
2025年11月27日・28日、羽田イノベーションシティ内のコングレスクエア羽田にて「HANEDA EXPO 2025 ~ミライの空港都市展示~」が開催された。
本稿は、カンファレンスの一つである「空と宇宙の出会う場所――空港が拓く未来像」(2025年11月28日 12:50–13:50)を基に、航空業界の観点から宇宙産業をどう捉えるべきかを整理している。
目次
イベント概要と背景

HANEDA EXPO 2025は、空港・航空分野の技術展示会であると同時に、空港を起点とした新たな産業構造の可能性を提示する場である。空港という社会インフラを基盤に、都市インフラ、交通、観光、まちづくり、不動産、施設運営などを横断的につなぎ、「空港都市(Airport City)」として再定義することが狙いとされている。
こうした背景から、会場ではAIやブロックチェーン、宇宙関連技術といった新領域を、空港運営や周辺産業にどのように結びつけるかについて議論が交わされた。空港を単なる移動拠点ではなく、産業連携のハブとして機能させられるかが、本イベント全体を通じた中心テーマであった。
セッションの概要

本セッション「空と宇宙が出会う場所――空港が拓く未来像」には、宇宙エバンジェリストの青木英剛氏、スカパーJSATの内山浩氏、ANAホールディングスの熊谷大地氏、日本航空の東島誠氏が登壇し、航空業界の立場から宇宙産業の現在地と将来像について議論が行われた。
宇宙エバンジェリスト / 青木英剛氏

航空産業の発展史と宇宙産業の構造は同じ
宇宙エバンジェリストの青木氏は、宇宙産業を個別技術の集合体としてではなく、航空産業が辿ってきた発展プロセスと重ね合わせて捉える視点を提示した。
航空産業は、機体開発に加え、空港運営や周辺インフラ、サービス産業を巻き込みながら拡張してきた背景がある。宇宙産業も同様に打上げや衛星開発単体ではなく、周辺産業との連携が重要になる段階に入りつつあるという認識であり、航空産業を見習うべきであると指摘した。
短期的には、地球観測データや衛星通信といった領域が先行しているが、中長期的には宇宙旅行や探査といった分野が市場として立ち上がる可能性があるとの見解も示した。これらは現時点では構想段階に近く、技術成熟とコスト低下が前提条件になるとのことだ。
日本の宇宙産業が持つ構造的な優位性
青木氏が特に強調した点の一つが、日本の宇宙産業が持つ産業構造上の特徴である。
青木氏の認識では、日本では100社規模、場合によっては130社を超える大企業が、宇宙分野を新規事業として検討・参入しているとされており、これは国際的に見ても特異な状況であるという。
米国では、航空会社が宇宙事業に直接参入するケースは限定的であるのに対し、日本では家電、自動車、重工など、従来は宇宙と直接の関係が薄かった業種も含め、幅広い産業が宇宙分野に関与している点が特徴的である。
また、日本では経営層の理解と現場の意欲が比較的両立しており、「宇宙に関わりたい」という文化的な素地が、結果として産業全体の推進力になっているという指摘もなされた。
青木氏は、このような異業種・多層的なプレイヤー構成こそが、国際連携や長期的な産業形成を前提とする宇宙産業において重要な基盤になると述べた。
スペースポートは「建設」ではなく「設計」が本質
こうした産業構造の文脈の中で、青木氏はスペースポートについても重要な示唆を与えた。
スペースポートは構想自体は数多く存在するものの、単に施設を建設するだけでは産業として成立しない。空港が物流、商業、観光といった機能を集積させることで価値を高めてきたように、スペースポートも周辺を含めた用途設計が不可欠である。
この点において、空港運用や周辺開発のノウハウを持つ航空業界のプレイヤーが、宇宙産業において果たし得る役割は大きいと青木氏は指摘した。
スカパーJSAT/内山浩氏

宇宙ビジネスの価値は「地上側」にある
スカパーJSATの内山氏は、通信衛星事業の経験を踏まえ、宇宙ビジネスの本質は地上側の設計と運用にあると述べた。衛星そのものが注目されがちだが、地球局や運用体制、周波数調整といった要素が整わなければ、事業として成立しないという立場である。
周波数と調整が事業の制約条件になる
宇宙通信と航空通信では使用する周波数帯が異なり、それに伴ってアンテナの設計思想や運用要件も大きく変わる。
航空通信では移動体を対象としたリアルタイム性や冗長性が重視される一方、宇宙通信では、衛星との長距離通信を前提とした指向性の高いアンテナや安定した追尾運用が求められる。
また、電波は有限な共有資源であり、特定の事業者や国が自由に使用できるものではない。
周波数の割当や利用条件については、国際的な枠組みの下で調整が行われており、新たな通信サービスを立ち上げる際には、技術検討と並行して制度面での調整が不可欠となる。
こうした調整プロセスは短期間で完結するものではなく、事業として成立させるには数年単位の時間軸を前提に構想する必要がある点が、内山氏の発言から強調されていた。
空港が宇宙産業の玄関口として機能する
内山氏は、スペースポートについては、離発着拠点に限定せず、通信や管制、データ処理といった運用機能が集積する場として捉えていた。また、宇宙へ向かう人や物の移動は、現実にはハブ空港から始まるため、空港が宇宙産業の玄関口として機能する可能性について青木氏の意見に賛同しつつ言及していたのも印象的であった。
ANAホールディングス/熊谷大地氏

航空業界の危機感が宇宙への視線を生んだ
ANAホールディングスの熊谷大地氏は、航空業界が直面する将来不確実性を背景に、航空と宇宙の距離がビジネスの文脈で急速に縮まりつつあるとの問題意識を示した。
ANAにおいても2018年頃から、現在の航空機や空港を前提としたシステムが、この先も同じ形で持続するとは限らないという危機感が社内で共有され始めていたという。
こうした認識を踏まえ、ANAとしては、①宇宙輸送、②航空機と衛星を組み合わせたデータビジネス、③航空業界で培ってきたサプライチェーンの宇宙分野への転用、という三つの切り口を起点に、段階的な事業展開を構想している。
空港機能の再定義とスペースポート
この問題意識の延長線上にあるのが、空港機能の再定義である。
熊谷氏は、空港とスペースポートは機能的に極めて近い存在であり、航空で蓄積してきた運用や設計の知見は、一定のカスタマイズを前提とすれば宇宙港にも十分適用可能であるとの見解を示した。
課題はルールメイキング
一方で、制度設計の重要性も強調しており、航空分野では長年かけて法体系が整備されてきたが、宇宙分野ではルールを自ら作っていく必要がある。ルールメイキングのノウハウがある航空業界の強みが活かせると同時に産官学が連携した座組づくりが不可欠であるという認識であった。
日本航空/東島誠氏

宇宙は航空の延長線上にある
日本航空の東島氏は、JALが宇宙に取り組む理由を、航空の歴史が辿ってきた進化の延長線上に位置づけて説明した。
かつて飛行機は一部の限られた人々のための移動手段であったが、技術の進展と運用の蓄積、制度整備を通じて、現在では誰もが日常的に利用する社会インフラへと変化してきた。
宇宙においても、同様のプロセスが段階的に進む可能性があるという見方である。
ドローン・航空機・宇宙が連続する世界観
東島氏が描く将来像は、航空と宇宙を明確に切り分けるのではなく、連続した移動・輸送の体系として捉える世界である。すなわちドローン、航空機、ロケット、衛星といった手段は、それぞれ独立した存在ではなく、高度や用途の違いによって役割分担された一連のモビリティとして整理される。
宇宙輸送もまた、突発的な新技術ではなく、航空の次に位置づけられる移動手段の一つとして捉えられているという。
制度と認証が実装の成否を左右する
一方で東島氏は、宇宙輸送を現実の事業として実装する上では、制度と認証が最大のハードルになる点を、青木氏の意見を踏まえて指摘した。
航空機と同様に、宇宙機においても型式認証や各種法規への対応が不可欠であり、さらに複数省庁にまたがる調整が必要となる。こうした制度対応は短期間で解決できるものではなく、技術開発と並行して長期的に取り組むべき課題である。
こういった背景を含めて、宇宙ビジネスを考えるにあたり、JAL単独で完結させるのではなく、スタートアップとの共創や国との連携を前提とした取り組みが不可欠であるとの認識が示された。
宇宙は、技術の先進性以上に、制度設計と関係構築の巧拙が成否を分ける領域であるという点が、東島氏の発言から浮かび上がった。
さいごに
空港は航空機を前提とした既存の社会インフラであり、宇宙港は宇宙輸送を成立させるために新たに設計される拠点である。機体特性や安全要件、制度面を含め、両者は明確に異なる存在であることがわかった。
一方で、両者には共通する構造も見出せる。いずれも単なる離発着の場ではなく、輸送、通信、運用、制度対応といった複数の要素を同時に成立させることで初めて機能する点である。空港が航空機の運航を支えるだけでなく、周辺に産業や人の流れを生み出してきたように、宇宙港もまた、周辺機能との接続を前提に価値が決まる拠点となる。
空港が宇宙産業において果たし得る役割は、単なる宇宙港の代替ではなく、空港がこれまで培ってきた運用、調整、制度対応の知見が、宇宙港という新たな拠点を設計・実装する際の参照モデルとして活用できる点にある。本セッションは、そうした類似点と相違点を踏まえた上で、航空と宇宙をどのように接続していくかを考える内容であった。
補足
本稿では、議論の全体像を立体的に捉えるため、登壇者の役割を意図的に切り分けて整理した。
青木英剛氏の発言は、宇宙産業を取り巻く産業構造や日本のポジションといったマクロ視点を提示するものとして位置づけており、ANAホールディングスおよび日本航空の両氏については、航空会社として宇宙をどのように事業として実装していくのかという実践的な視点に焦点を当てた。スカパーJSATの内山氏については、通信・周波数・地上局といった運用面から宇宙ビジネスを成立させる現実的な論点を示す存在として整理している。こうした観点で読み解くことで、空港を起点とした宇宙産業の構造が、より具体的に浮かび上がると考えたための執筆であったことをご留意いただきたい。




