
オーストラリアの宇宙スタートアップHEOは、軌道上を飛行する人工衛星やスペースデブリ(宇宙ごみ)を撮影するという軌道上観測ビジネスに取り組んでいる。
軌道上観測は、物体の状態確認や、スペースデブリとの接近事故後のフォローアップ、軌道上サービスとの連携、さらには安全保障などにも応用が期待されている。だが、その技術や市場を開拓している企業はまだ少ない。
本記事では、HEOの技術や事業の全体像、そして同社のサービスが宇宙産業にもたらす効果について詳しくご紹介していく。
目次
HEOとはどんな企業? ー 概要と沿革
HEOは、地球以外の宇宙空間にある人工衛星や宇宙デブリを観測する技術(NEI:Non-Earth Imaging)を開発する、オーストラリアの宇宙スタートアップである。
同社はもともと、地球ー月圏を通過する小惑星のデータを収集することをミッションとして、2016年に設立された。
だが、小惑星採掘の市場の成熟を待つ間、天体に近づいて飛行・運用するフライバイ技術を活用し、地球周回軌道上の衛星やスペースデブリを観測する事業へとシフトしていく。
HEOのこれまでの沿革は、下図の通りである。

同社はこれまでに、2,600件を超えるNEIミッション(地球以外を観測するミッション)を成功させており、米国政府や英国政府、宇宙機関や諜報機関など、世界中のパートナーの活動をサポートしているのだ。
今求められる「宇宙の観測」 ーその技術と意義
では、HEOの技術は具体的にどのように活用されるのか。
その方法は、大きく分けると以下の3つとなる。
- 防衛・安全保障
- スペースデブリ対策
- 衛星や宇宙機の運用
ここからは、上記3つのそれぞれについて詳しく説明していく。
1)防衛・安全保障:宇宙物体の識別と特性評価
宇宙空間に存在する物体の所有者や機能を特定し、その特性を評価することは、安全保障上きわめて重要だ。
たとえば、特定の衛星が敵対的な意図を持って配置された可能性がある場合、その挙動や構造を視覚的に把握できれば、事前にリスクを評価し、対策を講じることができる。
従来、こうした情報は地上からレーダーなどのによる観測で取得されてきた。しかし、地上センサーによる観測は物体の現在位置や挙動の追跡には適している一方で、将来の軌道予測や構造の詳細な分析には限界がある。
また、衛星打ち上げ数の増加や、複数機を同時に打ち上げるライドシェアミッションの普及により、軌道上の物体の識別や機能判別は年々難しくなっている。
実際、2024年8月時点で、米国宇宙軍が管理する物体リストには、正体不明の軌道上物体が700機以上登録されていた。
このような課題に対し、HEOのNEI技術は、宇宙空間に存在する正体不明の物体(衛星、スペースデブリetc…)の高解像度画像を取得し、太陽電池パネル、スラスタ、アンテナ、ペイロードといった特定のコンポーネントを認識することを可能にする。
これにより、稼働中の衛星と運用を終了した宇宙機、あるいはスペースデブリを迅速に区別できるだけでなく、取得した画像を既知の衛星データと照合することで、対象がどの衛星であるかを特定することも可能となる。
例えば、HEOは過去に、ある正体不明の衛星について撮影を実施し、衛星の各コンポーネントの長さや構成を捉え、3Dモデルを生成。その結果、対象の衛星がギャラクシー・エアロスペース社が開発した衛星である可能性が高いと判断した。
こうした分析は、地上センサーでは達成できないレベルの解像度と判断力を提供するものであり、NEI技術の有効性を示す好例と言える。
さらに、ロシアの軍事衛星「コスモス2558」に関する事例にも注目である。
コスモス2558はその目的が公表されていないが、アメリカの偵察衛星「USA326」とほぼ同じ軌道に打ち上げられ、かつUSA326の周囲を追尾するような挙動を示したことから、偵察衛星ではないかとの見方が広まっていた。
HEOは、このコスモス2558を繰り返し観測し、その特徴を明らかにしてきた。反射特性や構造、活動の様子から、中心部には光学望遠鏡が搭載されている可能性が高いと推定している。
NEI技術は、宇宙の透明性と信頼性を確保するうえで、今後さらに不可欠な存在となっていくだろう。
2)スペースデブリ対策:再突入予測やデブリ捕獲のための状態評価
軌道上を漂うスペースデブリの動向を把握し、適切に対応することは、宇宙の持続可能性を維持するうえで欠かせない。その第一歩となるのが、対象物が運用中の衛星なのか、それとも不要な宇宙ゴミなのかを正確に識別することだ。
HEOのNEI技術は、宇宙空間にある物体の外観・構造を画像として捉えるだけでなく、その姿勢状態や回転状況までを可視化することができる。
実際に、HEOは欧州宇宙機関(ESA)の委託を受け、大気圏を降下中のESAのリモートセンシング衛星を複数回撮影。その結果、このスペースデブリが回転している様子が確認された。
この技術により、対象がスペースデブリか否かだけではなく、スペースデブリの場合には、対象の姿勢や回転状況から、いつ、どこで大気圏に再突入するのか予測する精度も向上させることができると期待されている。
また、NEIによる事前の状態確認は、スペースデブリを捕獲し、除去するような軌道上サービスにも重要な役割を果たす。対象物のサイズや構造、姿勢、回転状態を正確に把握することで、安全かつ効率的な接近・捕獲戦略の立案が可能となり、運用上の不確実性を最小限に抑えることができる。
たとえば、デブリ除去サービスを展開するアストロスケールは将来のデブリ捕獲ミッションに向けて、現在デブリの周囲を近傍運用しながらデブリの挙動を観測しているが、もし、捕獲するデブリの挙動に関する事前情報があれば、より確実に、そして迅速にスペースデブリを捕獲できるようになる可能性がある。
今後、増え続ける宇宙ゴミの管理と軌道上サービスの安全性確保において、HEOのような“宇宙の目”が果たす役割はさらに大きくなるだろう。
3)衛星や宇宙機の運用:衛星の姿勢状態や異常を検出
衛星運用の現場では、衛星の打ち上げ後や運用中、機体が正しく展開され、各コンポーネントが正常に機能しているかをいち早く確認することが重要だ。
ペイロードが地球を向き、太陽電池パネルが太陽に向いているかといった衛星の姿勢や向きの正確な確認は、ミッションの成否や誤認識のトラブルを回避するうえで欠かせない。
HEOのNEI技術を使えば、宇宙から衛星を直接撮影し、その状態を視覚的に把握可能。センサーやテレメトリだけでは検知できない展開不良や異常を、迅速に特定することが可能となる。
実際に、2024年3月に行われたスペースXの「トランスポーター10」ミッションでは、53機の衛星が打ち上げられたものの、1か月が経過しても17機が未確認のままとなり、通信障害や誤認識、衝突リスクなど、深刻な懸念が広がっていた。
この事態を受け、オーストラリア宇宙庁(ASA)はHEOと連携し、NEI技術を活用して未確認衛星の状態確認と識別を支援。撮影された画像から、衛星のサイズやアンテナ、太陽電池パネルの構成などの特徴を抽出し、この問題を解決した。
NEIによる衛星の視覚的な状態確認は、衛星運用におけるトラブルシューティングの負担を軽減し、通信確立の遅れや誤判断を防ぐ手段として、今後ますます重要性を増していくだろう。
HEOの特徴と強み
軌道上観測は、新たな衛星やスペースデブリの増加によって宇宙空間の可視化ニーズが高まり、今後着実に広がりを見せていくだろう。
現在、高精度な観測画像を提供する企業としては、HEO以外ではアメリカのMaxar Technologiesが広く知られており、同社は2022年に米国海洋大気庁(NOAA)からNEIの商用運用認可を取得し、軌道上の物体を対象としたサービスを開始している。
その中で、HEOの特徴は、他社の衛星の空きスペースに自社の観測カメラを搭載するという戦略を採用している点にある。
このアプローチには複数の利点がある。
まず、衛星の開発コストが抑えられるため、比較的短期間かつ低予算で新たな観測ポイントを拡充できる。
また、既存の商用衛星を活用することで、軌道配置の自由度が高まり、ニーズに応じて迅速にサービスを展開できる点も大きな強みだ。
さらに、不要な衛星の新規打ち上げを避けられるため、軌道上の混雑緩和や環境負荷の低減にもつながる。地球にやさしく、そして拡張性に優れたこの仕組みは、NEI市場における新しいビジネスモデルとして注目である。
日本企業との連携では、アクセルスペースの小型衛星「GRUS」シリーズに搭載されたセンサーに「HEO Inspect 」を統合し、人工衛星を迅速にモニタリングする能力及び衛星を所有・運用する方々の日々の運用業務の質を高めている。
これにより、HEOは衛星開発に依存せずとも、グローバルな観測ネットワークの構築を現実のものにしつつある。
さいごに
いかがでしたか。
宇宙を“内側から”観測するというHEOが展開するNEI技術は、これまでブラックボックスだった軌道上の現場に、リアルタイムで視覚的な情報をもたらす手段として注目されている。
それは単なる技術の面白さにとどまらず、安全保障、衛星運用、スペースデブリ対策といった重要分野において、意思決定の質を高めるための「新しい目」として機能するものだ。
自社で衛星を持たず、ホステッドペイロードという柔軟かつ環境負荷の少ない方式などで世界中の観測網を構築していくHEOの戦略は、今後NEI市場が拡大する中で、ますます存在感を高めていくだろう。
宇宙空間の透明性と信頼性が問われる時代に、HEOのようなプレイヤーが果たす役割に、今後もぜひ注目していきたい。