2024年3月25日、文部科学省における宇宙開発に関する重要事項の審議を行う宇宙開発利用部会が行われた。
今回注目すべきは官民連携による、人工衛星(光学衛星)を用いた地球観測事業についての審議である。
光学衛星を用いた地球観測は民間企業と政府の双方にとって重要であることが認識され、政府や宇宙航空研究開発機構(JAXA)が公的投資や技術的支援などを通して民間の事業をサポートすることが望ましいとされた。
本記事では、文部科学省及びJAXAが示す光学観測分野における戦略や目標、さらには光学衛星を開発中の企業3社をご紹介します。
目次
これまでの光学衛星観測事業
光学観測とは、人間の目で感じることができる可視光線を用いて観測する方法である。地球の光学観測を行う光学衛星はデジタルカメラと同様に太陽を光源として地上の様子を撮影する。
これまで日本の光学衛星観測はJAXAが主体となり、地球観測衛星「だいち」(ALOS)シリーズを通じて進められてきた。
2006年から2011年まで運用されたALOSシリーズ初号機「だいち」は光学センサにより当時の世界最高精度である5mの解像度と5mの高さ精度で世界中の陸地の起伏を表現した全世界デジタル3D地図を作成。
また、地表で反射した電波を計測することで昼夜・天候を問わず観測を行うセンサ(SAR)を含む合計3つのセンサを搭載しており、それらのデータは地域観測、災害状況の把握、資源探査など多様な用途で利用された。
このうち、SARによる観測は「だいち2号」に引き継がれ、現在も運用されている。
しかし、光学観測を引き継ぐ予定であった「だいち3号」は、同衛星を搭載していたH3ロケット試験機1号機の打ち上げ失敗により喪失。
その後、文部科学省、JAXAと関係府省庁や民間事業者等がだいち3号の再開発の要否も含め、次期の光学観測の方向性について検討を進めてきた。
官民連携による光学観測事業構想
光学衛星観測の現状
現在、衛星観測は従来の大型観測衛星が提供する広域かつ高精度な観測に加えて、複数の小型観測衛星を連携させて観測を行う「小型衛星コンステレーション」が登場し、高頻度での観測が可能となった。
小型衛星は低コストで開発が可能であり、その結果、世界的に衛星開発と利用の商業化が進み、市場が拡大している。
国際競争が激化する中で、日本もこれまでの技術や新しいスタートアップの技術を活かし。小型衛星の市場を形成していく必要があるのだ。
小型衛星コンステレーションは高頻度(アジャイル)に開発・実証を繰り返すことで、高分解能化や観測幅の拡張等、機能・性能を段階的に向上させることが可能。
同時に十分な数の衛星を打ち上げることで高頻度・高精度の観測を実現可能できるのである。
官民連携による光学観測事業構想の検討
こうした状況を踏まえ、今回の宇宙開発利用部会では以下の内容が検討された。
- これまでJAXA主体で進めてきた光学衛星観測は民間主体の取り組みへとシフト。国・JAXAが民間事業者の技術の高度化を支援する。
- 防災・減災、地理空間情報の整備等の公的ニーズへの対応が早期に必要であるため、分解能40㎝級、観測幅50㎞相当以上となる小型光学衛星コンステレーションを民間主体で2020年代後半までに開発・実証(最優先で実施)
- 上記と同時に、衛星からレーザー光(真っ直ぐに進む強い光)を発射して地表面を照射し、その反射光を観測することで高さ方向の高精度観測(1m級)を可能とする高度計ライダー衛星をJAXA主体で開発
- 2030年頃までにJAXAが高度計ライダー衛星の技術開発・宇宙実証を実施。
- その後、民間事業者の小型光学衛星観測システムに高度計ライダー衛星の観測システムを組み合わせることで、民間事業者が世界最高水準となる3D地形マップの生成技術を獲得。事業創出、国内外でのビジネス展開につなげていく。
- 同時に、1つのシステムで水平鉛直の3D観測が可能な高度計ライダー衛星の実現を目指し、大学・民間事業者等による技術開発や商業化に向けた取り組みを促進する。
また、以下は取り組みのスケジュール案を示した図である。
衛星観測システムへのニーズ
小型光学衛星による高精度な観測システム、高度計ライダー衛星やこれらを組み合わせた3次元地形情報生成技術には様々な需要がある。
以下にその例をご紹介する。
- 地震災害、風水害、火山災害等、各種災害発生時の早期広域把握や重要施設の優先的把握
- 盛土や構造物等の変化状況の把握、土地利用や地形変化状況の把握
- 3D都市モデルの整備・更新(3D電子国土基本図等)
- 森林資源情報の把握や森林の施業状況の把握、病害虫の被害把握
- 農作物の統計情報(作付状況等)の把握、海外農作物の統計情報の把握
- 迅速な観測とデータ提供による安全保障への貢献
- 中山間地域の勾配計測
小型光学衛星を開発する日本の企業3社
実際に小型光学衛星を開発する日本の民間企業のうち、株式会社アクセルスペース、株式会社アークエッジ・スペース、キヤノン電子株式会社について紹介する。
アクセルスペース
アクセルスペースは、2008年に設立された、小型衛星のパイオニアとして業界をリードする日本の宇宙ベンチャー企業。
世界初の民間商用の小型衛星となったウェザーニュース社の「WNISAT-1」を2013年に打ち上げて以来、10機の衛星を開発・製造。
小型衛星に関する知見や技術も自社の衛星を所有する民間企業も少ない時代から、世界の小型衛星市場を築いてきた。
同社の主な事業は2つ。1つは、衛星の受託開発事業を発展させた小型衛星の開発・運用のワンストップサービス「AxelLiner」。
もう1つは、世界のあらゆる地域を高頻度で観測可能にした次世代地球観測プラットフォーム事業「AxelGlobe」である。
AxelGlobeでは現在5機の人工衛星により同一地点を2日に1回以上の撮影頻度で観測。現時点での分解能は2.5mだ。また、運用する衛星の数は今後増加していく予定である。
アクセルスペースは宇宙産業におけるハードとソフト、どちらの領域においても存在感を強く示している企業なのだ。
アークエッジ・スペース
アークエッジ・スペースは、世界最先端の超小型人工衛星の開発を中心に多種類・複数の人工衛星生産体制を構築している企業。
同社の超小型人工衛星の1つは2リットルペットボトルサイズ(10㎝×10㎝×30㎝)で重さは3kg。世界で初めて長距離で低消費電力の無線通信を実現する技術「LoRa」に成功した東京大学同研究室の衛星をベースに開発している。
また、引き出しサイズ(10㎝×20㎝×30㎝)の超小型衛星も開発しており、地球観測のみならず、深宇宙探査や通信・測位など様々なミッションで活躍。すでに受注実績もある他、2025年までに7機の衛星によるコンステレーションの構築を目指す。
また、昨年にはスタートアップによる研究開発とその成果の社会実装を国が一貫して支援することで、日本のイノベーション創出を促進することを目的としたSBIR事業に上限35億円で採択。
高精度で細かい画像と色の情報を捉えることができるカメラを持った人工衛星を開発し、気候変動対策やESG投資等への衛星データ活用、社会実装の加速や三次元地理空間情報の生成を目指している。
キヤノン電子
キヤノン電子は、自社グループのカメラ技術を活かして衛星開発を行っている。
現在は3機の小型衛星を運用。地球表面や宇宙空間を高解像度で撮影した画像データを販売している。
2024年2月17日にH3ロケット試験機2号機により打ち上げられた同社の最新の光学衛星は50㎝×50㎝×80㎝というサイズで、質量は70㎏。
望遠と広角の2台のカメラを搭載しており、望遠カメラは口径400㎜望遠鏡とキヤノン製ミラーレスカメラEOSR5を合わせたもの。
地上分解能は80㎝、撮影範囲は6.5㎞×4.3㎞となっている。今後も複数の衛星の開発を検討しており、将来的にはコンステレーションによる運用を目指している。
また、同社は衛星画像の販売のほか、小型人工衛星の開発・実証経験を生かし、人工衛星の販売や人工衛星搭載用望遠鏡の販売も行っている。
さいごに
いかがでしたか。
今回の宇宙開発利用部会における審議は、日本の宇宙産業にとって新たな展開の可能性を示している。
光学衛星による地球観測技術の進化とその事業展開は、民間企業の革新的な技術と公的機関のサポートが融合することで、より高い価値を生み出すことが期待される。
特に、小型衛星コンステレーションによる高頻度・高精度観測と、高度計ライダー衛星による3次元地形情報の生成技術は、災害対応、地理空間情報の整備など幅広い分野に貢献する可能性を秘める。
この記事を通じて紹介されたアクセルスペース、アークエッジ・スペース、キヤノン電子などの企業は、それぞれが特色ある技術とサービスで宇宙産業に貢献しており、今後の宇宙開発と利用の進展に大きく寄与するだろう。