
2025年7月3日、トヨタ自動車株式会社が宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)と開発を進める月面探査車「ルナクルーザー」に、コニカミノルタ株式会社が技術参画することが発表された。
コピー機や光学機器の技術を持つ同社は、宇宙開発にどのように関わるのか。本記事では、今回の協業理由と、宇宙分野におけるコニカミノルタの歩みについてご紹介する。
目次
ルナクルーザー共同開発へ コニカミノルタの挑戦
月面探査車「ルナクルーザー」について
ルナクルーザーは、2031年以降の打上げを目指して開発が進められている月面探査車である。
車両のサイズは全長6m×全幅5.2m×全高3.8mと、マイクロバス約2台分に相当。内部には約4畳半の居住空間が確保されている。
最大の特徴は、世界で初めて月面での「居住機能」と「移動機能」を兼ね備える点にある。
従来の探査車では居住機能を備えていなかったため、移動中も宇宙服の着用が必要であり、活動時間は宇宙服の稼働限界である約8時間に制約されていた。
一方、ルナクルーザーは居住機能と移動機能を兼ね備えるため、厳しい月面環境の中でも、与圧空間内にておよそ30日間の連続滞在が可能となるように設計されている。
さらに、1万km以上を走破できる性能も求められており、科学調査や資源探査のカバー範囲の拡大と探査効率の飛躍的な向上が期待されているのだ。
コニカミノルタ参画の理由
コニカミノルタがルナクルーザーの開発に参画する理由は、複合機で培ってきた技術を、ルナクルーザーの車体に付着する月の砂(レゴリス)を除去する技術として活用できるからである。
月の地表を覆うレゴリスは静電気を帯びた1mm未満の粒子を多く含んでおり、探査車の車体や機器の表面に付着すると故障や性能低下の原因となる。そのため、長期間の月面探査活動において、レゴリスの除去は非常に重要な課題となっている。
一方、コピー機やプリンターの印刷工程では、静電気を帯びたトナー粒子を紙の正確な位置に転写・定着させると同時に、不要なトナーや微粒子を確実に除去する繊細な制御技術が使用されている。
つまり、コニカミノルタが扱っている複合機には月のレゴリスのような静電気を帯びた粒子を制御する技術が備わっているのである。
このような背景もあり、コニカミノルタは複合機における静電気を帯びた粒子の制御技術を活かし、レゴリスを車体から取り除く「宇宙用ダスト除去装置」をトヨタと共同で開発することとなった。
コニカミノルタの宇宙開発への歩み
コニカミノルタは、これまでにも多様な分野の技術を宇宙開発に応用してきた実績があるので、ご紹介する。
米国初の有人地球周回飛行で使用された記録用カメラの開発
NASAが設立されて間もない1962年、宇宙船「フレンドシップ 7」に搭乗したジョン・グレン飛行士が、アメリカ人として初めて地球周回軌道を飛行し、宇宙から見た地球の撮影に成功した。
そのときに使用されたカメラが、同社の「ミノルタハイマチック」である。
宇宙空間でも確かな性能を発揮したこのカメラは、世界における日本製カメラの評価を大きく変えることとなり、現在も米国ワシントンのスミソニアン博物館に永久所蔵品として展示されている。
史上初の有人月面着陸で使用された露出計
1968年に打ち上げられた米国の月面着陸船であるアポロ8号には、同社が市販していた露出計[*1]を宇宙仕様に改良した「ミノルタスペースメーター」が搭載された。
これは翌年、アポロ11号による人類初の月面着陸でも使用され、光の計測という点で歴史的プロジェクトを裏から支えた。
[*1] レンズに取り込む光の量を決めるために、被写体の明るさを測定する計器
ISSの遠隔操作ロボットにおける物体認識アルゴリズム
時は流れ、2024年には、同社は国際宇宙ステーション(ISS)における遠隔ロボット操作システム「PORTRS」の開発に参画した。
PORTRSは、実験サンプルの搬送や船内の状態確認を自動化し、ISS船内の作業効率化や宇宙飛行士の作業軽減を図るためのシステムだ。
このプロジェクトにおいて、コニカミノルタは地上の生産現場で培ってきた高精度な物体認識技術を応用し、宇宙ロボット用の物体認識アルゴリズムを提供している。
再使用ロケットの点検・整備技術
同じく2024年、JAXAの「革新的将来宇宙輸送システム研究開発プログラム」に採択された。
医療分野で実績のある超音波診断技術を応用し、再使用ロケットに使われるCFRP(炭素繊維強化プラスチック)部材の内部欠陥を検出する超音波非破壊検査技術の研究に取り組んでいるとのことだ。
画像とAIによる外観スクリーニングと、超音波による内部診断を組み合わせることで、迅速かつ正確な機体点検を目指している。
さいごに
かつてカメラや露出計といった光学技術で宇宙に挑んだコニカミノルタは、今後も積極的に宇宙開発に携わる意向を示している。
宇宙といった極限環境で鍛えられた技術は再び地上に戻り、新たな製品や事業のきっかけとなり、こうした技術循環を見据えた開発の姿勢が、今のコニカミノルタを支えているからだ。
同社の執行役員 技術開発本部長である岸恵一氏は、次のように語っている。
弊社カメラが米国宇宙船に搭載され地球の撮影に利用されてから半世紀以上経ちますが、全く分野の異なる複合機の技術がこのような形で宇宙開発プロジェクトに活用されることは光栄であり、このような機会を頂けたことに大変感謝しております。
文化も歴史も異なる新しい形の共創による挑戦が、新たな技術の融合を生み、両社の発展と変革につながることと信じております。コニカミノルタ 執行役員 技術開発本部長 岸恵一氏のコメント抜粋
トヨタ自動車とコニカミノルタの両社は、宇宙用ダスト除去装置の開発で得た成果を地上製品への応用や新たな事業展開にもつなげていく考えも示している。
今後、ルナクルーザーはどのような成果を挙げるのか、引き続き注目していきたい。
参考
コニカミノルタ、トヨタ自動車と有人与圧ローバーに関する共同開発契約を締結(コニカミノルタ, 2025-07-07)
JAXAの「PORTRS」ISS 実証用システムの開発にコニカミノルタは物体認識技術で参加(コニカミノルタ, 2025-07-07)
コニカミノルタ 企業情報 詳しい沿革(コニカミノルタ, 2025-07-07)
なぜ難しい?トヨタとJAXAが開発する有人月面探査車「ルナクルーザー」の重要な開発技術(SPACE CONNECT, 2025-07-07)