
2024年5月22日、株式会社IHIは、SAR衛星を開発するフィンランドの企業ICEYE(アイサイ)と、最大24基のSAR衛星のコンステレーション構築に向けて協力していくことを発表した。
両社は、SAR衛星コンステレーションを日本国内で共同運用するとともに、コンステレーションを構成する衛星の製造拠点を国内に整備することを計画している。
本記事では、IHIが同事業を実施する目的やメリットについてご紹介する。
目次
IHIの歴史と宇宙事業
IHIは、創業170年以上の歴史を持ち、造船で培った技術をもとに陸上機械、橋梁、プラント、航空エンジンなどに事業を拡大し、日本の近代化に大きく貢献してきた企業。
ペリー来航による欧米列強への対抗に迫られた幕府が、水戸藩に造船所設立を指示したことによって1853年に創設された「石川島造船所」が起源となっている。
現在のIHIという社名は、1960年に「石川島重工業」と「播磨造船所」が合併したことにより発足した「石川島播磨重工業( Ishikawajima-Harima Heavy Industries)」に由来。グローバルに事業展開する総合重工業グループとして、主に以下の4つの事業分野を中心に、新たな価値を提供している。
- 資源・エネルギー・環境
- 社会基盤
- 産業システム・汎用機械
- 航空・宇宙・防衛
特に宇宙分野では、日本の宇宙開発に当初から参画。
2000年には日産自動車の宇宙航空事業部(旧:中島飛行機)から事業譲渡を受け、アイ・エイチ・アイ・エアロスペース(現:IHIエアロスペース)が発足し、2003年には石川島播磨重工業の宇宙開発事業部の一部も統合された。
現在は、長い歴史で培ってきた最先端の技術をもとに、固体燃料の基幹ロケット*「イプシロン」や、ロケットエンジンの心臓部であるターボポンプ、ガスジェット装置の開発、生産などに取り組んでいる。
[*]基幹ロケット:国の宇宙開発や産業活動を支えるため、衛星打ち上げや探査ミッションなど国家レベルの重要な打ち上げ任務に広く利用される主力ロケットのこと
IHIとICEYEの連携について
今回IHIは、SAR衛星を開発するフィンランドの企業ICEYEと安全保障、公共および商業利用を目的とする地球観測衛星データを提供するため、最大24基のSAR衛星のコンステレーションの構築に向けて協力していくことで合意した。
両社は、SAR衛星コンステレーションを日本国内で共同運用するとともに、コンステレーションを構成する衛星の製造拠点を国内に整備することを計画している。
この取り組みの目的は、地政学リスクの高まりを背景に、国家安全保障とレジリエンスの強化を図るとともに、日本の宇宙産業をより活性化し、その発展を促進することにある。
ICEYEとSAR衛星
ICEYEは、フィンランドに拠点を置く宇宙ベンチャーであり、小型SAR衛星の開発・運用において世界をリードする企業。加えて、衛星データの提供や解析ソリューションも手掛け、幅広い分野で高精度なリモートセンシング技術を展開している。
SAR衛星とは、電磁波を地球に向けて照射し、反射して返ってきた信号を捉えることで地形や物体を解析する地球観測衛星の一種。
光学衛星と異なり、天候や昼夜を問わずに観測が可能という特徴を持っており、気候変動の分析や船舶追跡などの多様な用途で、信頼性が高く継続的な監視・モニタリングが可能となる。
SAR衛星は小型化が技術的に難易度が高く、エンジニアの希少性、衛星開発に係る資本と時間などが市場参入のハードルとなっている。そのため、世界の主な小型SAR衛星事業者はごくわずかで、5社程度にとどまっている。
ICEYEはこれまで、48機と非常に多くのSAR衛星製造実績を有している。IHIは同社について、「非常に高機能かつ長寿命のSAR衛星を量産する技術において、世界をリードしている」と述べており、今回の提携は、その技術的信頼に基づいたものでもあるだろう。
国家安全保障の強化と日本の宇宙産業発展に
IHIは、ICEYEとのパートナーシップを通じて構築するSAR衛星コンステレーションが、日本の国家安全保障および経済安全保障の強化に資するものと位置づけている。
近年、地政学的リスクが高まる中、日本政府も防衛体制の強化を進めており、「スタンド・オフ防衛能力の強化」はその中核をなす事業のひとつだ。
スタンド・オフ防衛能力とは、艦艇や上陸部隊など、相手の侵攻に対して脅威圏外の離れた位置から対処を行うための能力であり、その実効性を高めるには、目標の位置や動きを正確に把握するための情報収集機能の強化が不可欠である。
IHIとICEYEが進めるSAR衛星コンステレーションは、この情報収集機能を支える存在となる。全天候・昼夜問わず高精度な観測が可能なSAR衛星を多数運用することで、継続的かつ信頼性の高い監視体制を実現し、迅速な意思決定と対応を可能にする。
IHIは、ものづくり技術を中核とするエンジニアリング力をもって、ICEYEと実施する衛星コンステレーションの整備を主導していく方針だ。
今回の取り組みは、日本の国家安全保障および経済安全保障を強化することに加え、衛星データや撮像キャパシティの相互共有を通じた同盟国や同志国との協力関係の深化にもつながる。
こうした協力体制の強化により、技術・運用ノウハウの蓄積が進み、日本の宇宙産業全体の国際競争力向上と持続的な成長も期待されるだろう。
今後の展開 ~複数種の衛星連携へ
IHIは今後、ICEYEと連携して構築するSAR衛星コンステレーションに、以下のように様々なタイプの衛星を追加していく構想を描いている。

これらの衛星を連携させることにより、陸上や海上での作戦活動に必要な目標検出および追跡能力を提供することを目指しているのだ。
VDES(船の通信システム)の分野では、日本の宇宙スタートアップである株式会社アークエッジ・スペースおよびLocationMind株式会社と連携し、衛星を活用した海上の安全監視技術の向上に向けた開発が進められている。
また、IHIは2026年3月までに観測対象を詳しく分析可能なハイパースペクトル衛星の打ち上げも予定しており、安全保障、公共、商業顧客向けのユースケースの開発を検討していく方針である。
IHIは、同社グループが一体となり陸・海・空・宇宙の多領域においてあらゆる情報を収集し、それらを分析することで、安全・安心な社会の実現に貢献していくとしているのだ。
さいごに
いかがでしたか。
IHIとICEYEの連携によって進められるSAR衛星コンステレーションの取り組みは、日本の安全保障能力の強化や同盟国や同志国との連携深化、日本の宇宙産業の発展において、今後ますます重要性を増していくだろう。
また、全天候・昼夜を問わず観測できるSAR衛星に加え、光学、赤外線、電波、ハイパースペクトルなど多様な衛星の活用が視野に入る中で、日本が宇宙を「使う側」としても「支える側」としてもプレゼンスを高めるチャンスが広がっている。
このような取り組みを進めるIHIは現在、航空宇宙分野における複数のポジションで人材を募集している。興味のある方はぜひ、こちらをチェックいただきたい。
