2024年6月21日、日本の宇宙ベンチャー企業であるインターステラテクノロジズ株式会社(IST)が、総務省の「電波資源拡大の研究開発」に関わる提案公募に採択されたことを発表した。
同社はこの公募において、低軌道衛星と地上端末を直接つなぐ衛星通信の実現に向けて、多数の超超小型衛星によるフォーメーションフライト(編隊飛行)全体を大型のアンテナとして機能させるための技術の確立を目指している。
本記事では、インターステラテクノロジズが目指す次世代衛星通信技術についてご紹介。SpaceX社の衛星通信「Starlink」と比較したメリットについても解説します。
衛星通信とコンステレーション
どこでも使える高速衛星通信の始まり
近年、「衛星コンステレーション」による高速衛星通信技術の登場は、通信業界に大きな変革をもたらしている。
衛星コンステレーションとは、多数の小型衛星を高度2,000㎞以下の低軌道に配置し、連携させて一体的に運用する技術だ。
通常、低軌道の衛星は約90分で地球を一周し、1つの地上アンテナとはおよそ10分程度しか通信時間を確保できないが、コンステレーションでは多数の衛星を運用することで、地上アンテナとの通信頻度を高め、合計の通信時間を大きくすることができる。
従来の高度約3万6,000㎞の静止衛星を利用する衛星通信では、継続的で安定したサービスを提供可能であるが、地上と衛星との距離が遠いため0.6秒以上の遅延が発生。
対して、衛星コンステレーションによる衛星通信は地球と衛星が近いため通信の遅延時間を短縮可能で、高速インターネットやリアルタイム通信に適した通信サービスを提供できる。
この分野において、世界初かつ最大の衛星コンステレーションとして特に注目を集めているのが、SpaceXが展開する「Starlink」だ。
「Starlink」は6,000機以上の衛星で地球全体をカバーしており、地上のインターネット接続が困難な地域や、既存のインフラが整っていない地域にもインターネット通信を提供可能である。
スマホと直接繋がる次世代衛星通信の実現へ
コンステレーションによる衛星通信技術は、SpaceXだけでなく、世界中で様々な企業・機関が開発を進めている。
そして現在は、専用の地上アンテナを必要とせず、スマートフォンなどの地上端末と直接つなぐことができる次世代衛星通信を実現するための検討が始まっている。
一般的な衛星通信では、人工衛星が受発信する電波は地上端末が利用している電波と異なるものであるため、衛星インターネットを利用するには専用のアンテナが必要となる。
しかし、衛星も地上の電波を利用できるように開発することで専用アンテナを不要とする、直接通信の衛星インターネットが利用可能となるのだ。
これまで、楽天モバイル株式会社と戦略的パートナーシップを結ぶ米AST SpaceMobile社が2023年4月に低軌道衛星通信を使用した市販のスマートフォン同士での音声通話試験に世界で初めて成功。
同社はその後、5G接続にも世界で初めて成功しており、日本では2026年内に衛星と携帯電話の直接通信による衛星通信サービスを提供予定となっている。
また、Starlinkも2024年1月以降、地上端末と直接通信可能な衛星を打ち上げており、SMSの送受信に成功している。
ISTが目指す衛星通信技術
インターステラテクノロジズとは
インターステラテクノロジズは、低価格で便利な宇宙輸送サービスを提供することで、誰もが宇宙に手が届く未来の実現を目指すスタートアップ企業だ。
観測ロケットMOMOでこれまでに計3回、国内民間企業単独として初めて且つ唯一の宇宙空間到達を達成。
現在は次世代機となる小型人工衛星打上げロケットZEROの開発を本格化させている。
また、人工衛星開発事業Our Starsも手がけており、国内初のロケット×人工衛星の垂直統合サービスを目指している。
多数の超超小型衛星の編隊を1つの大型アンテナに!?
同社は、Our Starsにおいて「通信に革新をおこす世界初の新技術 “衛星通信3.0”」としてフォーメーションフライト(編隊飛行)による衛星通信サービスを開発している。
この衛星通信サービスではピンポン玉サイズの超小型衛星 数千個を編隊飛行させ、宇宙に巨大なアンテナを形成する次世代技術を研究。
この技術と衛星通信コンステレーションを組み合わせることで、スマートフォンのような小型デバイスで衛星と直接通信できる次世代「衛星通信3.0」の実用化を目指している。
今回、同社が総務省による公募で採択されたテーマでは、このサービスを実現するための基礎技術の確立を目的としている。
Starlinkと比較したフォーメーションフライトのメリット
同社のフォーメーションフライトを利用した衛星通信技術は、Starlinkのような現在の衛星コンステレーションのみによる通信技術と比較して、以下のようなメリットがある。
優れた性能を実現
まずは、その高い性能である。
Starlinkのような衛星コンステレーションでは、地球全体を衛星でカバーし、地球と通信を行う。
それぞれの衛星は「守備範囲を分担」し、補完。1つ1つの衛星の性能は上がらない。
一方、インターステラテクノロジズのフォーメーションフライトを利用した衛星通信では、複数の衛星が協力することで、大型衛星以上の性能を達成できる。
専用のアンテナが不要なだけでなく、従来の衛星通信では達成できない、地上通信網と同等の高速大容量および多数同時接続の実現を見据えている。
保守性が高く、長寿命
次に、保守性である。
Starlinkでは、一部の衛星が破損した場合、その衛星が担当している範囲の通信機能が失われることになり、その結果として通信に遅延が生じるなど性能が維持できない場合がある。
一方、フォーメーションフライトの場合、多数の超超小型衛星で1つの大きなアンテナを構築しているため、いくつかの衛星が壊れても全体の機能は維持されるのだ。
限られた電波資源の有効利用にも
さいごに、フォーメーションフライトによる衛星通信技術は、電波の有効利用といった面でも利点がある。
電波は有限な資源と言われており、理由として周波数ごとに性質が異なり目的によって利用できる周波数は限られていること、同じ地域で同じ周波数を使用すると混信してしまうことが挙げられる。
Starlink衛星は衛星用の電波を使用しているが、インターステラテクノロジズの目指す衛星通信サービスでは、スマートフォンなど地上端末の電波の周波数を共用するため、限られた電波資源を有効に利用できるのだ。
ロケット会社が衛星事業を有する強み
インターステラテクノロジズは、今回の総務省の公募における研究を通じて人工衛星開発を加速させ、ロケット会社が人工衛星事業を有するという垂直統合の強みをより一層発揮していくとしている。
このような「ロケット×人工衛星」の垂直統合サービスは、SpaceX×スターリンク、Blue Origin×Project Kuiper、Rocket Lab×Photonなど、世界でも活発だ。
その理由として、ロケット会社が人工衛星事業を行うことには以下のような利点がある。
- 自社のロケットで輸送しやすい衛星を開発することで、低価格を実現
- 自社の衛星を自社のロケットで迅速に打ち上げることが可能
- 超低高度など、特殊な軌道にも衛星を輸送できる。
インターステラテクノロジズ株式会社 代表取締役 CEOの稲川 貴大氏は以下のように述べている。
衛星通信市場は今後の爆発的拡大が予想されており、我々の強みであるロケット事業とのシナジーを最大化するうえで最適な事業領域です。フォーメーションフライトによるアンテナ構築というアイディアの先進性が評価され、このたび、専門の先生方との連携のもと次々世代衛星通信技術の研究開発に取り組む機会をいただいたことを感謝しています。
通信領域における日本のプレゼンス向上に貢献できるよう全力を尽くします。
インターステラテクノロジズ株式会社 代表取締役 CEOの稲川 貴大氏
さいごに
いかがでしたか。
インターステラテクノロジズの次世代衛星通信技術は、性能や保守性の点でStarlinkを超える可能性のある技術だ。
同社によると、今回の研究開発の受託金額は初年度上限2.7億円、期間は3か年とのこと。
岩手大学、大阪大学、東京工業大学、奈良先端科学技術大学院大学、新潟大学の5大学とともに同研究を実施するという。
同研究の今後の進展に注目だ。