2024年8月21日、日本電気硝子株式会社は、-40℃~+200℃という、二次電池では世界一広い温度域で動作可能な耐熱仕様の全固体ナトリウムイオン二次電池(NIB)のサンプル出荷を開始したと発表した。
NIBが有する広い動作温度や発火やガスの発生がない安全性は、宇宙分野でも注目の技術である。
本記事では、同社のNIBの特長や技術、そして宇宙領域における可能性についてご紹介する。
二次電池と従来の課題
そもそも二次電池とは、充電が可能で繰り返し使用できる電池のことを指し、携帯電話やノートパソコン、電気自動車など、さまざまな分野で使用されている。
二次電池には主に正極、負極、電解質が含まれており、電解質を通して正極と負極でイオンがやり取りされることで電子が吸収または放出され、充放電がおこる。
現在の主な二次電池としては、鉛蓄電池、ニッケルカドミウム電池、リチウムイオン電池等、その種類は多岐にわたる。
しかし、現在普及している二次電池は、低温では電解液が凍結するという課題が、高温では副反応によって電池内の材料全般が劣化するという課題がある。
性能が良く、現在広く使われているリチウムイオン電池では、動作温度は-20℃~60℃程度であることが多い。
さらに、リチウムイオン電池はレアメタルが使用されているため、将来的に資源が尽きる可能性もある。
世界初の技術!日本電気硝子のNIB
上記の課題解決に向けて、従来に代わる新しい電池として期待されているものの1つがナトリウムイオン電池である。
日本電気硝子の全固体ナトリウムイオン二次電池(NIB)は、世界で初めて電池の主要部材のすべてに結晶化ガラスを用いた二次電池だ。
正極、負極、固体電解質の全てが結晶化ガラスで構成されている。
結晶化ガラスとは
結晶化ガラスは、ガラスと結晶の複合体。
もともとガラスは結晶構造(固体物質で、原子、分子、イオンが規則正しく並んだ構造)を持たないが、特殊な組成・製造工程によってガラス内部に結晶構造をつくることで、従来のガラスでは得られなかった特性が備わったものが結晶化ガラスだ。
代表的な特性としては、急激な温度変化に対する強さがある。
ガラス技術で従来の課題を解決!
日本電気硝子は結晶化ガラスの製品開発にいち早く成功した世界のリーディング企業で、結晶化ガラスの可能性を次々と切り開いてきた。
NIBに関しても、結晶化ガラス技術を使用したことで低温での凍結や高温での劣化に強い耐性を有し、発火やガスの発生もない安全性を獲得。
さらに、同社は今回、上述したNIBの特長を最大限に生かすガラス封着技術を用いた耐熱パッケージを新しく開発した。
ガラス封着とは、対象の製品を損傷や故障の原因となる湿気やガスの漏れや侵入を防いだり、高温など外部の環境から守ったりするために、製品にガラスを密着させて保護する技術だ。
この耐熱パッケージを用いたNIBは、200℃の高温環境下での使用が可能で、200℃を超える温度域に対してもニーズに応じた設計が可能。
短時間であれば、300℃の環境下での使用もできる。
さらに、高温環境下では電池内のイオンの動きが促進されるため、室温では実現できない超高速の充放電が可能だ。
200℃の環境下においては、3分で充放電を完了させることができる。日本電気硝子が開発するNIBの特長
ここまで、日本電気硝子が開発するNIBの特徴を紹介してきたが、これら以外にも非常に多くの強みを持っている。
以下に、その特長をまとめた。
長寿命 | 独自技術によって固体電解質と電極が強固に一体化することで、長寿命な電池を実現。 |
動作温度-40℃〜200℃ | 低温や高温、真空などの過酷な環境下でも産業機器の駆動や大容量データの転送が可能。 ※耐熱パッケージ仕様により100℃超の高温域(~200℃)にも対応。 |
発火や有毒ガス発生のリスクがない | 安全性に優れた固体の酸化物を採用。 液体の電解質を使用しないため「発火リスク」がなく、また硫化物、塩化物、フッ化物等を使用しないため「有毒ガス発生リスク」もない。 |
希少元素を使用しない | リチウム、ニッケル、コバルトなどのレアメタルを使用していない。 |
電池設計の自由度が高い | 集積化・大面積化・大容量化が容易なため、電池設計の自由度が高い。 |
微小電流で充電可能 | 低い充電速度(低レート)でも充電が可能。 微小なエネルギーを電力に変換し活用する技術を組み合わせ、メンテナンスフリーな発電-蓄電システムを実現。 |
過放電耐性が高い | 過放電(設計上の最低電圧よりもさらに放電してしまう状態)に強い材料を使用。 0Vまで放電した場合でも電池は劣化・故障しない。 |
NIBの宇宙業界での可能性は?
宇宙空間でのNIB利用
二次電池は、人工衛星や探査機など、宇宙機の運用に欠かすことができない部品だ。
宇宙機は、太陽光が当たる場所では太陽電池により発電した電気を利用し、その余剰エネルギーを二次電池に蓄積。しかし、太陽の光が当たらない場所では発電できないため、蓄えた電力が頼りとなる。
従来の多くの電池は使用温度領域が狭いため、宇宙機の設備内部に設置され、温度を管理しながら使用されてきた。
その中で、2022年8月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)と日立造船株式会社が実施した-40℃~120℃で使用可能な全固体リチウムイオン電池の実証実験では、世界で初めて宇宙環境で充放電できたことが確認されている。
日本電気硝子のNIBはこれよりも広い温度範囲で使用可能で、外部環境が過酷でも動作する特長を持つため、温度管理のための設備を使用しなくても宇宙で使用できる可能性がある。
これにより、宇宙機全体の小型・軽量化や低消費電力化が期待できるのだ。
日本電気硝子NIBの可能性
また、今年1月に月面着陸した月着陸機「SLIM」では、月面着陸後に太陽電池の発電を確認できなかったため、復旧運用時に過放電で機能を喪失したバッテリーで再起動が阻害される事態を避けるためにバッテリーを切り離すこととなった。
しかし、日本電気硝子のNIBは過放電に強い耐性を持つため、切り離すことなく使用し続けられる可能性があると考えられる。
日本電気硝子は、全固体ナトリウムイオン二次電池の商用化を積極的に進めており、今回のサンプル出荷を経て、宇宙分野を含めた更に幅広い用途への展開を目指しているのだ。
さいごに
いかがでしたか。
日本電気硝子が開発した全固体ナトリウムイオン二次電池(NIB)は、従来の二次電池が持つ課題を克服し、幅広い温度範囲での使用が可能なことから、宇宙産業における次世代のエネルギーソリューションとして大きな期待を寄せられている。
その優れた特性は、人工衛星や探査機など、過酷な環境下での信頼性を求められる宇宙機器において、これまでにない可能性を切り開くだろう。
また、宇宙産業以外にも、半導体製造や医療・環境機器等の分野で、その高い耐熱性や安全性が大いに活躍されると考えられる。
レアメタルを使用しない環境に優しい電池として、持続可能な社会の実現にも貢献できるだろう。
今後も、日本電気硝子のNIBがどのように進化し、宇宙産業を含むさまざまな分野での応用が進むのか注目だ。