
宇宙産業は近年、民間参入の拡大と市場成長を背景に、労働市場としても着実に広がりを見せている。研究開発に限らず、製造、設備運用、事業開発など、宇宙と関わる仕事の幅は以前よりも確実に広がった。
日本国内でも、異業種から宇宙分野へ挑戦する機会が増えつつある。
本記事では、こうした宇宙産業の労働市場の変化を整理した上で、SPACE CONNECTの宇宙記者が注目するニッチだが注目すべき企業を3社紹介する。
目次
宇宙産業における労働市場の拡大
宇宙産業は、もはや一部の研究者や限られた専門職だけで構成される世界ではない。この傾向は世界的に共通しており、日本国内においても例外ではない。近年は、異業種から宇宙分野へ参入する人材や、宇宙関連企業への新規参入者が着実に増加している。研究開発や製造に加え、ソフトウェア、事業開発、管理部門まで含めて受け入れ領域が拡大したことが、こうした人材流入を後押ししている。
背景には、国として宇宙産業を明確に「成長産業」と位置づけてきた政策的後押しがある。政府の各種計画では、技術開発だけでなく、人材の確保・育成が重要テーマとして繰り返し言及されてきた。これは裏を返せば、産業の成長スピードに対して人材供給が追いついていないことを示唆している。
こうした流れを受け、JAXAをはじめとする公的機関でも、民間企業での経験を持つ人材を対象としたキャリア採用が常態化した。宇宙分野の専門知識を持たない人材であっても、エンジニアリング、品質管理、調達、法務、経営企画といった分野での実務経験が評価され、採用につながるケースは少なくない。宇宙産業が「新卒一括・研究畑中心」の世界から脱しつつあることは、現場レベルでも実感できる。

また、日本国内の宇宙関連企業数はこの10年で大きく増加しており、それに伴って雇用の受け皿が広がったことも要因の1つであろう。いわゆる宇宙スタートアップだけでなく、素材、部品、精密加工、システム開発といった分野で、従来は宇宙と直接結びついていなかった企業が、サプライチェーンの一角として宇宙事業に参入している。結果として、宇宙専業企業に転職することだけでなく、自分の専門性を生かしたまま宇宙産業に関わるという選択肢が現実的に増えてきた。
また知ってもらいたい要素の1つとして、日本の宇宙産業を実際に支えているのは、名前のよく知られた大企業や話題性のあるスタートアップだけではない。
長年培った高度な基盤技術を宇宙へと転用する老舗企業や、専門性に特化して宇宙開発の現場を支え続けるプロフェッショナル集団、そして特定のミッションを完遂するために組織された技術集団など、多様な形態のプレイヤーが共存している。
目立つ発信こそ少ないかもしれないが、実利を伴うキャリア形成の場として、また宇宙開発の最前線に深く関与できる環境として、こうした企業や組織の存続が日本の宇宙産業を発展させる上では重要である。
宇宙ライターが選ぶ、ニッチだが注目すべき企業3選
上記背景から、部品技術、インフラ運用、将来構想といった3つの大きな役割を担う会社の具体例として、派手ではないが、注目すべき企業を3社ご紹介する。
イーグル工業
イーグル工業株式会社(英:Eagle Industry Co., Ltd.、以下『イーグル工業』)は、流体制御技術の核となるシール製品において世界有数のシェアを持つメーカーである。同社の宇宙事業における最大の技術的特徴は、ロケットエンジンのターボポンプ等に使用される「メカニカルシール」の開発・製造だ。
メカニカルシールとは、ポンプやコンプレッサーなどの回転機械の動力を伝える軸部分(シャフト)に設置されるパッキン部品の一種である。自動車、船舶、ロケット、産業プラント用設備から住宅用設備まで、様々な場面で使用されている。
この部品には、液体水素(-253℃)や液体酸素といった極低温環境下で、回転数が毎分数万回に達する高速回転軸を完全に密封する性能が求められる。同社は、1970年代の「N-Iロケット」開発から現在に至るまで、日本の基幹ロケット開発に一貫して参画しており、H3ロケットにおいてもその技術が採用されている。
技術的な面白さは、摩擦熱による摩耗と極低温による収縮という相反する物理現象を制御し、宇宙という極限環境下で一滴の漏れも許さない精密な摺動面(しゅうどうめん)設計を追求している点にある。
オーレオンスペースシステムズ
オーレオンスペースシステムズ株式会社(英:Aureon Space Systems、以下『オーレオンスペース』)は、宇宙資源のその場利用(ISRU)や宇宙空間内での資源ロジスティクスを前提とした次世代宇宙インフラの構想設計・研究開発を目的として設立されたスタートアップである。
小惑星などの宇宙資源を前提とした新しい宇宙インフラの構築を掲げ、従来の宇宙開発とは異なるアプローチに取り組んでいる。

同社の事業の中心にあるのは、機体に大量の燃料を搭載することを前提としない推進・輸送の考え方とのことだ。宇宙空間に存在する資源や、太陽光などの外部電力を活用することで、宇宙活動の持続性と経済性を高めることを目指している。この発想は、地球からの打ち上げコストや物理的な制約が、宇宙開発全体のボトルネックとなってきた現状を踏まえたものだ。
また、オーレオンスペースは、将来的な宇宙資源流通や物流インフラの基盤づくりを視野に入れている。単発の探査ミッションにとどまらず、資源の取得・移動・活用が連続的に行われる宇宙経済の成立を見据え、そのために必要となる技術や仕組みの研究開発を進めている点が特徴である。
現時点では、詳細な推進方式や使用する具体的な物質については限定的な情報公開にとどまっている。しかし、燃料を積んで飛ぶという従来の常識を問い直し、宇宙を前提とした設計思想そのものを変えようとしている点に、同社の思想的な核心があると言えるだろう。
コスモテック
株式会社コスモテック(英:COSMOTEC Co.,Ltd.、以下『コスモテック』)は、1975年の設立以来、JAXAの宇宙センターにおける設備運用や保全業務を担ってきた企業である。種子島宇宙センターや筑波宇宙センター、内之浦宇宙空間観測所などで、ロケット打上げや人工衛星開発を支える地上設備の管理・運用を行っている。
同社の役割は、ロケットや衛星そのものを開発することではない。電力や高圧ガス設備、射場設備といった基盤インフラを安全かつ確実に維持し、打上げや試験が滞りなく進む環境を整えることにある。数多くの設備を日常的に点検・管理し、異常があれば即座に対応する。そうした積み重ねが、宇宙開発の信頼性を支えている。
また、宇宙分野で培った設備保全や高圧ガス管理の技術は、民間分野にも応用されており、近年は民間ロケットや宇宙港関連の取り組みにも関わり始めている。現場を確実に動かす力こそが、コスモテックの価値であると言えるだろう。
コスモテックは、「宇宙開発が失敗しないための現場」を専門に担う、日本でも数少ない実装型インフラ企業であると考えてもらえると理解してもらいやすいだろう。
さいごに
日本の航空・宇宙業界が活況を呈していることは事実である。一方で、企業ごとの情報発信力やマーケティングの巧拙によって、認知や評価に大きな差が生じているのもまた現実である。その結果、発信力の強い企業ばかりが注目され、転職や企業選定の視野が必要以上に狭まっているケースも少なくない。
本来重要なのは、外部のイメージに左右されることではなく、自身の強みや実務経験を冷静に整理した上で、宇宙産業の中でどのポジションが価値を生み、どの業務に関与すべきかを見極めることである。こうした視点を欠いたままでは、個人のキャリア形成だけでなく、産業全体としての人材配置の最適化も進まず、持続的な発展にはつながりにくい。
もっとも、宇宙産業は独特の構造や専門用語、関係プレイヤーが多く、転職を意識し始めた段階では全体像を把握しづらい業界である。本記事を通じて、どのような職種が存在し、どのような企業が産業を構成し、自身の経験がどこで生かし得るのかといった基本的な整理に繋がったのなら嬉しい限りである。
宣伝
宇宙業界への転職を具体的に検討する際には、業界構造やキャリアの考え方を体系的に整理した入門ガイドを併せて参照することをおすすめする。以下のガイドでは、宇宙産業の全体像から職種ごとの特徴、転職時に押さえるべき視点までが網羅的に整理されており、業界理解を深める上で有効な内容となっている。





