
シャープ株式会社(以下、シャープ)は、低軌道(LEO)衛星・中軌道(MEO)衛星に対応する通信ユーザー端末の開発や、複数の衛星通信網を切り替えて利用するマルチオービット対応端末の開発に取り組んでいる。
本記事では、シャープの衛星通信ユーザー端末開発のこれまでの流れを整理し、中軌道衛星向け端末とマルチオービット対応端末について、それぞれの技術的な特徴や開発の狙いを解説する。
目次
シャープの衛星通信関連事業の変遷
シャープの衛星通信ユーザー端末の開発は、2023年11月に発表されたLEOおよびMEO向け衛星通信ユーザー端末の開発を出発点としている。このプロジェクトは、情報通信研究機構(NICT)の「革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G))基金事業」に採択されたもので、海上や山地など、基地局とのモバイルデータ通信が難しい場所で高速大容量通信を実現することを目的としている。
その後、2024年には船舶向け電子機器を手がける古野電気と協業を開始。船舶向け衛星通信ユーザー端末の実用化に向けた開発を進めた。幕張事業所にLEOおよびMEO衛星向け通信ユーザー端末の性能測定が可能な電波暗室を新設し、開発・評価のための環境も整えている。
2025年に入ると、具体的な成果として、5G NTN通信対応のLEO衛星向けユーザー端末試作機を用いて、低軌道衛星を経由した5G NTN通信※1の接続実証に成功。
さらに、同年7月に三菱ケミカル、NICT、TECHLABと、モビリティ向けの超小型軽量LEO衛星通信ユーザー端末の共同開発にも合意。従来想定してきた船舶向けに加え、ドローンや自動車などへの搭載も視野に入れた開発が進められている。
2026年4月には、日本無線、スカパーJSATと連携し、防衛省の「マルチオービットに対応した通信システムの抗たん化技術開発・実証」の推進に取り組むと発表。この枠組みでは、シャープはLEO/MEO/GEO※2の各軌道上の衛星通信網に対応するマルチオービット対応の衛星通信ユーザー端末の開発を主に担う。
そして現在、MEO向け衛星通信ユーザー端末や、マルチオービット対応端末のコンセプトモデルの概要が明らかにされている。このように、シャープの衛星通信関連事業は、LEO衛星通信ユーザー端末の開発を進めながら、MEO向け端末やマルチオービット対応端末の開発にも取り組む段階へと広がっている。
MEO向け技術の進展とマルチオービット対応
シャープの衛星通信関連事業では、これまでLEO衛星通信ユーザー端末の開発や実証が先行してきた。一方で、2026年にはMEO向け、マルチオービット対応の衛星通信ユーザー端末のプロトタイプやデザインモデルが示され、具体像も見え始めている。
MEO向け端末が担う広域・安定通信の役割
はじめに、MEO向け端末について見ていく。LEOは地上からの距離が比較的近いため低遅延通信に向く一方、MEOは1基あたりでより広いエリアをカバーしやすい。そのため、広域で継続的な通信を確保したい用途において、MEO衛星通信の活用が期待される。

ただし、MEOはLEOより地上からの距離が遠くなるため、端末側には衛星から届く弱い電波を安定して受信する性能が求められる。そこで重要になるのが、G/T性能である。
G/T性能とは、衛星通信アンテナの受信能力を示す指標である。数値が高いほど、衛星から届く微弱な電波を安定して受信しやすい。シャープが示した高G/T性能MEO向けデザインモデルは、受信感度を向上させ、安定した通信品質を確保する。
また、このMEO向けデザインモデルは、高速・大容量通信が可能である。今後、海上、山間部、災害対応、移動体など、地上の通信網だけでは十分に対応しにくい環境で、MEO衛星通信端末の需要が高まる可能性がある。
マルチオービット対応で何が変わるのか
次に、複数の衛星通信網を使い分けるマルチオービット対応である。
マルチオービットとは、LEO、MEO、GEOなど、複数の異なる軌道上にある衛星通信網を組み合わせて活用する考え方である。LEOは低遅延通信に向き、MEOは広域性や通信の継続性を確保しやすい。GEOは地上から見ると同じ位置にあるため、安定した通信に向いている。

それぞれの軌道には異なる強みがある一方、単一の軌道だけで全ての用途や環境に対応できるわけではない。そこで、用途や通信環境に応じて複数の衛星通信網を活用するマルチオービット対応が重要になる。
シャープは、現在個別に運用されている各軌道上の衛星通信網をシームレスに切り替える制御技術の開発を進めている。これにより、地上通信網がない地域や災害時など緊急時などにおいて、より安定した通信環境の確保を目指す。
こうしたマルチオービット対応は、防衛分野でも重要なテーマになっている。現在は各衛星に適した個別の通信システムが用いられているが、これらをシームレスに切り替える制御技術を確立することで、通信インフラの抗たん性や通信信頼性の向上を図る。
このように、マルチオービット対応端末は、防災や防衛、海上・山間部・移動体など、通信が途切れにくい環境を求める分野において、衛星通信をより実用的なインフラに近づける技術なのだ。
シャープが衛星通信事業を手掛ける理由
シャープが衛星通信ユーザー端末の開発に取り組む背景には、同社がスマートフォン開発で培ってきた技術がある。
衛星通信端末では、衛星からの電波を正確に受信するアンテナ技術に加え、通信時に発生する熱を処理する放熱技術、限られたスペースに搭載するための小型・軽量化技術が求められる。シャープは、こうした技術をスマートフォン開発で培ってきた。
また、衛星通信を社会で広く利用するには、衛星そのものだけでなく、地上側で通信を受ける端末が欠かせない。
シャープは、船舶や自動車、ドローンなどにも搭載しやすい衛星通信ユーザー端末を開発することで、地上の通信網が届きにくい場所でも安定した通信を利用できる環境の実現を目指している。
さいごに
シャープの衛星通信関連事業は、LEO向け衛星通信ユーザー端末の開発を経て、MEO向け端末やマルチオービット対応端末の開発へと広がっている。
衛星通信を社会で広く活用するには、衛星そのものだけでなく、地上側で通信を利用するための端末も欠かせない。特に、海上や山間部、災害時など、地上の通信網だけでは十分に対応しにくい環境では、安定した通信を確保する手段として衛星通信の重要性が高まっている。
シャープが進めるMEO向け端末やマルチオービット対応端末は、こうした通信需要に応えるための技術といえる。今後、複数の衛星通信網を活用する動きが進むなかで、同社の衛星通信ユーザー端末がどのような用途へ広がっていくのか注目される。
補足
[※1]NTNは「Non-Terrestrial Network」の略で、日本語では非地上系ネットワークと呼ばれる。通常の5G通信は地上の基地局を使うが、5G NTNでは衛星などを通信網に組み込むことで、海上や山間部、災害時など、地上の通信網が届きにくい場所でも通信を確保しやすくなる。 [※2 ]
LEO(Low Earth Orbit):低軌道。一般に高度約2,000km以下の軌道。
MEO(Medium Earth Orbit):中軌道。一般に高度約2,000kmから静止軌道未満の軌道
GEO(Geostationary Earth Orbit):静止軌道。高度約35,786kmの赤道上空を周回する軌道を指す。地上から見ると衛星がほぼ同じ位置に見えるため、一定地域を安定してカバーしやすい











