京都大学と住友林業株式会社は、2023年5月12日、木造人工衛星『LignoSat(リグノサット)』に向け、昨年3月より取り組んできた、木材を10カ月間宇宙環境に晒して劣化を調べる実験が完了したと発表した。
人工衛星の素材はアルミニウムが主流だが、木で代用するといった事例は世界でもほとんどない。
果たして、木造人工衛星は実現可能なのだろうか。
本記事では、この未知の領域である木造の人工衛星に注目した。
木造の人工衛星が開発されることになった理由
そもそも、なぜ木材の人工衛星が開発されることになったのだろうか。
その背景には、京都大学と住友林業が共同で行うプロジェクトである、宇宙環境で樹木を育成・活用するための研究を行う『宇宙木材プロジェクト』がある。
同プロジェクトは、宇宙で木材を活用するための知見・技術を取得し、同時にその技術により地球での木材の利用拡大に取り組むことで、人類の持続的な発展に寄与することを目指している。
このプロジェクトの取り組みの1つが、木造の人工衛星の開発だ。
木造の人工衛星は、従来の金属の人工衛星と比べて、大きなメリットが2つ挙げられる。
一つは、コンパクト性だ。
木材は、地球との通信・観測をおこなう電磁波や磁気波を通すため、従来衛星外部に設置していたアンテナ等を内部に設置でき、衛星全体の大きさを縮小できる可能性がある。
また、重量も金属と比較して軽い。
衛星の打ち上げ価格は大きさや重さによって変わるため、より安く打ち上げることが可能となる。
もう一つは、環境安全性である。
衛星に使用されているアルミニウムは、運用終了後、大気圏に突入して燃える時に微小粒子が発生するが、木材の場合は完全に燃え尽きる。
そのため、よりクリーンで環境に優しい人工衛星の開発につながるのだ。
このようなメリットのある木造人工衛星の開発・運用を通して、宇宙空間での木材利用を検証していく。
プロジェクトの流れ
木造人工衛星に関わるこれまでの経緯と、今後のスケジュールは、以下の表のようになっている。
2020年4月 | 京都大学と住友林業は2020年4月「宇宙における樹木育成・木材利用に関する基礎的研究」に共同であたる研究契約を締結し「宇宙木材プロジェクト(LignoStella Project※5)」をスタート。木造人工衛星打ち上げをめざし開発を進める |
2021年9月 | 宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ木材試験体を引き渡し |
2022年3月 | 国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の船外曝露プラットフォームで宇宙曝露試験を開始 |
2022年12月 | 294日間の宇宙曝露実験を終え、12月23日若田宇宙飛行士の手により試験体回収を完了 |
2023年1月 | ドラゴン補給船運用26号機(Spx-26)にて地球に帰還 |
2023年3月 | 京都大学/住友林業が木材試験体を受理。1次(簡易)検査を実施 |
2023年5月 | 元素分析、結晶構造解析や強度試験等のより詳細な分析を開始。微細構造への影響等を分析することで、更なる木材の可能性を追求 |
2024年2月~ | 木造人工衛星打上げ、運用開始予定 |
人工衛星を木造にするためには、宇宙放射線や数百度レベルの温度変化など、厳しい宇宙環境で木材がどのように劣化していくのか確認する必要がある。
現在、劣化を調べるための、木材を宇宙空間に長時間晒す実験が終了し、地球に帰還した木材の1次検査が行われた段階である。
宇宙実験の結果
今回の実験で使われた木材は、ヤマザクラ、ホオノキ、ダケカンバの3種類の木材。
1次検査では、このそれぞれの木材について、外観の変化や質量の変化が評価された。
結果、外観・質量ともに実験前後における変化は認められず、3種類の木材間の違いも現れなかった。
つまり、木材は、過酷な宇宙環境下で、割れ、反り、剥がれなどといった劣化もおこらず、優れた耐久性を持つことが確認されたのである。
また、2024年に打上げを計画している木造人工衛星1号機に使用する樹種は、地上で行った実験結果も総合的に加味し、ホオノキを使用することが決定された。
さいごに
今回の宇宙実験によって、木材は宇宙環境に耐えうる性質を持つということが明らかになった。
現段階では、木造人工衛星の実現可否については定かではないが、非常に期待できる結果といえるのではないだろうか。
住友林業と京都大学は今後、木造人工衛星の打上げに向けて最終的な調整を進めるとともに、試験木材の詳細解析を進め、劣化のメカニズムを解明し、地球上での木材利用の拡大に繋げるという。
打ち上げは、2024年2月以降となる予定だ。