2024年2月28日、東日本大震災と原発事故で大きな被害を受けた福島県沿岸部、通称「浜通り」地域等の産業回復を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」のメディア発表会が実施された。
同プロジェクトでは、「廃炉」「ロボット・ドローン」「エネルギー・環境・リサイクル」「農林水産業」「医療関連」「航空宇宙」の6つの重点分野の産業集積を目指し、補助金や人材確保などベンチャー・スタートアップ支援に力を入れている。
本記事では、「廃炉」、「宇宙」に焦点を当て、大震災後に技術開発・実装が加速しているディープテックベンチャー4社をご紹介します。
福島と廃炉・宇宙産業
東日本大震災原子力災害からまもなく13年。被災した浜通り地域の産業の復興に向けて、福島県では様々な取り組みが実施されている。
その中で、陸海空のロボットの実証実験ができる福島ロボットテストフィールドがある南相馬市を中心に、航空宇宙関連企業が浜通り地域に集結し始めている。
日本には宇宙製品のテストをできる施設が少なく、申し込みから利用までに長い期間を要したり、コストや故障のリスクを背負って製品を運ぶ必要があったりするため、拠点近くの実験施設の存在は宇宙企業にとってメリットだ。
さらに、福島ではチャレンジをしていただくための支援制度も豊富で、全国でも有数の支援策に加えて産業集積を支える人材育成にも注力している点も強みである。
また、宇宙に行く製品は宇宙放射線に耐えられるようなものでなければならないため、原発事故により浜通り地域で発展している廃炉分野の技術と関連性が強い。
この地域において、廃炉関連産業と宇宙産業はその相互的な発展に期待できるのだ。
震災が生んだ福島のベンチャー企業4社
大熊ダイヤモンドデバイス株式会社
大熊ダイヤモンドデバイス株式会社とは、福島第一原子力発電所の廃炉事業を中心に、世界初のダイヤモンド半導体の社会実装により、イノベーションの実現を目指す企業である。
半導体とは電流の流れを精密に制御することができる装置で、コンピューター、温度や光などを検出するセンサー、携帯電話などの通信機器など私たちの身の回りの多くのものに使用されている。
ダイヤモンド半導体とは、その名に相応しい「究極の半導体」。特に以下の4つの点に関して、他の追随を許さない圧倒的な性能を持っている。
- より高温な環境下でも機能する(耐高温性)
- 放射線環境下でも機能する(耐放射線性)
- 高速・高出力で大容量のデータを通信することが可能(高出力・高周波性)
- 低い電力で扱うことが可能(低消費電力性)
ダイヤモンド半導体はこれらの性能により、廃炉関連産業だけでなくエネルギー産業、宇宙産業、通信産業等の今まさに必要とされている分野で活躍することが期待されているのだ。
例えば、原発事故による原子炉内に残る燃料デブリの摘出のためには、300度以上の高温・高放射線下という極限環境でも動作する必要がある。
従来の半導体デバイスでは大型冷却装置や放射線をガードする装置を必要とするが、ダイヤモンド半導体はそれらを必要としないため、小型で軽量なデブリ摘出システムの生産が可能となる。
また、電気自動車の充電時間を短縮するほか、自動運転やメタバース等の技術革新が進む中で、最大のボトルネックとなっている高速・大容量データ通信を行うためのシステム整備も可能となるなど、ダイヤモンド半導体の存在は、大きな市場で覇権を握る可能性がある。
さらに、半導体の材料としてよく扱われている窒化ガリウムのガリウムは産出国が中国とロシアに偏っているので、世界情勢を考えてもダイヤモンド半導体は重要な技術となっているのだ。
かつてダイヤモンド半導体は研究段階までは進んでいたもののなかなか実用化に至らなかったが、東日本大震災による福島第一原子力発電所の被災によって需要が生まれ、世界初の動作可能なダイヤモンドデバイスの開発が達成された。
大熊ダイヤモンドデバイスは世界で唯一ダイヤモンド半導体の製造ノウハウを保有している企業。技術はほぼ確立されており、2024年度中に実環境で導入可能な製品を製造予定だという。マッハコーポレーション株式会社
マッハコーポレーション株式会社は、半導体メーカーと人工衛星搭載機器のメーカーが合わさってできた企業。
確かな宇宙開発技術で得たノウハウを民生品に移植し、世界でオンリーワンの技術を目指している。同社代表取締役社長の赤塚剛文氏は、星座を見て自分の位置を把握する小惑星探査機「はやぶさ」を開発していた方だ。
マッハコーポレーションでは主に宇宙放射線が飛び交う宇宙環境下でも機能する人工衛星用カメラの製造技術を活かし、震災後からJAXAとともに廃炉に必要な耐放射線カメラの開発に従事。
宇宙よりも放射線量が多い原子炉内でも使用可能な半導体センサーの開発から始め、その後耐放射線のカラーカメラを実現した。
現在は、宇宙産業でも廃炉関連産業でも同社の耐放射線カメラが活躍している。
赤塚氏は同社の技術について以下のように述べた。
半導体・光センサーは圧倒的に日本が進んでいます。勝てるフィールドで勝たなければ世界に太刀打ちできません。
光センサーは日本が圧倒的に強く、中国、韓国、台湾が作れないものもあります。これを作ることで色々な製品が生まれます。
福島で我々が光センサーを作ることで色々な産業を呼び、アメリカのシリコンバレーのような環境にすることを目指しています。
マッハコーポレーション株式会社 代表取締役社長 赤塚 剛文氏
同社のカメラは、耐放射線カメラとして世界的にもライバルが不在のオンリーワンの製品と評価されてるという。
はやぶさや人工衛星に搭載されるカメラとセンサーを作り続けた日本の唯一の技術力があるからこそ、新しいイノベーションが起きる宇宙の街、福島を目指しているのだ。
株式会社ElevationSpace
株式会社ElevationSpaceは「ポストISS(国際宇宙ステーション)」を目指している企業。
同社のミッションは「誰もが宇宙で生活できる世界を創り、人の未来を豊かにする」。
実際に、人類が宇宙で生活する未来に向けて新たな宇宙ステーションの開発や月面開発は世界的に進められているが、食料を作る、発電システムをつくるなど宇宙での人の生活を実現させるには、幅広い知見・技術が必要であり異分野の企業も巻き込んでいく必要があるのだ。
異分野の技術を宇宙産業に持ち込むために欠かせないプロセスが宇宙空間での研究開発や技術実証。
現在このような宇宙実験サービスは主にISSで行われているが、利用可能な頻度が非常に限られる、利用するまでに数年かかる、安全基準が厳しく利用の制約が多いなどとなかなかハードルが高い。さらに、寿命による2030年頃の運用終了も決定している。
そこで、ElevationSpaceは無人の宇宙実験・実証ができる小型衛星「ELS-R」を開発。小型無人の衛星を使用することで従来よりも遥かに高頻度で気軽に宇宙実験をできるサービスの提供を目指す。
そこでコアとなる技術は、日本の民間企業で唯一である宇宙から地球への帰還技術。
衛星が宇宙に打ちあがり、実験が終了した後は高性能なエンジンを利用して地球の狙った場所に帰還。大気圏突入時の高温環境に耐え、パラシュート等を展開して実験を行った部品や機器等を地上で回収する。
ElevationSpace代表取締役CEOの小林稜平氏は、浜通り地域には宇宙産業をやっていけるだけのポテンシャルがあると考えており、以下のように述べた。
正直、まだまだ「宇宙産業といえば浜通り」というわけではないですが、ここから力を入れていけば十分日本の宇宙産業の一大拠点として浜通り地域を盛り上げていくことができると思っています。
ただそのためにはサプライチェーンを作ることが重要だと考えます。
我々自身も量産工場を作っていくことを計画しておりますので、そこに集まってくるサプライヤーの方々を単純に募るだけでなく、宇宙に入っていくような地元の製造業系の企業さんを育てていきたいです。
株式会社ElevationSpace 代表取締役CEO 小林 稜平氏
同社は現在、2026年に打ち上げる初号機ELS-R 100「あおば」の開発に従事。同衛星で技術実証を行った後に2027年から本格的なサービス化に取り組む予定である。
初号機「あおば」は設計部分はほとんど完了しており、設計の検証では複数の実証実験に成功。マイルストーンを順調に達成しているという。
AstroX株式会社
AstroX株式会社は、「誰もが気軽に宇宙を使える未来を創る」をミッションに、気球から打ち上げる小型ロケットを開発する企業だ。
ロケットは人工衛星等の宇宙への輸送手段。現在、人工衛星は技術の進歩とともに小型化・低価格化が進んでおり、1年に何千機も打ち上げられている。
それに伴い、人工衛星を宇宙まで輸送するロケットについても、小型のものの需要が増えている状況である。
そんな宇宙産業だが、実は、日本は宇宙産業のポテンシャルは世界一と言っても過言ではない。ロケットを打ち上げやすい東側と南側が海で開けているという地理的アドバンテージがあり、自動車産業等で培われた技術やサプライチェーンなどもあるからだ。
しかし、圧倒的な打ち上げロケット不足により宇宙産業で世界に後れを取っている。その課題を解決するため、AstroXはロケット開発を始めた。
同社のロケットは、空気の抵抗力が大きな高度が低い部分の脱出を気球で行うことで燃料コストをカット。また、洋上からも打てるので、将来的に高頻度で打ち上げられるのも強みとしている。
そのようなAstroXが福島を選んだ理由は、海に面する地理的ポテンシャルの高さと行政の対応の早さにある。
国や行政との連携が必要な事業の中で、同社が今拠点を置く福島県南相馬氏市はベンチャーのスピード感に合わせて意思決定をしており、ここから何か産業を作れる可能性が高いと感じたという。
同社は現在、衛星を宇宙に輸送するロケット開発の足掛かりとして、まずは高度100㎞の宇宙に行って帰ってくるのみのロケットを開発。
空中で角度を決めて静止させて打ち上げる姿勢制御技術は、気球から打ち上げるロケットの開発がこれまで進められてこなかった理由の1つでもあるコアな技術だが、同社はすでに実験に成功。
小さいサイズのロケットで、高度20㎞から打ち上げた場合に高度100㎞の宇宙空間に届くものは作れており、現在はどんどんそのサイズを大きくして、フルスケールのロケットの開発を行っているとのこと。
2025年度中には宇宙空間へ到達し、2028年度中に衛星を打ち上げるロケットの成功を目指しており、現在の小型ロケットの平均打ち上げ費用の3分の1以下である約5億円以下での打ち上げを目指す。
さいごに
いかがでしたか。
日本は元々半導体技術も宇宙技術も研究段階では強かったが、産業になるとアメリカなどの海外よりも弱い傾向にある。
アメリカは産業ポテンシャルがない段階でも産業化に進むが、日本ではそのような機会が多くはなかった。
福島の廃炉産業は震災によって実需が生まれ、今では廃炉分野にとどまらず世界の覇権を握れる程の技術が発展しつつある。
そのような福島県から、宇宙産業の新たな集約地が生まれるのは自然な流れではないだろうか。
ピンチはチャンス。ベンチャー企業の今後の活躍に大いに期待したい。