
2025年12月17日、準天頂衛星システム「みちびき5号機」を搭載したH3ロケット8号機の打上げが、設備系の異常が確認されたため中止となった。 打上げ直前に緊急停止が発動され、現在、関係機関による状況確認が進められている。
本記事では、打上げ中止に至った経緯について会見で示された内容を整理するとともに、打上げ準備期間中に行われた技術的な確認事項について解説する。
目次
打上げ中止の理由
H3ロケット8号機の打上げ中止は、打上げ予定時間の約16.8秒前に射場設備における冷却注水設備の異常が検知されたことによるものだ。
冷却注水設備は、ロケットの打上げ時にエンジン噴射によって発生する高温の排気や、振動・音圧による衝撃から射点設備やロケット・衛星を保護する役割を担う。発射台周辺に大量の水を注入することで、これらの影響を低減する仕組みとなっている。
今回の打上げでは、この冷却注水設備において、注水量が十分に確保されていない可能性を示すデータが検知され、緊急停止となった。 なお、異常の詳細な原因については、現在調査が進められている。
当該設備については、打上げの3日前に点検が行われており、その際には水の噴射試験は実施していないものの、バルブの作動確認などの機能点検では正常であることが確認されていた。 この冷却注水設備は、H3ロケット4号機から使用されている設備である。

打上げ準備期間中の対応事項と関連性
H3ロケット8号機の打上げ準備期間中には、過去のフライトや地上試験を通じて複数の技術的な事象が確認され、それぞれについて原因の分析と対策が進められていた。
以下では、今回の打上げ中止との関係性を整理するため、打上げ前に公表されていた主な事象と対応内容を振り返る。
SRB-3後部アダプタ内温度上昇事象への対応
10月に打ち上げられたH3ロケット7号機(24形態)では、4本の固体ロケットブースタ「SRB-3」が装着されていた。このうち2本は、5号機まででフライト実績のある従来仕様品、残る2本にはコスト低減を目的として設計変更されたサーマルカーテン[*1]が初めて使用された。
7号機打上げ後の詳細な評価の結果、設計変更されたサーマルカーテンを使用した2本のSRB-3において、後部アダプタ内の温度が想定より上昇していたことが確認された。ただし、この温度上昇はSRB-3の機能に影響を及ぼす範囲ではないと評価されている。
温度上昇の原因については、設計変更したサーマルカーテンの気密機能がフライト中に低下し、機体外部の高温ガスがサーマルカーテンを透過して後部アダプタ内に侵入したためと推定された。
この結果を受け、H3ロケット8号機および9号機では、従来仕様のサーマルカーテンを適用する対応が取られている。
[*1]サーマルカーテン:機体の内部を熱から守る断熱シート
慣性センサユニットの一時的な出力データ異常
2025年12月2日に実施されたH3ロケット8号機の最終機能点検において、ロケットの姿勢や加速度を検知する慣性センサユニットから出力される6つの加速度データのうち、1つに一時的な異常値が確認された。
この事象を受け、当初12月7日に予定されていた打上げは延期された。
その後、当該慣性センサユニットを機体から取り外し、分解調査を実施した結果、異常値を出力した加速度計の内部回路の一か所に接触不良があることが判明。温度変化などにより回路の接触状態が変化することで、一時的に異常な出力が発生したと考えられている。
この事象は、製造工程における作業ばらつきにより、きわめてまれに発生するものと評価され、H3ロケット8号機については、環境試験時の生データを含めて健全性が確認された慣性センサユニットへ交換する対応が行われた。
今回の打上げ中止措置との関連性
今回の打上げ中止は、射場設備における冷却注水設備の異常を受けて判断されたものであり、打上げ準備期間中に確認されていたロケット機体側の事象とは関連性がないと考えられる。
SRB-3後部アダプタ内の温度上昇事象については、過去のフライトで確認されたもので、原因の分析と対策が講じられたうえで、8号機では従来仕様部品を適用する対応が取られていた。また、慣性センサユニットの一時的な出力データ異常についても、調査と交換対応が完了し、機体の健全性は確認されている。
今回の中止判断は機体側ではなく、射場設備側の事象に基づくものであり、ロケット機体および準天頂衛星「みちびき5号機」の現状についても、いずれも損傷はなく、健全な状態が保たれている。今後の予定
打上げ中止に伴い、使用予定だった液体酸素および液体水素は廃棄され、H3ロケット8号機の機体は12月17日中に組立棟(VAB)へ戻される予定だ。
今後は、冷却注水設備における異常の原因調査が進められ、必要な対策が講じられる。
できるだけ早期の打上げ再開を目指すとしているが、現時点では詳細な原因が判明していないため、再開時期の見通しは立っていない。
さいごに
ロケット打上げにおいては、安全性を最優先とし、地上段階で異常を確実に検知できることが極めて重要である。打上げ後は人の介入ができない以上、射点設備や機体、運用システムを含めた全体としての健全性が、発射前に確認されていなければならない。
今回のH3ロケット8号機の打上げ中止は、射場設備における異常を打上げ直前に検知し、即座に停止判断が下された事例である。結果として打上げは見送られたものの、設備やロケット、搭載衛星に損傷はなく、安全側に倒した判断が取られた。
また、打上げ準備期間中に確認されていた機体側の事象についても、原因の特定と対策が進められたうえで切り分けが行われており、今回の中止が設備側の問題であることが明確に示されている。
打上げ再開の時期は現時点では未定だが、原因調査と必要な対策を積み重ねることで、信頼性の高い運用につながっていくことが期待される。




