
2025年2月26日、27日の2日間に渡り、シンガポールにて宇宙ビジネスカンファレンス「Global Space and Technology Convention and Exhibition(以下: GSTCE)」が開催された。
本記事では、現地で参加できなかった人を対象に、カンファレンスの概要を要約し、筆者が思う要点を含めて、簡潔に紹介している。
GSTCEの概要
GSTCEは、シンガポールで開催されているアジア最大級の宇宙ビジネスカンファレンスである。
世界各地の宇宙関連企業、政府機関、研究機関、投資家が集まり、最新の技術動向やビジネス機会を議論する場となっており、特にアジア市場の成長に焦点を当てているのが特徴である。
GSTCEは、日本のSPACETIDEと並びAPAC地域の宇宙産業エコシステムを牽引するハブとして、企業や投資家にとって重要なイベントとなっている。今回は同イベントのセッションごとに概要と筆者視点の注目ポイントを紹介する。
第1章:商業宇宙ビジネスの歩き方
宇宙技術が高度化し、コスト面でも参入障壁が下がり始めている現在、農業や環境、災害管理などの分野での活用が急速に広がりつつある。本パネルでは、衛星による地球観測データや合成開口レーダー(SAR)を活用し、作物の成長状況をリアルタイムで把握、自然災害の被害を迅速に評価する等、多様な産業領域との融合がもたらすビジネスチャンスが議論の中心となった。

宇宙ビジネスと東南アジアは相性が良い
宇宙技術の商業利用が進む中、農業、環境、災害管理などの分野での活用がとりわけ増加している。特に、地球観測データや合成開口レーダー(SAR)によるデータ活用により、効率的な運用やリスク管理が可能となり、多様な産業での統合が進んでいる。
そのような中でも豊富な人口と急速な経済成長を背景に東南アジア市場の潜在的な可能性が注目されている。とりわけシンガポールは国際的なハブとして機能し、官民協力や投資誘致によって宇宙産業の成長を支援している。
官民連携が成長の鍵
宇宙産業の発展には、官民連携が必要不可欠である。米国の大規模投資と比較すると、他地域では依然として政府予算への依存が大きいのは事実だが、シンガポールやインドなどの新興アジア諸国では、政府主導の取り組みにより民間セクターの成長が促進されており、スタートアップと大手企業との連携に重要な役割を担っている。
大手企業の豊富なリソースとスタートアップの迅速な開発能力を組み合わせることは非常に重要で、双方のシナジーを活かすことができた企業がデジタルツインや宇宙データセンターなどの新たなビジネス機会を創出している。現状宇宙市場の拡大には、技術面と資金面、双方のバランスが重要であり、そのための政府の役割は大きい。

宇宙ビジネス商業化の現実と課題
宇宙市場は2035年までに1.8兆ドル規模に成長すると予測されているが、予測を達成する上で最も重要なポイントは、顧客の支払い意思や投資回収の側面である。とりわけ商業利用を促進するためには、規制の簡素化やコスト削減が求められている。また国や地域ごとに投資環境が異なること、技術コストの高さといったところが大きな課題となっている。
産業側の意欲と政府支援が上手く交われば、宇宙技術は農業、環境、通信などの分野で大きな付加価値を生む可能性がある。

Tip for Readers : 注目ポイントと考え方
宇宙ビジネスを始める際に事前に法規制やライセンスを確認し、専門家の助言を得ることが重要になる。また衛星製造や打ち上げには高額なコストがかかるため、ROI[*1]を見据えた長期的な財務戦略を立てる必要もあるだろう。スタートアップと大手企業の協業により新たな市場を創出できるのは事実だが、意思決定のプロセスには時間を要するため、慎重なプロジェクト管理が求められそうなことが見えてきた。議論にあったように東南アジア市場への進出を考える場合、シンガポールを拠点とし、現地のビジネスパートナーとの連携を強化することが効率的なソリューションとなる可能性は高い。GSTCEの会場も活気に満ち溢れていた。宇宙データの活用先(農業・災害管理など)を明確にし、実際に求められるソリューションを提供できるかを検証することが、事業成功の決め手となるだろう。
[*1]:Return On Investment 投資に対してどれだけの利益を得られたのかを把握するための指標
第2章:宇宙における政府の役割トレンド
宇宙関連技術の高性能化と開発コストの低下に伴い、各国政府の役割がますます重要になっている。本パネルでは、新興企業の成長を促進するための研究開発(R&D)支援やインセンティブ施策、官民パートナーシップ(PPP)を活用した宇宙開発の在り方について議論が行われた。
政府主導のR&Dとインセンティブ設計
各国政府は、研究開発費や補助金を投じ、新興企業や大学との共同プロジェクトを積極的に推進している。シンガポールでは、「Space Technology Development Program」等の取り組みを紹介し、アジア全域を視野に入れた官民協力体制の重要性を強調。日本(JAXA)は、衛星ナビゲーションやスペースデブリ除去といった官民パートナーシップ(PPP)の事例を具体的に示し、ビジネス面で持続可能な形で宇宙開発を進める重要性を説いた。ドイツ(DLR)では、政府が「アンカー・カスタマー」[*2]となることでスタートアップの倒産リスクを下げ、民間からの大型投資を呼び込む具体的な手法を提示した。
[*2] :新技術や新製品の開発・市場導入を支援するために、政府や大手企業が最初の主要顧客(Anchor)として購入契約を結び、事業の安定化や市場拡大を後押しする戦略のこと
インフラ・試験環境の整備
衛星やロケットの開発・運用には高額なインフラ投資が不可欠であり、各国政府はテストベッドを提供することで民間企業の参入を後押ししている。具体的には日本のH3ロケットの移管や、JAXAの研究施設を民間に開放する取り組みが紹介され、企業が「スペース実証(Space Heritage)」を得やすくなる点が共通認識として示された。こうしたインフラ整備や試験環境の提供が、宇宙ビジネスの活性化に必要不可欠であることが強調された。
規制緩和とリスク低減
宇宙ビジネスの拡大には、法律や規制の整備・緩和が欠かせないとの認識がパネリスト全員から示された。日本の宇宙関連法や欧州・ドイツの規制見直しは、企業がイノベーションを起こすサービスを提案しやすい環境を整備することを目的としている。特にDLRは、「必要とされるサービスを提示し、技術選定は企業に委ねる」といった方針を取っており、公共部門が課題を設定し、民間が自由にソリューションを提案できる仕組みを推進している点が特徴的であった。

国際連携とアジアの役割
UAEはアジアや中東地域における宇宙開発の活発化を強調。シンガポールは宇宙のゲートウェイとしての役割を目指しており、政策支援や投資誘致を拡大。日本やドイツは、UAEとの連携を深めることで、アジア・中東全体の宇宙ビジネスを盛り上げる可能性を示唆していた。こうした広域的な協力体制を整えることが、政府としては重要な動きになってくる。

Tip for Readers: 注目ポイントと考え方
宇宙ビジネスにおいて政府の支援策を最大限活用するためには、各国の政策や助成金プログラムの全体像を把握し、自社の計画と合致させる視点が欠かせないだろう。例えば、シンガポールの「Space Technology Development Program」や日本(JAXA)の施設開放、ドイツ(DLR)が示す「アンカー・カスタマー」戦略など、政府が打ち出している具体的な支援モデルを調査・比較しながら、自社に最適な組み合わせを検討する必要がある。
また、政府や研究機関との長期的な関係構築は、継続的な情報収集だけでなく、将来的なインフラ利用や追加の共同プロジェクトにつながる可能性も高いことが見えてきた。技術開発を進める際には、環境モニタリング、スペースデブリ除去、災害管理などの社会課題に貢献できる要素をアピールし、官民パートナーシップ(PPP)を形成しやすい土壌を作ることが効果的だろう。
さらに、国際連携を意識することで、多地域への拡張とリスク分散を同時に図ることができる。アジア・中東地域の宇宙開発が活発化する中、複数の政府支援プログラムを組み合わせるといった柔軟なアプローチが新たなビジネスチャンスを生む可能性を高める。研究開発からインフラ利用、規制緩和まで、広域的な協力体制を前提とした戦略づくりこそが、今後の宇宙産業で競争力を獲得する鍵となる。

宇宙企業の活路はディアルユースにあり
宇宙関連技術が高性能化し、開発コストも低下している現在、商業利用と軍事利用の両面を狙う「ディアルユース(dual use)」戦略が企業にとって有力な選択肢になりつつある。本パネルでは、軍事・安全保障に用いられる技術がどのように民間市場へ応用されるか、逆に民間技術がどのように国防分野へ取り込まれるかといった両方向の視点から議論が行われた。
ディアルユースを巡る背景と動向

宇宙関連の大規模投資は、長らく政府や軍によって支えられてきた。しかし近年、民間資本が急速に拡大し、衛星製造や打ち上げなどが小型化やコスト削減によって参入障壁を下げている。この流れを受け、国防・軍事向けの高精度技術が民間へ転用される一方、民間のイノベーションが軍事分野の発展を加速する構図が生まれてきている。パネリストらは、宇宙企業が生き残りと収益拡大を狙うために、両方向の連携が重要だと強調していた。
顧客としての政府の落とし穴
政府が「アンカー・カスタマー(初期顧客)」としてプロジェクトに資金を投じることで企業側の研究開発リスクが下がる一方、官公庁の調達には時間がかかり、意思決定も複雑化しやすい。
さらに輸出規制や国家安全保障上の制約が加わるため、商業顧客へのスピーディな販売が阻害される場合もある。パネリストは「軍事向けの厳格なサイバーセキュリティや規格適合に合わせると、一般商業顧客にはコスト面で不利になる」といったジレンマを指摘した。

国際協力と輸出管理のハードル
宇宙ビジネスは国境を越えたデータ共有やサプライチェーンが前提となるが、輸出管理やライセンスの問題がしばしば障壁となる。高解像度の衛星画像やリアルタイムの監視データを扱う際、各国の法規制によって提供先が制限されるほか、企業の内部規定で利用条件を厳しく設定しているケースも少なくない。一方で、海洋監視や災害対策など国際的な課題の解決には複数国の協働が不可欠であり、パネリストは「事前の合意形成や運用ルールの調整が欠かせない」と口をそろえた。

AI・サイバーセキュリティへの対応
人工知能(AI)や機械学習を用いて大量の衛星データをリアルタイムで分析し、軍事・民生いずれのニーズにも対応する動きが活発化している。しかし、AIの推論結果を信頼できる形でどう保証するか、誤った認識が軍事的決定につながる危険性をどう回避するかなど、多くの技術的・倫理的課題が残る。また、AI処理を含むシステム全体のサイバーセキュリティ水準をどこまで引き上げるかによって、開発費用や運用コストにも大きな影響が及ぶと指摘された。
商業・軍事の融合による機会創出
パネリストの多くは、ディアルユースによって「防衛向け投資が民間の技術革新を支え、民間の柔軟な発想が軍事システムの高度化を後押しする」という好循環を期待している。たとえば軍事用の監視衛星で培われたセキュアな通信技術が漁業や物流の監視にも活用されるといった例が挙げられた。将来的には、国防当局が調達サイクルを短縮し、民間のスピード感に合わせる必要があるとの見解が示され、官民がより緊密に連携する体制づくりが求められている。

Tip for Readers: 注目ポイントと考え方
ディアルユース戦略を成功させるには、まずは防衛投資を活用し、高信頼性技術を確立した後に民間市場へ展開することが王道になるだろう。各国の輸出管理やライセンス要件を早期に把握し、専門家と連携することで海外展開時のリスクを最小化することが重要である。特にAI活用による衛星データ分析では、誤判定やサイバーセキュリティの脆弱性を考慮し、「Human-in-the-Loop」モデル[*3]の導入が求められるだろう。
ビジネスの側面においては、政府調達の安定性と民間市場のスピード感を組み合わせた事業計画を策定することが鍵となる。国際共同開発やコンソーシアム型プロジェクトへの参加により、コストシェアや規制対応の負担を軽減し、グローバル市場への展開を促進できる。ディアルユース戦略の成功には、官民の強みを活かしつつ、国際協力とセキュリティ対策を適切に行うことが不可欠になるだろう。
[*3] 機械学習と人間を組み合わせることでより高度なシステムを実現しようといったアプローチさいごに
いかがでしたか。
GSTCE 2025の1日目レポートでは、重要ポイントとして、商業宇宙ビジネスの可能性、政府の役割、そしてディアルユース戦略といった重要テーマに焦点を当てて執筆した。
次回、2日目の記事では、さらなるトピックや新たな視点を交えて引き続きGSTCEの最新動向をお届けする。ぜひご期待いただきたい。
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参考:
Global Space Technology Convention & Exhibition (GSTCE) Singapore Space & Technology Ltd