衛星を打ち上げる機会の拡充を目指すJAXAのプログラム「JAXA-SMASH」において、衛星の輸送を担当する事業者が選定され、JAXAと事業者が基本協定を締結したことが発表された。
選定されたのは、三井物産エアロスペース株式会社、インターステラテクノロジズ株式会社、スペースワン株式会社、Space BD株式会社の4社である。
本記事では、「JAXA-SMASH」の概要と、打ち上げ輸送サービス事業者として選定された上記の4社についてご紹介します。
「JAXA-SMASH」とは
「JAXA-SMASH」とは、大学、企業、JAXAが連携し、革新技術にも挑戦する超小型衛星ミッションを民間輸送サービスを活用して実現するプログラムだ。
これは、スタートアップ企業の技術開発への挑戦機会の創出と超小型衛星の技術・利用コミュニティ強化に貢献する。
また、このプログラムは今後10年の国の宇宙政策の基本方針を示す「宇宙基本計画」における「中小・スタートアップ企業の宇宙産業への参入促進及び事業化支援」にも寄与する。
宇宙基本計画では、宇宙輸送について、日本の衛星を国内で打ち上げる体制を整えて日本全体の打上げ能力の強化に取り組むことが目指されており、その中でJAXAの役割も重要視されている。
事業創出やオープンイノベーションを喚起するため、JAXAには異業種や中小・スタートアップ企業等との共同研究やパートナーシップ構築の取り組みを強化するとともに、出資機能及び資金供給機能の活用をさらに促進していくことが求められているのだ。
「JAXA-SMASH」は、そのための取り組みの1つである。
JAXAが超小型衛星ミッションを支援
「JAXA-SMASH」ではJAXAによる超小型衛星開発のミッションアイデアの公募が最初に実施される。
採択されたアイデアに基づいてJAXAと提案者が役割と費用を分担。プロジェクトの主体は大学や企業、JAXAは共同研究者として参画し、超小型衛星ミッションを実現する。
アイデアを採択された事業者(3者程度)は、初年度にフィージビリティ・スタディフェーズ(FSフェーズ)にて実現性を検討し、コンセプトを固めてプロジェクト計画と事業化計画を作成。
1年後にJAXAがフェーズ移行審査を実施し、FSフェーズの中から1件が衛星開発フェーズに移行できる。
JAXAは、FSフェーズに最大500万円、衛星開発フェーズに移行したミッションアイデアには5,000万~2億円程度の共同研究費を分担するという。
現在は九州工業大学のミッションが衛星開発フェーズに進んでいるほか、金沢大学と東京工業大学のミッションがFSフェーズに採択されている。
打ち上げ輸送サービス選定
衛星開発フェーズに選定されたミッションアイデアは2年間で超小型衛星を開発する計画となる。
これらの超小型衛星はJAXAが選定した「基本協定締結事業者」が提供する打ち上げ輸送サービスで打ち上げを実施。
衛星を民間事業者のサービスで打ち上げることで、宇宙輸送サービスの事業化を発注契約によって支援する。
衛星の打ち上げが決定したら、打ち上げ衛星毎に設定した条件を基本協定締結事業者に提示し、受注意思のある事業者から1者を選定する流れで発注契約を締結。
選定は、JAXAが示した衛星毎の選定基準に基づき競争的手法により実施するとのこと。
また、基本協定締結事業者は複数、初回公募以降も通年で応募を受け付けているという。
選定された輸送サービス事業者4社
今回、初回応募事業者として協定を締結したのは、小型ロケットを開発する企業2社と、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟からの衛星放出サービスを提供する企業2社である。
インターステラテクノロジズ
インターステラテクノロジズは、低価格で宇宙への人工衛星等の輸送を目指すロケット開発ベンチャー企業。ホリエモンこと堀江貴文氏がファウンダーであることでも有名。
北海道大樹町に本社を置き、東京支社と福島支社、室蘭技術研究所(室蘭工業大学内)の4拠点で開発を進める。
小型ロケット「ZERO」を開発する同社は、今後の発注契約において優先される「打上げ事業者A」として選定された。
ZEROは、民間単独では国内初となる宇宙到達実績のある観測ロケット「MOMO」で得られた知見を土台に、初号機打ち上げを目指して開発が進められている。
基本情報は以下の通り。
- 全長:32m
- 直径:2.3m
- 全備重量:71t
- エンジン基数:1段目9基、2段目1基
- 推進剤:燃料 液化バイオメタン、酸化剤 液体酸素
- 打ち上げ能力:地球低軌道 800㎏、太陽同期軌道 250㎏[*1](将来最大能力)
燃料には扱いやすさや環境性、価格、燃料としての性能、入手性が総合的に優れた液化バイオメタンを使用。
これは家畜のふん尿から製造した液化メタンで、世界で2番目、民間企業としては初めてエンジンの燃焼試験に成功している。
また、ZEROのターゲットとする小型衛星の重量は100㎏~200㎏であるものの、地球低軌道(高度2,000㎞以下)に最大800㎏の衛星を打ち上げることができ、広範な需要に対応可能である。
さらに、ZEROは以下のような工夫により現在1機あたりおよそ15億円の打ち上げ費用を8億円以下(量産時)と低価格化を図っている。
- エンジンシステムなど複雑で高額なコア技術の自社開発
- 設計から製造、試験・評価、打ち上げ運用までを自社で一気通貫させた国内唯一の開発体制
- アビオニクス(電子装置)への民生品活用
加えて、国内やアジア・オセアニア諸国の衛星事業者に対しては、衛星打ち上げが頻繁に行われているアメリカなどの発射場よりも近い場所にあるため、衛星の輸送や移動といった打ち上げまでの手間やコストも抑えることができる。
これらにより、国内だけでなく海外の衛星事業者からも選ばれるような打ち上げロケットの実現が目指されているのだ。
スペースワン
スペースワンは、キヤノン電子株式会社、株式会社IHIエアロスペース、清水建設株式会社、株式会社日本政策投資銀行の4社により設立された企業。
和歌山県串本町の「スペースポート紀伊」を専用の射場として所有する、小型ロケット開発ベンチャーだ。
同社のロケット「カイロス」の基本情報は以下の通り。
- 高さ:約18m
- 重量:約23t
- 直径:約1.35m
- 基本構成と燃料:3つの固体燃料エンジンを搭載した3段式+第4段目に小型衛星を軌道に投入するための液体燃料エンジン(キックステージ、PBS)を搭載
- 打ち上げ能力:地球低軌道(高度500㎞) 250㎏、太陽同期軌道[*1](高度500㎞) 150㎏
同社は世界最高水準の衛星軌道投入精度を実現するため、カイロスの3つの固体エンジンに推力方向制御装置(TVC)、小型衛星が格納されている4段目に追加の推進力を提供するシステム(キックステージ)を搭載している。
固体燃料を利用するロケットは燃料を充填した状態で保管可能。そのため、カイロスは短時間の射場作業での打ち上げを目指している。
また、固体燃料ロケットの構造はシンプルで部品点数も多くないといい、同社はこれの特性を活かして以下のような宇宙輸送サービスの実現を目指している。
- これまで2年程かかっていた衛星打ち上げ契約から打ち上げまでの期間を1年以内に短縮
- 2020年代中に年間20機以上のロケット打ち上げ
- 打ち上げオペレーションを短くし、衛星受領から4日間での打ち上げ
- 固体燃料ロケットならではのシンプルな構造によるさらなる低コスト化
低コスト化に関しては、インターステラテクノロジズ同様、電子機器に自動車用部品等の民生品を活用しているほか、エンジンのモーターケースに炭素繊維強化プラスチックを採用して軽量化するといった工夫もされている。
カイロスは2024年3月に初号機による衛星打ち上げが実施された。結果は失敗であったが、この経験が2号機以降に活かされることへの期待が高まっている。
三井物産エアロスペース
三井物産エアロスペースは、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟からの超小型衛星放出サービスの事業者として、衛星放出サービスのほか、衛星の開発・運用支援を行っている。
衛星開発から放出までのプロセスは約1年程度で、宇宙空間に放出された衛星は半年から1年程度利用可能。
打ち上げの詳細は以下の通りである。
- 軌道傾斜角:51.6°
- 高度:400㎞程度
- サイズ:1~6U(1U=1辺を10㎝とする立方体)、50㎏級
- 打ち上げ時期:毎四半期
- 提供内容:JAXA安全審査対応支援/放出機構への衛星搭載作業/打上射場までの輸送・ロケット搭載/衛星放出
同社は2012年よりサービスの提供を開始し、100%の成功率を誇る。
また、ISSからの衛星放出だけでなく、世界中の様々なロケットの手配の代行サービスも展開。
さらに、衛星打ち上げサービス以外にも、衛星が軌道に投入された後に地上と通信するために必要な地上局(アンテナ)の準備や運用をサポートするサービスや、超小型衛星に搭載できるものならなんでも宇宙に届けることができる「宙配便」サービスなど、宇宙利用に関する様々な事業を展開しているのだ。
Space BD
Space BDも、ISS「きぼう」からの衛星放出サービスを提供する企業。
ローンチサービスとして、H3ロケットへの相乗りや新型宇宙ステーション補給機「HTV-X1」からの衛星放出、その他海外ロケット等の打ち上げ手段も合わせて、これらの中から打ち上げる衛星の仕様や希望の打ち上げ時期・軌道に合わせて最適なものを提案。
低軌道から月周回軌道まで、多様な軌道への衛星投入を可能とする。また、宇宙専門のエンジニアが地上での部品調達から開発、各種試験や技術試験をリードし、軌道上の放出までをワンストップでサポート。
ローンチサービス以外にも、ISSの船外・船内施設を利用して宇宙実験を行うサービスや、商品を宇宙空間に運び、実験を行うことで商品のPRを促すサービス、宇宙を利用した地域コンサル・教育事業など、同社の事業は多岐にわたる。
例えば、新潟県の銅器工房が製造した銅板が数ヶ月間宇宙に晒された後、世界に1点だけの伝統作品として生まれ変わった例がある。また、高校生と共に人工衛星を開発し、その打ち上げと運用を自社サービスで行うプロジェクトが進行中だ。
同社は、宇宙商業利用のリーディングカンパニーとして宇宙の基幹産業化に挑む企業であるのだ。
さいごに
いかがでしたか。
現在、日本のほとんどの衛星は海外のロケットで打ち上げている。
そのため、日本のお金が打ち上げ費用として海外に支払われている状況だ。
この状況を改善するためには、日本の衛星を国内の輸送サービスで打ち上げる体制を整えることが必要なのだ。
また、「JAXA-SMASH」では超小型衛星の開発事業者への支援も行われる。
この機会に、衛星に興味のある事業者の衛星開発に対するハードルが下がることで宇宙を利用する技術が発展し、新たな価値創出や社会貢献に繋がることに期待したい。
注釈
[*1]太陽同期軌道:人工衛星の軌道の一つ。北極と南極の上空を通過して地球を周回しており、その際に太陽の光が常に一定の角度で照射される。同じ地点において同じ時間帯に衛星が通過することが可能。参考
小型ロケットZEROを開発するインターステラテクノロジズ、JAXAと超小型衛星の打上げ輸送サービスに関する基本協定を締結