2024年4月26日、内閣府と総務省、経済産業省、文部科学省によって、民間企業や大学による宇宙分野の先端技術の開発や実証、商業化を戦略的に支援する宇宙戦略基金の基本方針並びに実施方針が策定された。
本記事では、同基金の実施方針並びに、令和5年度補正予算において技術開発の支援が実施される予定のテーマについてご紹介します。
宇宙戦略基金とは
宇宙戦略基金とは、日本の民間企業・大学等が複数年度にわたって大胆に研究開発に取り組めるように国が新たな基金を創設し、宇宙分野の先端技術開発、技術実証、商業化を強力に支援するものである。
目標とするのは以下の3つ。
- 宇宙関連市場の拡大(2030年代早期に4兆円から8兆円に)
- 宇宙を利用した地球規模・社会の課題解決への貢献
- 宇宙における知の探究活動の進化と基盤技術力の強化
その背景にあるのは人類の活動領域の拡大や宇宙空間からの地球の諸課題の解決が本格的に進展することでもたらされつつある、経済・社会の変革(スペース・トランスフォーメーション)だ。
アメリカ、欧州、インド、中国など多くの国が宇宙開発を強力に推進するなど、国際的な宇宙開発競争が激化する中で技術の進歩が急速に進展しており、日本の技術力の革新と底上げが急務となっている。
そのため、日本は2023年11月に「宇宙戦略基金」の設置を閣議決定した。
同基金では、中核的な宇宙開発期間である宇宙航空研究開発機構(JAXA)の産学官の結節点としての役割や、戦略的かつ弾力的な資金供給機能を強化することで目標の達成を目指す。
JAXAを共同で管轄する内閣府と総務省、文部科学省、経済産業省が10年間、総額1兆円規模の基金をJAXAに造成し、その基金をもとにJAXAが民間企業や大学等の研究施設に技術開発の委託や補助金交付を行うのだ。
宇宙戦略基金で支援する3つの分野
宇宙戦略基金での支援分野は「輸送」、「衛星等」、「探査等」の3つ。
これらの分野について、商業化、社会課題の解決、将来の技術の創出に繋がる先端的な研究開発の支援が実施される。
それぞれの分野における方向性としては、以下のようになる。
輸送
- 国内で開発された衛星や海外衛星などの多様な打上げ需要に対応できる状況を見据え、低コスト構造の宇宙輸送システム(ロケット等)を実現する。
KPI:2030 年代前半までに、基幹ロケット及び民間ロケットの国内打上げ能力を年間 30 件程度確保。 - そのための産業基盤を国内に構築し自立性及び自律性を確保するとともに、新たな宇宙輸送システムの実現に必要な技術を獲得し、日本の国際競争力を底上げする。
衛星等
- 小型~大型の衛星事業(通信、観測等)や軌道上サービス等の国内の民間事業者による国際競争力にもつながる衛星システムを実現する。
KPI:2030 年代早期までに、国内の民間企業等による衛星システムを5件以上構築。 - そのための産業基盤を国内に構築し自立性及び自律性を確保するとともに、革新的な衛星基盤技術の獲得により日本の国際競争力を底上げする。
- また、上記を含む衛星システムの利用による市場を拡大する。
KPI:2030 年代早期までに、国内の民間企業等による主要な通信・衛星データ利用サービスを国内外で新たに 30 件以上社会実装。
探査等
- 月や火星圏以遠への探査や人類の活動範囲の拡大に向けた日本の国際プレゼンスを確保する。
KPI:2030 年代早期までに、国内の民間企業・大学等が月や火星圏以遠のミッション・プロジェクトに新たに 10 件以上参画。 - 2030 年以降の商業宇宙ステーションにおける日本の民間事業者の事業を創出・拡大する。
KPI:2030 年代早期までに、国内の民間企業等による地球低軌道を活用したビジネスを 10 件以上創出。 - また、これらの活動機会を活用し、太陽系科学・宇宙物理等の分野における優れた科学的成果の創出や、国際的な大型計画への貢献にもつなげる。
実施方針と支援する技術開発テーマ
宇宙戦略基金では、総務省、文部科学省、経済産業省がそれぞれ予算と実施方針を持つ。
そして、各実施方針をもとに複数のテーマが設定され、テーマごとに技術開発等を行う企業・研究施設を募集。
各省における実施方針と、令和5年度補正予算分における支援テーマは以下の通りである。
総務省計上分(合計240億円)
総務省では、昨今のデジタル化の進展等により一層重要なものとなっている、宇宙空間を用いた情報通信のネットワークやその利用に伴うセキュリティの確保に焦点を当てている。
宇宙ネットワークと地上ネットワークは連携することで地球上のあらゆる場所や、自動運転車や空飛ぶ車、ドローン等を含む移動する物体において切れ目のない通信が可能となり、その実現において宇宙ネットワークは地上ネットワークと並ぶ基幹インフラになるとされている。
また、通信分野は宇宙産業全体においても最も大きな市場規模を占める可能性がある。
これらを踏まえ、総務省では、他国とは差別化された独自戦略を持ち、他国にアピール事業を展開するとともに、安全性の高い通信技術の実現を目指す。
さらに、月面開発の国際競争が激化する中、月通信にかかる検討や水資源を含めた資源探査、非宇宙産業を含めた民間事業者の宇宙開発への参画を促し、国際競争力を獲得していくとしている。
以上の背景から、総務省が実施するのは以下の4テーマ。
(1)衛星量子暗号通信技術の開発・実証
衛星を活用した、高セキュリティな通信システムである量子暗号通信網の構築に向けた機器や地上のアンテナを開発・実証。
(2) 衛星コンステレーション構築に必要な通信技術(光ルータ)の実装支援
国際的な周波数調整や無線局免許が不要である等の観点から期待が集まる衛星光通信について、高信頼・セキュア・高速の通信環境を実現するため、宇宙光通信用ルータを開発。
(3) 月面の水資源探査技術(センシング技術)の開発・実証
月資源の獲得競争が激化している中でも、特にエネルギー源等として期待される水資源についてリモートセンシング技術を活用し、月周回軌道から観測を行うための衛星システム等を開発・実証。
(4) 月-地球間通信システム開発・実証
月面探査ミッション等において必要となる通信技術・インフラについて、日本の強みを発揮できる技術領域を抽出するための調査等を実施。
文部科学省計上分(合計1,500億円)
文部科学省では、輸送、衛星等、探査等の各分野における背景等を踏まえつつ、計画や資金ニーズが顕在化しており、速やかに支援すべき技術開発の内容をテーマとして設定。
各分野の背景は次の通り。
輸送分野においては、今後増加が見込まれる多様な打上げ需要に対応することが喫緊の課題であり、宇宙輸送システムの低コスト化、高頻度化等に向けた技術開発に重点的に取り組む必要がある。
衛星等分野においては、衛星コンステレーションによるサービスの商業化やそれを支える技術の高度化の国際競争が激化する中、地上技術の宇宙適用も含め、日本の強みとなる技術を活かした事業創出や、革新的な将来技術の獲得に向けた技術開発に重点的に取り組む必要がある。
探査等分野においては、2030 年以降、国際宇宙ステーションの代わりとなる商業宇宙ステーションにおける地球低軌道利用市場の獲得に向けた技術や、アルテミス計画を皮切りにインフラ構築や将来的な産業創出への期待が高まる月面開発に係る重要技術、火星圏以遠等の深宇宙探査に加え複数の応用先が見込まれる革新的な技術の開発に重点的に取り組む必要がある。
加えて、宇宙分野の裾野拡大や JAXA を超える技術革新に向けた取組を分野横断的に推進する必要がある。
こうした観点を踏まえ、文部科学省においては以下の 13 テーマを実施。
(1) 宇宙輸送機の革新的な軽量・高性能化及びコスト低減技術
ロケットの機体質量や構造体・部品の製造期間・コストを低減することを目指して、複合材や金属 3D 積層技術の適用・活用拡大に向けた基盤技術を開発。
(2) 将来輸送に向けた地上系基盤技術
2030 年代前半までにロケットの国内打上げ能力を年間 30 件程度確保することなど、打上げ高頻度化に向けて、再使用をはじめとする革新的な機能付加を伴う地上系システムに係る基盤技術を開発。
(3) 高分解能・高頻度な光学衛星観測システム
衛星関連市場の獲得及び防災・減災等の社会的ニーズへの対応を目指して、高頻度な3次元観測を可能とする、高精細な小型光学衛星観測システムに係る技術開発・実証を進める。
(4) 高出力レーザの宇宙適用による革新的衛星ライダー技術
衛星から出力したレーザー光で地球を観測するという最先端の技術である衛星ライダーの革新(長寿命化、広範囲化等)に向けて、コア技術となる高出力レーザの小型化や宇宙適用に係る技術開発を進める。
(5) 高精度衛星編隊飛行技術
複数記の衛星が互いの相対位置・姿勢を制御しながら高精度に強調する編隊飛行(フォーメーションフライト)技術という、単一衛星や従来のコンステレーションでは成し得なかった衛星システムに対する高度な要求を実現する。
多分野でブレイクスルーを生み出すことが期待される編隊飛行技術を用いて事業構想やミッションを推進。
(6) 国際競争力と自立・自在性を有する物資補給システムに係る技術
商業宇宙ステーションでの商業物資補給市場の獲得を目指して、近傍通信やドッキング検証等において自立・自在性を有する日本独自の物資補給システムの構築に向けた技術開発を進める。
(7) 低軌道自律飛行型モジュールシステム技術
商業宇宙ステーションでの微小重力環境実験等、有人活動の場に係る市場獲得に向けて、多様な利用ニーズに対応できる自律飛行型モジュールの実現に必要な基本システムを開発。
(8) 低軌道汎用実験システム技術
商業宇宙ステーション での関連市場の獲得及び地球低軌道利用による継続的な実験成果の創出を目指して、効率的で高頻度な実験を可能とする汎用実験システムの実現に向けた自動化・自律化・遠隔化等の技術開発を進める。
(9) 月測位システム技術
月測位インフラの実現への貢献を見据えて、日本が有する高精度衛星測位システム受信技術を発展させつつ、月測位システムの主要サブシステムの技術開発を進める。
(10) 再生型燃料電池システム
エネルギー密度の高い大容量蓄電システムの月面での実用化を目指して、燃料電池技術と水電解技術を発展させた再生型燃料電池システムを開発・地上実証。
(11) 半永久電源システムに係る要素技術
月面の過酷な環境でも燃料補給やメンテナンスが不要であり、長期間にわたって使用可能な半永久電源に係る要素技術を開発。
(12) 大気突入・空力減速に係る低コスト要素技術
火星着陸技術の自立性確保や地球低軌道から地上への物資輸送に向けて、軽量・低コストな大気突入システムの要素技術を開発。
(13) SX 研究開発拠点
大学等の研究者等を中核とした体制により、特色ある技術や分野において革新的な成果の創出とその実装のための組織的な研究開発を推進し、拠点としての発展と、非宇宙分野からの参画も含めた人材の裾野拡大を目指す。
また、これら13のテーマに加えて、「SX 研究開発拠点」をはじめとする各技術開発テーマでの技術開発の進捗や事業者間の連携の深まり等を勘案しつつ、当該技術開発の加速や成果の最大化、宇宙分野の一層の裾野拡大に向けて、特に戦略的に整備すべき研究開発環境について、JAXA による評価のもと、追加的な支援を行う仕組み(共通環境整備費:総支援規模 50 億円程度)を設けるとのことだ。
経済産業省計上分(合計1,260億円)
経済産業省では、宇宙産業を日本経済における成長産業とすることや、安全保障上および経済安全保障上において重要な宇宙活動を自前で行うことができる能力を保持するための、重要技術の国産化等に焦点を当てている。
そこで、経済産業省としては、日本の宇宙産業の成長促進及び宇宙活動の自立性の確保につながるよう、国際市場で勝ち残る意志と技術、事業モデルを有する企業を重点的に育成・支援。
中でも、宇宙活動の自立性の確保に直結する衛星及び宇宙輸送の分野にまずは重点を置いて取り組む。
とりわけ、多数の衛星を一体的に運用する衛星コンステレーションについては、世界的に通信や地球観測の分野で急速に構築が進展しているため、衛星及び宇宙輸送の本格的なビジネス化のために必要な量産化、高頻度実証、部品等のサプライチェーン構築、衛星データ利用ソリューション開発等の技術開発支援を重点的に実施。
これによりバリューチェーンを構築し、商業化を加速する。
以上の観点を踏まえ、経済産業省の宇宙戦略基金では、以下5つのテーマを実施。
(1) 固体モータ主要材料の量産化のための技術開発
国内打上げ能力を確保に向けて基幹ロケット及び民間ロケット双方で活用される固体モータの生産量を増加させるため、量産化のボトルネックとなっている固体モータ用の主要材料の製造能力強化の他、燃料の製造工程の短縮・高度化に資する技術開発を実施。
(2) ロケットなど宇宙輸送システムの統合航法装置の開発
打上げ能力の強化に加え、打上げ運用コスト低減に寄与する地上管制設備や管制要員の縮減や、ロケット飛翔時の安全確保等につながる、自律飛行安全管制ソフトウェアを搭載した小型・低コスト・高性能な統合航法装置及び自律飛行安全管制システムの地上検証基盤の開発。
(3) 商業衛星コンステレーション構築加速化
ディープテックである宇宙分野においては、実用化までに長期間の研究開発期間及び多額の投資を必要とするが、特に衛星コンステレーションは、軌道上に多数の衛星を配備することで初めて付加価値を提供できるビジネスモデルであることから、安定した売上を確保できるようになるまでに多額の先行投資を必要とし、死の谷の期間が長い。
そこで、日本において、衛星技術に強みを持ち、衛星コンステレーション構築を目指す事業者が、量産・打上げ等のスピードを加速させることにより、衛星の機能・性能を段階的に向上させ、衛星コンステレーションの構築及びそれを活用したサービスの社会実装が早期に実現できるよう、その技術開発を支援する。
(4) 衛星サプライチェーン構築のための衛星部品・コンポーネントの開発・実証
衛星コンステレーション構築の加速化に向けては、衛星の量産化のみならず、サプライチェーンの構築も必要となる。我が国の衛星のサプライチェーンは、性能、価格、調達自在性等において課題を抱えており、増加する衛星需要に応えられる状況にはない。
そのため、衛星のサプライチェーンの課題を解消し、衛星産業全体の自律性を確保し、競争力を強化するため、日本の衛星サプライチェーン構築上、重要となる部品・コンポーネントの技術開発・実証を支援。
(5) 衛星データ利用システムの海外実証
宇宙産業市場を拡大するためには、ロケット・衛星の最終需要者となるユーザに価値を届ける、衛星を利用したソリューション市場の拡大が必要不可欠であり、これにより、アップストリームである宇宙機器産業も成長するという好循環が実現される。
衛星ソリューションビジネスを早期に社会実装し、この好循環を実現していくため、グローバルな市場展開を見据え、海外の政府機関や現場ニーズの把握、事業スキームの精緻化等のための調査を実施。
さいごに
いかがでしたか。
「宇宙戦略基⾦ 技術開発テーマ」では、各テーマにおける背景・目的や目標、技術開発の内容や支援のスキーム、評価の観点等が記されている。
スライド上に情報が整理されていて読みやすいため、興味のある方はぜひご覧いただきたい。