
2025年9月10日、株式会社Pale Blueは人工衛星用の水イオンエンジン「PBI」の軌道上での作動に成功したと発表した。水を推進剤とするイオンエンジンが宇宙空間で稼働した世界初の事例である。
本記事では、PBIの仕組みや特長を概説するとともに、この成果が小型衛星市場に及ぼす影響について考察する。
目次
小型衛星推進の現状と課題
小型衛星市場は近年急速に拡大し、地球観測や通信、災害監視など幅広い用途での活用が進んでいる。運用期間の長期化やミッションの多様化に伴い、「推進系」の存在は不可欠となりつつある。
従来の小型衛星はコストやサイズの制約に加え、推進剤の希少性や取り扱いの難しさから推進機を搭載しない例も少なくなかった。その結果、軌道制御ができずに計画通りの観測や通信が困難となり、運用終了後には軌道離脱ができずスペースデブリ化するリスクを抱えていた。
衛星輸送コストの減少並びに打ち上げ頻度の向上も相まって、「衛星を長く、効率的かつ安全に運用する」ために、低コストで実現できる推進技術が市場で求められている。
水イオンエンジン「PBI」について
概要
Pale Blueが開発する「PBI」は、水を推進剤とする小型イオンエンジンである。
水を水蒸気に変換し、さらにエネルギーを加えてプラズマ化。そのイオンを電場で加速して高速に噴出することで推進力を得る仕組みとなっている。燃費に優れ、少量の推進剤で長期間運用できる一方、瞬時に大きな推力を得たり細かな機動を行うことは不得意とされる。
主な特長
PBIの主な特長は以下の3つ。
1|高性能と柔軟性
1U+サイズ(約10cm四方)のコンパクト設計ながら高いトータルインパルスを実現。複数基を組み合わせることで、より大きな推力を要するミッションにも対応可能である。
2|迅速な起動による高効率運用
噴射までの準備時間が短く、必要な時に即座に作動できるため、サービス中断を最小化し、衛星運用の効率を向上させる。
3|安全性と低コスト
推進剤に「水」を用いることで調達性に優れ、保管・輸送のリスクも極めて小さい。これによりサプライチェーンの複雑さを回避し、開発から運用までの総コスト削減につながる。

実証と量産の成功で本格展開へ
今回、Pale Blueはイタリアの宇宙企業D-Orbitと連携し、同社の小型・超小型衛星用輸送システム「ION Satellite Carrier」にPBIを搭載した実証に成功した。複数の運用実績を持つプラットフォームでの稼働は、国際的な信頼の獲得に直結する成果である。
PBIはすでに量産体制を確立しており、国内外のパートナーへの納入も始まっている。安定供給の実現は、従来の小型衛星運用において障壁となっていたコストや調達リスクを大きく低減させるものだ。
今回の宇宙実証成功により、PBIは研究開発の段階を超え、本格的な市場投入へと歩を進めた。日本発の水イオンエンジンが「実用性」と「量産性」を兼ね備えたことで、小型衛星市場における有力な選択肢としての地位がますます高まっているだろう。
さいごに
水を推進剤とするイオンエンジンの宇宙実証は世界初であり、持続可能な宇宙利用に向けた大きな節目となった。調達容易性と安全性に優れる「水」を用いることで、従来の推進系が抱えてきた課題を克服し、長期運用やデブリ低減といった国際的課題への対応を可能にしたのである。
量産体制を確立したPale Blueは、研究開発主導のスタートアップから、グローバル市場で存在感を発揮するプレイヤーへと変わりつつある。小型衛星市場の急成長とともに、日本発の水イオンエンジンがいかに標準化を進めていくのか。今後の展開に注目が集まる。
参考
世界初、水イオンエンジンの軌道上作動に成功(Pale Blue, 2025-09-11)
Pale Blue、世界初となる水イオンエンジンの宇宙実証へ!注目ポイントをご紹介(SPACE CONNECT, 2025-09-11)