2024年4月4日、株式会社ElevationSpaceが、固体燃料と液体(気体)酸化剤を使用する宇宙機用ハイブリッドエンジンについて、東北大学と共同で行った研究成果が宇宙推進分野で権威のある査読付きジャーナル「Journal of Propulsion and Power」に掲載されたことを発表した。
同社と東北大学は、ElevationSpaceが開発する小型衛星に搭載するハイブリッドエンジンを開発しており、世界初の宇宙実証・実用化を目指している。
本記事では、同社と東北大学が行った研究についてご紹介します。
世界初となるハイブリッドエンジンの可能性
ElevationSpace はこれまで開発してきた 15 機以上の小型人工衛星を開発してきた東北大学の吉田・桒原研究室発の宇宙スタートアップ。
無重力環境を生かした実験や実証などを無人の小型衛星で行い、それを地球に帰還させてお客様のもとに返す国内初の宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R」を開発している。同社はこの「ELS-R」に世界初の宇宙実証を目指すハイブリッドエンジンを搭載する。
このハイブリッドエンジンは主に、「ELS-R」が軌道を離脱して地球に帰還するために用いられる。
「ELS-R」に限らず、小型衛星用ハイブリッドエンジンは様々な衛星で使用され得る。
従来の小型衛星や超小型衛星にはコストカット等の理由からエンジンが搭載されていないことも多かったが、小型衛星が大量に打ち上げられる現在、大型衛星を打ち上げるロケットの空いているスペースに相乗りする形で打ち上げられることが増加。
その結果、ロケットから軌道に投入された後、小型衛星自身が希望する軌道高度へ自力でたどり着くことが必要となった。
また、運用を終了した人工衛星などが軌道上に放置されることで「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」になる問題も深刻化。
アメリカの連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)は、衛星が任務終了後に燃え尽きる軌道へ移るまでの期間を「25 年以内」から「5 年以内」に変更することを発表しており、衛星自身が運用終了後に、エンジンなどにより軌道を離脱する性能を持つことも求められている。
このように、現在は小型衛星がエンジンを持つ必要性が高まっているのだ。
ハイブリッドエンジンはそのための重要な選択肢なのである。
エンジン性能の評価法を開発
ElevationSpaceと東北大学が共同でハイブリッドエンジンについて研究し、「Journal of Propulsion and Power」に掲載された論文の筆頭著者は、同大学 学際科学フロンティア研究所の助教である齋藤勇士氏。
齋藤氏は、2023年度の第16回宇宙科学奨励賞を受賞した、宇宙業界で注目されている新進気鋭の研究者だ。
宇宙科学奨励賞とは、宇宙理学分野及び宇宙工学分野で独創的な研究を行い、宇宙科学の進展に寄与する優れた研究業績をあげた若手研究者個人を表彰するもの。
齋藤氏は宇宙工学分野において、宇宙機用のハイブリッドエンジンにおける「大きな推力を得にくい」という課題の解決方法を見出し、革新的なハイブリッドロケットを実現し得る一つの方法を明示したことが評価され、受賞に至った。
ジャーナル「Journal of Propulsion and Power」に掲載された論文「Simplified Data-Reduction Method for Hybrid Propulsion」では、燃料と酸化剤がどのように消費されているのかを精度高く簡単に計測する手法について執筆している。
論文の概要
現在、ロケットや人工衛星、探査機など宇宙機用エンジンのほとんどで固体エンジンや液体エンジンが使用されている。
しかし、固体の燃料を燃やすことで推力を生む固体エンジンは一度着火すると燃焼が継続して緊急時等に停止させることが困難という課題があり、液体の燃料(例:液体水素)と液体または気体の酸化剤(例:液体酸素)を混合させたものに点火する液体エンジンは管理コストが高い。
そこで近年注目されているのが、高い安全性と経済性を兼ね備え、さらに推力制御や再着火が可能な推進装置であるハイブリッドエンジンだ。
ハイブリッドエンジンでは、熱により気化した燃料が酸化剤と反応することで燃焼し、推進力を生む。
このとき、エンジン性能を確認するためには「燃料がどのようなスピードで減少していくのか」を正しく計測する必要がある。
しかし、ハイブリッドエンジンでは燃焼のスピードが部品の摩耗や発射時間、気化した燃料の量など様々な要因で変化し、時間経過によって減少量の度合いが変わるため計測が難しい。
これらの問題を解決するため世界中で様々な手法が提案されているが、結果の精度や使用できる燃料の種類の面に課題があった。
また、中には精度が高い手法もあったが、計算が複雑で結果を得るのに約2時間を要したためあまり使用されていなかった。
齋藤氏らの研究では、複雑な計算やプログラムを必要とせずにExcelのようなスプレッドシートソフトウェアで計算できるシンプルな手法を開発。
燃焼試験等の現場で、任意の時点での燃料消費量を瞬時に取得する方法を開発することに成功したのだ。
試験用エンジンで信頼性の高いデータを獲得
ElevationSpaceは、以上のような東北大学との研究成果を用いてハイブリッドエンジンの開発を進めている。
2024年3月には実機に近い試験用のエンジンで、軌道離脱に必要となる長時間の燃焼や真空環境下における着火に成功。
エンジンの推力を精度高く計測するシステムを構築したことで、従来よりも推力の計測がより複雑となる実機に近いモデルにおいて信頼性・再現性のある推力データを取得した。
これにより、同社が開発するハイブリッドエンジンの設計結果の妥当性を確認でき、ボトルネックとなっていた試験用エンジンの燃焼システムを確立することができたという。
この試験結果を受け、齋藤氏は以下のようにコメントしている。
この試験により、共同研究先である株式会社ElevationSpaceと共に日夜研究開発を進めてきたハイブリッドスラスタ(エンジン)の性能を実際に確認することができ、実用化に向けて大きく前進できたことを大変嬉しく思います。
ハイブリッドスラスタは、他の化学スラスタと比較して魅力的な性能を持つことが研究レベルで明らかになっている一方で、実用レベルには未だ達していませんでした。これは、ハイブリッドスラスタの技術成熟度レベル(TRL)が低いことが原因だと考えられます。また、TRLが向上しない限りは他の宇宙ミッションでの採用が見込めず、革新的な宇宙ミッション実現のためにはハイブリッドスラスタのTRLの向上が求められていました。そのような状況の中、株式会社ElevationSpaceと共に、世界初のハイブリッドスラスタの宇宙実証を目指す共同研究が始まり、この試験において実機レベルでの性能確認が行われました。
東北大学学際科学フロンティア研究所 齋藤勇士 助教
ElevationSpaceは今後、これまでに得られた各種試験の結果を受けて試験用エンジンの設計の詳細化を進め、さらに実機に近い状態での燃焼試験を複数回行うことで、最終的に人工衛星に搭載するエンジンの設計・製造を進めていく計画だ。
さいごに
いかがでしたか。
日本の研究においては「実用化」が課題になっていると言われているが、ElevationSpaceと東北大学はうまく産学連携を行うことで、研究成果の実用化を進めている。
両者が研究開発するハイブリッドエンジンは世界の中でも先を進んでおり、さらに小型人工衛星だけでなく大型の衛星や探査機、ロケットにも活用され得る。この技術を世界で最初に確立できれば、ElevationSpaceにとって大きな強みとなるだろう。
両者の今後の活躍が非常に楽しみだ。
参考
世界初の宇宙実証を目指す、小型衛星を地球に帰還させるための”ハイブリッドスラスタ”、実機に近い試験モデルによる長時間燃焼と、真空環境下で軌道離脱相当の推力計測に成功