
2025年5月19日、小型SAR衛星の開発・運用およびSARデータとその解析サービスを提供する株式会社Synspectiveが、物体検知・分類分析ソリューション(ODC Solution:Object Detection and Classification Solution)の提供を開始したことを発表した。
このサービスは、最先端のAI画像解析技術を持つSATIM社との連携により実現されたものであり、船舶や航空機の位置や種類に関する情報を、天候や時間を問わず、迅速かつ正確に提供することが可能である。
本記事では、ODC Solutionがもたらす新たなモニタリングの特長と、それが現場にもたらす具体的な価値について掘り下げていく。
目次
広域かつ継続的なモニタリングの必要性と課題
空港や港湾といったインフラの安全管理、あるいは国家レベルの安全保障の観点から、海上や上空のモニタリングは欠かせない。しかし、それを広域かつ継続的に実現するには、従来の技術ではいくつもの課題がある。
たとえば地上レーダーやドローンなどは、比較的狭い範囲を対象とするものであり、離れた海域や沿岸、遠隔地などの広範囲なモニタリングには不向きだ。運用にも人員や装備が必要となるため、コストや継続性の面でハードルが高い。
現在の船舶監視ではAIS(自動船舶識別装置)も活用されているが、すべての船がAISを搭載しているわけではない。また、AIS信号を偽装して位置情報を捏造する事例も報告されている。そのため、「AISに映らない船」を把握する手段の確立が求められている。
さらに、光学衛星は広範囲の撮像に適している一方で、夜間や雲があるような場合には地上の様子を撮影することが困難であるため、リアルタイムかつ安定したモニタリングには限界がある。
こうした課題を背景に、天候や時間を問わず、広域を継続的にモニタリングできる新たなソリューションの必要性が高まっている。
Synspective×SATIMが挑む!次世代のモニタリング技術
上記のような、従来のモニタリング手法の課題を解決し得るのが、Synspectiveにより展開された物体検知・分類分析ソリューション「ODC Solution」だ。
これは、同社が開発・運用する小型SAR衛星「StriX」シリーズで取得したデータと、AIによる高度な画像解析を組み合わせることで、天候や昼夜に左右されることなく、広範にわたる船舶や航空機といった対象物の存在、位置、種類も識別できるサービスである。

SAR衛星「StriX」が支える「広域性」と「継続性」
SAR(合成開口レーダー)衛星は、雲や煙、霧といった視界不良の状況を透過して観測が可能であり、昼夜を問わず地表を撮像できるという特性を持つ。これにより、天候や時間帯による制約を受けることなく、安定したモニタリングを世界中で実現できる点が最大の強みだ。
Synspectiveが運用する「StriX」シリーズは、小型でありながら国内最高分解能である0.46m×0.25mのSAR画像を取得できる設計となっており、都市部から海洋域、空港や港湾といったインフラエリアに至るまで、さまざまな地形や環境に対応した観測が可能となっている。
すでに2024年12月には6機目のStriX衛星が軌道投入されており、Synspectiveは今後、2030年ごろまでには30機以上のコンステレーションを構築する計画を公表している。
これにより、地球上の任意の地点をほぼリアルタイムで繰り返しモニタリングできる体制が整い、これまで困難であった広域性かつ継続性のある監視が現実のものとなろうとしているのだ。
SATIMとの連携で「検知・識別能力」を強化
ODC Solutionにおけるその他の特徴として、高い検知・識別能力があるだろう。
この要となっているのが、Synspectiveの技術パートナーであるSATIMが開発する、衛星画像やレーダー画像から対象(ターゲット)を自動で検出・分類可能な最先端のAIシステム「OREC」である。
ORECでは、船舶は110種類、航空機は18種類まで識別可能。また船舶の場合で検出精度95%、分類効率は90%を達成しており、サービスの信頼性を支えている。
また、SATIMはSynspective以外にも、欧州宇宙機関(ESA)や小型SAR衛星を開発するICEYE、Capella Space、Umbra、航空宇宙企業大手のAirbus、衛星データ提供・解析企業のSkyFiなど、世界有数の衛星・宇宙関連企業(機関)と連携しており、その技術の信頼性は国際的に高く評価されている。
Synspectiveはこの実績あるAI解析技術を取り込み、自社のSAR衛星データと統合することで、より社会で使いやすいモニタリングシステムへと進化させているのだ。

広がるSAR衛星活用の可能性
ODC Solutionは、単なる技術デモンストレーションにとどまらず、実際の現場での多様な活用が期待される。
空港や船のモニタリング
まず挙げられるのが空港や滑走路、船のモニタリングである。
空港周辺では、離着陸機の動向だけでなく、滑走路の使用状況、待機中の機体配置、異常接近といった情報の把握が運用上の重要な要素となる。ODC Solutionは、これらの改善・効率化に寄与できる可能性がある。
また、海洋域においては、現状の把握手段であるAIS(自動船舶識別装置)を搭載していない違法漁船や不審船の動きを把握する手段として活用が進むと見られる。とくに広大な海域を対象とした監視では、SAR衛星の広域カバーとAIによる自動識別機能の組み合わせが、沿岸警備や領海保全といった海洋域の安全保障の現場も支える存在となるだろう。
安全保障・防衛
安全保障や防衛の分野では、国境付近での軍用機や艦船の活動を日常的に把握しておくことが、早期警戒体制の構築につながる。
ODC Solutionのような「種類まで識別できる」技術は、単なる動体の検知にとどまらず、戦略的判断の精度向上にも寄与すると期待されている。
サプライチェーン
さらに、グローバルなサプライチェーンにおいてもODC SolutionのようなSARモニタリングは有効だ。
たとえば、港湾の混雑状況や大型貨物船の航行動向を把握することで、物流の遅延リスクを回避したり、ルートを最適化したりといった活用が可能になる。また、紛争や自然災害によって輸送網に影響が出た場合にも、現地の状況を即座に確認できる手段となる。
このように、ODC Solutionは空港、海洋、国防、国際物流といったさまざまな領域での課題解決に寄与し得るソリューションとして、今後ますます存在感を高めていくだろう。
さいごに
いかがでしたか。
全天候・全時間対応のSAR衛星とAI解析技術の融合は、海上や上空の監視における可能性を大きく広げつつある。SynspectiveのODC Solutionは、広域かつ継続的なモニタリングを実現し、空港や海洋、安全保障、物流といった多様な分野での課題解決に貢献しようとしている。
従来の監視手段では捉えきれなかった状況や動きが、より高い精度と頻度で把握できるようになることで、社会全体のリスク対応力や判断の質は確実に向上していくだろう。
衛星データの活用が日常の意思決定に直結する未来は、すでに目前に迫っている。