Starlink×水産業 ~元JAXA研究員設立の「ウミトロン」が国内初の挑戦
©Space Connect株式会社

2024年12月20日、水産養殖×テクノロジーに取り組むウミトロン株式会社が、KDDI株式会社と協働し、同年11月29日よりStarlinkを活用した真鯛の遠隔養殖実証調査を開始したことを発表した。

この取り組みは、海面養殖場でStarlinkを活用した国内初の実証事例である。

本記事では、低軌道衛星通信の地上における活用事例として、同社の取り組みについて企業概要とともにご紹介する。

ウミトロンとは

ウミトロンは、成長を続ける水産養殖にテクノロジーを用いることで、将来人類が直面する食料問題と環境問題の解決に取り組むスタートアップ企業である。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)での人工衛星研究開発経験を持つ藤原 謙 氏と、九州大学にて超小型衛星開発経験を持つ山田 雅彦 氏により、2016年に設立。

シンガポールと日本に拠点を持ち、衛星リモートセンシング、IoT、機械学習等を水産養殖に用いることで、海の持続可能な開発と魚の安全・安定供給の実現を目指している

衛星データを活用したサービスを開発

同社は水産養殖に関わる生産・コスト管理サービスや魚群行動の解析サービス、大規模養殖事業者向けの給餌最適化サービスなど、様々なサービスを開発している。

その中でも、特に衛星データを活用したサービスには以下のようなものが挙げられる。

高解像度海洋データサービス

1つは、衛星リモートセンシング技術を活用した水産養殖向け高解像度海洋データサービス「UMITRON PULSE」

このサービスは、給餌や採苗、出荷時期の判断などの養殖事業者の業務に影響を与える、水温、酸素濃度、海流などの複数の海洋環境データを世界中で利用できるようにするものだ。

UMITRON PULSEでは、当日付の海洋データに加え、過去2年間のデータや2日先の予測データを取得可能。

これにより、日々の推移をグラフ化して複数のパラメータを比較したり、異なる地点間でのデータ比較を行うことができる。

このような機能により、養殖事業者はより正確で効率的に給餌量や出荷時期等の判断を下すことが可能となる。

UMITRON PULSEの酸素濃度データ
UMITRON PULSEの酸素濃度データ ©ウミトロン株式会社

ブルーカーボンのポテンシャル評価サービス

もう1つは、衛星データを活用して自治体沿岸の藻場・海草の生育エリアと、ブルーカーボンの蓄積量を推定するサービスである。

ブルーカーボンは藻場や浅瀬等の海洋生態系に取り込まれた炭素のことであり、地球温暖化対策と海洋環境や生態系の保全に役立っている。

近年、多くの海岸線を持つ自治体ではブルーカーボンの生成やクレジット化が期待されているが、その一方でどこにブルーカーボンが蓄積されているか、またどこで新たな生育が可能かを把握するのは困難。

現地調査は一部のエリアで行われてきたが、広範な沿岸域に展開するには時間やコストの制約があり、自治体が計画策定に活用できる情報は十分に得られていなかった。

このサービスでは、上記のような課題を解決。

沿岸域において対象となる藻類や海草の生育が確認されているエリアの一部調査を行い、同調査結果からAIによる条件学習を実施。そうして学習させたAIを用いて、同自治体全域の衛星画像から対象の藻類や海草の生育場所の推定を行い、ブルーカーボン蓄積量を推定する。

さらに、衛星・水深データ及び現地取得の補正データを活用し、生育活動が可能である可能性が高いエリアをマッピングする機能も有している。

この結果をもとに藻類や海草の生育を進めることで、より多くのブルーカーボン生成に期待できるのだ。

ブルーカーボンポテンシャル評価事例
ブルーカーボンポテンシャル評価事例 ©ウミトロン株式会社

国内初!Starlinkを活用した水産養殖

ご紹介したように、ウミトロンはこれまで、衛星データ解析を含む様々なテクノロジーを活用することで水産養殖を支援するためのサービスをいくつも開発してきた。

今回はKDDIと協働して低軌道通信衛星「Starlink」を国内で初めて水産養殖に活用し、業界の課題解決を目指す。

事業の背景と概要

この事業では、離島や通信環境が整っていない海域での遠隔養殖の実現を目指す。

近年、離島では若者の島外流出や高齢化による労働力不足により養殖事業者の経営体数は減少し続けているなど、労働力不足が喫緊の課題となっている。また養殖に必要な飼料の島への運送費が高額になり、また生簀が遠方であることにより船の移動コストも高くなる傾向にある。

この課題に対して、スマートデバイスを活用することは解決策の一つであるが、通信システムが不十分な場所ではスマートデバイスの活用は難しく、上記の課題を解決するためにその場所の環境に合わせた個別システムを構築したとしても他の場所で同じシステムが活用できるとは限らないため採算性は低下する。

このような状況を打破するため、ウミトロンは、2024年11月29日よりStarlinkを同社開発のAI・IoTスマート給餌機「UMITRON CELL(ウミトロンセル)」に活用し、真鯛の遠隔養殖実証調査を長崎県五島市の島山島にて開始した。

UMITRON CELL
UMITRON CELL ©ウミトロン株式会社

具体的には、Starlinkキット、及びWi-Fiルーターを太陽光発電により駆動させて通信網を構築し、AI・IoTスマート給餌機「UMITRON CELL(ウミトロンセル )」と接続。そして通信環境のない離島の養殖現場においても遠隔でスマートフォンやPCから給餌管理を実施する。

これにより、給餌量最適化、燃料費削減、労働負荷軽減などの経営改善効果を調査するのである。

Starlinkを使用するメリット

Starlinkは、数千機の低軌道衛星コンステレーション(衛星群)によって提供される、次世代の衛星通信サービス。アメリカのSpaceX社が開発しており、従来と比較して高速かつ低遅延のデータ通信を実現している。

衛星通信とは衛星を介することで世界のあらゆる場所に通信サービスを提供する技術であり、1965年頃より利用されてきたが、従来の技術には遅延時間に課題があった。

その理由は、使用する衛星の種類にある。従来は高度約3万6000キロメートルを周回する静止衛星を利用。静止衛星は地上から見て常に同じ位置にあり、特定の地域に対して継続的で安定したサービスを提供できる一方で、地上との距離が遠いため0.6秒以上の遅延が発生する。

静止軌道衛星と低軌道衛星
静止軌道衛星と低軌道衛星 ©Space Connect株式会社

これに対しStarlinkは低軌道の高度約550㎞に位置しており、地球と衛星との距離が近いため、通信の遅延時間を短縮可能。

また、低軌道衛星は様々な国の上空を通過するため地上のあるアンテナと低軌道衛星が通信できる時間は短く、一基あたりの通信可能なエリアも狭いというデメリットもあるが、衛星を多数打ち上げて連携させることでこの課題を解決した。

既に数千機が稼働しており、遅延は0.025秒とほぼなく、受信速度は最大220Mbps、送信速度は最大25Mbpsほど。今回のような地上の通信インフラが整っていない地域でも、高画質の動画をサクサク見れる程の速度を持つ通信サービスを利用できるのだ。

KDDIとの協働でスムーズに導入・運用

Starlinkサービスはさまざまな通信機関が提供しているが、今回ウミトロンと協働するKDDIは日本でいち早くStarlinkに目を付け、Starlinkの通信衛星をau回線として利用するための契約をSpaceXと締結した通信事業者である。

KDDIはこれまで、2022年12月から静岡県の離島である初島にStarlinkのアンテナを設置してサービスを提供するほか、au契約者は無料、au契約者以外は1日あたり780円で利用できる「山小屋Wi-Fi」などのサービスなども提供しており、これまで通信設備を設置できなかった地域にインターネットサービスを拡大。

また、令和6年能登半島地震の復旧支援活動の際には、自治体・自衛隊・電力会社などのインフラ企業向けのほか、能登半島全域に散在する避難所などに合計約700台のStarlinkを提供するなど、日本の通信における様々な課題をStarlinkを用いて解決してきた。

そして今回は、通信環境がない長崎県五島市の島山島にて、真鯛の遠隔養殖実証調査を支援する。

同社は「KDDIは、通信不感エリアとなる海面養殖場において、データ通信を可能とし、遠隔操作による給餌などを実現します。場所にかかわらずに管理可能な環境を構築し、離島における持続可能な産業モデルの構築を目指します。」としている。

さいごに

いかがでしたか。

ウミトロンとKDDIが共同で進める今回の取り組みは、水産業界の課題を解決するだけでなく、離島や通信環境が整っていない地域に新たな可能性を示している。

養殖業者にとっては、通信環境の不備が解消されることで、従来の労働集約型の作業が効率化し、コスト削減や生産性向上が期待される。また、島外からでもスマートフォンやPCを使って給餌管理が可能になることで、これまで人手不足に悩まされていた離島地域にも、若い世代が参入しやすい環境が整備されるだろう。

Starlinkを活用した遠隔養殖という国内初の試みが、今後どのような成果を生み出し、他の地域や国際市場へとどのように広がっていくのか注目である。

参考

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