詳細なデータは取得できなかったが、シミュレーションにより目標であった300mのテザー伸展が達成されていると推定された。
「STARS-EC」
2021年に打ち上げられた6機目のプロジェクト「STARS-EC」は、3基のCubeSat(1辺10㎝の立方体衛星)を直列に並べたユニークな設計が特徴だ。
この衛星では、両端の衛星からテザーを展開し、約22mのエレベーターを構築する計画が立てられた。さらに、中央の衛星がテザー上を昇降することで、宇宙空間でのエレベーターの動作を実証する試みを行った。
このプロジェクトでは、片側のみではあるものの約11mのテザー伸展に成功。さらに、軌道上でテザーを巻き取ることにも成功し、この成果は世界初の記録として注目されている。
STARS-Me2 プロジェクトについて
今回開発が完了し、国際宇宙ステーション(ISS)から放出予定となっている「STARS-Me2」は、2018年に打ち上げられたプロジェクト「STARS-Me」の後継機である。
「STARS-Me」では、テザー長10m程度の構造を持ち、エレベーターの昇降機にあたるテザーロボットを3×3×6mほどのサイズで設計した小規模な実験を実施した。
このプロジェクトでは、従来のSTARSシリーズ衛星で採用されていたバネ力による分離とテザー伸展の手法から一歩進み、比較的剛性の高いテザーをモーターで徐々に繰り出す設計を導入した点が特徴である。
「STARS-Me2」では、この実証を引き継ぐ形で設計。
テザー長は同じく10m程度であり、衛星にはカメラを搭載。カメラはテザーの一端に配置された宇宙機を他端から「自撮り」するというユニークなミッションを担う。
STARS Space Serviceはこのプロジェクトにおいて、以下の支援を実施。
- 安全審査対応:衛星打ち上げにあたり安全要求に対する適合性の審査を受審する際に、審査のエビデンスとして必要な試験の実施や、文書作成を実施
- 宇宙活動法の申請:内閣府より発行される人工衛星の管理許可証をのための必要な手続きや申請書の作成を代行
- 無線局申請のサポート:宇宙と地上間の通信に必要な無線局免許取得のための技術を支援
同社は、これらの支援を通じて、「プロジェクトメンバーである学生が研究と衛星開発に集中できる環境を提供できた」と述べている。STARS Space Serviceの技術支援により、複雑で多岐にわたる手続きが円滑に進められ、衛星の打ち上げが実現したのである。
さいごに
いかがでしたか。
今回JAXAに引き渡された「STARS-Me2」衛星は、今後ロケットで打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)へ輸送される予定である。その後、「きぼう」日本実験棟から宇宙空間へ放出され、本格的な実証実験が開始される。
「STARS-Me2」による宇宙エレベーターの小規模実験やテザー技術の実証は、未来の宇宙開発に向けた重要な一歩である。軌道上で収集されるデータは、宇宙空間でのテザー制御技術やデブリ回収技術、そして最終的には宇宙エレベーターの実現へつながると期待されている。
技術的な挑戦とともに、人類の夢である「宇宙と地球をつなぐ」という壮大な目標を目指すこのプロジェクト。今後の展開にも注目したい。