
2026年10月1日、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)は、「宇宙科学・探査ロードマップ」を改訂したと発表した。ロードマップは9月30日付でE改訂となっている。
今回の改訂では、世界第一級の科学成果を継続的に生み出すため、開発の効率化や人材育成などと並び、「産業界との共創」を方針の一つに掲げた。標準小型衛星バスの導入や、ロケットの相乗りを活用した宇宙実証、研究設備の共用などを進める。
本記事では、JAXAが示した「産業界との共創」の考え方と、宇宙ビジネスとの接点となる具体的な取り組みについて解説する。
JAXA、「産業界との共創」を大きな方針に
宇宙科学・探査の成果を社会へ還元
今回のロードマップでは、宇宙科学・探査を持続的に発展させるための方針の一つとして、「産業界との共創」が明確に示された。
JAXAは今後、科学ミッションで生まれる技術や開発成果を宇宙科学の中だけで完結させず、民間の宇宙活動にもつなげる。また、民間主導で開発された技術を積極的に導入するとともに、そこで得られた開発成果を将来の民間主導活動に活用する方針も示している。
背景には、国内外で民間利用や安全保障を含む宇宙産業が急速に広がる一方、宇宙科学では「産業振興への貢献が乏しい傾向にあった」という課題認識がある。JAXAは今後、科学成果の創出だけでなく、技術力の向上を通じた産業振興や人材育成など、宇宙科学・探査の成果を社会へどう還元するかも意識して計画を進める。
産業界が継続して関われる開発環境へ
産業振興への貢献に向けて重視するのが、企業が宇宙科学プロジェクトへ継続的に参加しやすい環境づくりである。
科学衛星や探査機では、ミッションごとに異なる要求へ対応するため、専用設計が増えやすい。こうした一度きりの開発が続けば、企業側は人材や製造体制を維持しにくく、開発コストや期間も増えやすい。
そこでJAXAは、ミッションの実施頻度を維持して企業が将来の需要を予測しやすくするとともに、「一品モノ」を前提とした開発方法を見直す。また、宇宙戦略基金や地球観測など他分野で生まれた技術も活用する。
こうした方針を具体化する取り組みとして、今回のロードマップでは、科学と民間の双方での利用を想定した標準小型衛星バス、ロケット相乗りを活用した宇宙実証、JAXAの研究設備の共用などが示されている。

産業界との共創をどう進めるのか
今回のロードマップでは、「産業界との共創」を具体化する取り組みに加え、宇宙科学の開発を効率化し、その成果を幅広い宇宙活動につなげる新たな仕組みが示された。
小型衛星を標準化、商用衛星への展開も視野
小型科学衛星では、2030年代の科学ミッションから「セミオーダ式標準バス※」の適用を目指す。
衛星の電源や通信、姿勢制御など、人工衛星を動かすための基本機能をまとめた部分。
これまでの小型科学衛星では、それぞれの科学要求に合わせた結果、一品モノに近い設計となり、開発期間やコストが増える傾向があった。
新たな標準バスでは、バス部分の効率化を図り、メーカーの負担軽減やコスト削減、開発期間の短縮、軽量化を目指す。
さらに、この標準バスを科学衛星だけで使用するのではなく、技術的に親和性のある民間主導の宇宙活動も適用範囲に含め、地球観測衛星や商用衛星などでの利用も視野に入れている。
科学衛星と商用衛星で共通する衛星基盤を利用できれば、企業側も一つの科学ミッションだけに依存せず、同じ技術を複数の衛星へ展開しやすくなる。
ロケットの相乗りを活用し、宇宙実証の機会を拡充
新しい技術を宇宙環境で試す機会についても、拡大を目指す。
JAXAは、観測ロケットや大気球に加え、ロケットの相乗り機会を活用した小型衛星による軌道上実証を進める方針だ。
将来の宇宙科学ミッションに必要な技術を小型衛星へ搭載し、相乗りの機会を利用して打ち上げることで、大規模な科学衛星の開発を待たずに宇宙環境で技術を検証できるようにする。
また、実証する技術だけでなく、衛星の開発方法そのものも見直す。モデルを活用した開発やAI、デジタル技術などを取り入れ、短期間かつ少ない資源で衛星を開発する手法の確立も目指す。
実証機会が増えれば、科学ミッションに必要な技術を早い段階で成熟させられるほか、その技術を商用衛星や宇宙サービスなどへ展開しやすくなる可能性もある。
JAXAの研究設備を大学・企業と共用
宇宙科学研究所が担う研究基盤についても、大学・研究機関・産業界との共用を進める。
宇宙科学・探査には、超高真空・極低温試験、深宇宙航法、地上局運用など、さまざまな研究基盤が必要となる。このうち、大規模・高度であったり、用途が限定されたりするため民間では整備・維持が難しい基盤について、JAXA/ISASが中核的な役割を担う。
一方、利用頻度が限られる設備を企業がそれぞれ整備・維持することは負担が大きい。
そこでJAXAは、宇宙科学研究所がこうした研究基盤の中核を担いながら、大学や研究機関、産業界との共用を進める方針を示した。
一部の設備では将来的な民間運用も視野に入れており、JAXAだけでなく、日本の宇宙活動全体で利用できる研究基盤への発展を目指す。企業にとっては、大規模な設備をすべて自社で保有しなくても、衛星や宇宙機器の開発・試験を進められる環境につながる。
深宇宙輸送では「共用OTV」を構想
より長期的には、宇宙輸送についても共通基盤の構築を目指す。
今回のロードマップでは、地上から太陽系内のより広い範囲をつなぐ「宇宙往還・軌道間輸送ネットワーク」の構想が示され、その一つとして共用軌道間輸送機(OTV:Orbital Transfer Vehicle)が盛り込まれた。
JAXAは、2030年代前半に深宇宙まで航行できる共用OTVの初号機を実現し、その後も継続的に利用しながら技術を成熟させることを目指す。
共通の輸送機を複数のミッションで利用できるようになれば、探査機ごとにすべての輸送機能を持たせる必要性を減らし、小型探査機などを深宇宙へ送り出しやすくなる可能性がある。
ただし、OTVを含む宇宙工学分野の将来構想には、選定前や構想段階の計画も含まれる。現時点で個別の開発事業や予算、企業への発注が決定したことを意味するものではない。
さいごに
今回のロードマップでJAXAが目指しているのは、宇宙科学と産業を別々に発展させるのではなく、同じ技術や設備、開発基盤を双方で活用できる環境をつくることである。
科学衛星向けに開発した標準バスを商用衛星にも広げ、科学ミッションに必要な新技術を小型衛星で素早く実証する。JAXAの研究設備を企業にも開き、将来的には輸送基盤についても複数のミッションで共有する。
一方で、民間で開発された技術についても科学ミッションへ積極的に取り込む。
こうした循環が実現すれば、宇宙科学によって生まれる需要が企業の技術開発や製造を支え、民間で成長した技術が再び科学ミッションの効率化につながる可能性がある。
今後は、標準小型衛星バスや宇宙実証、研究基盤の共用といった構想がどのように具体化され、科学ミッションと国内宇宙産業の双方にどのような効果をもたらすのかが注目される。
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