
株式会社アイネット(以下、アイネット)は2025年10月29日、広島県呉市および広島大学が推進する「令和7年度 海洋・海事分野共同研究プロジェクト」において、同社が参画する研究開発テーマが採択されたと発表した。
本プロジェクトでは、衛星データとIoT技術を活用してカキ養殖の環境や生育状況を可視化し、AI技術によって検出精度を高めることで、最適なカキ筏[*1]の管理および効率的な漁業運営の実現を目指す。
本記事では、その背景と技術的特徴を整理する。
[*1] カキ筏(かきいかだ):海面に浮かべた台(筏)にカキ(牡蠣)を吊るして養殖する仕組み
アイネットについて
株式会社アイネット(東証プライム:9600)は、神奈川県横浜市に本社を置く独立系ITサービスプロバイダーである。創業以来、業務システム、クラウド、データセンター、BPOサービスをワンストップで提供し、情報処理サービスを基盤に着実な成長を遂げてきた。
老舗の上場企業でありながら、AI・IoT・データアナリティクスなどの先端領域にも積極的に取り組み、特に宇宙分野では1977年から衛星運用業務に携わるなど長年の実績を有する。
人工衛星や探査機の設計、運用、解析を、ハードウェア・ソフトウェア・データセンターの三位一体で支援できる点が大きな特徴である。
横浜には自社データセンターを4棟展開しており、2026年には次世代拠点「inet annexデータセンター(仮称)」の開設を予定。宇宙データなど高信頼性を要する領域にも対応可能なインフラ基盤の整備を進めている。
近年は「センシングビジネス本部」を新設し、IoTと宇宙ソリューションを融合した新規事業を推進。2025年には全日空商事と衛星サプライチェーン強化に関する業務提携を締結するなど、産業横断的な連携にも注力している。
JAXAなどの大手宇宙機関との協業はもちろんのこと、民間宇宙ベンチャーとの協業も拡大しており、老舗企業でありながら新たな挑戦を恐れず、技術力と実行力の双方で存在感を高めている稀有な宇宙企業と言える。
プロジェクトの背景 ― 呉市の海と課題
今回、アイネットが参画する本プロジェクトの目的は、船舶とカキ筏の衝突事故を防ぎ、海上の安全確保と漁業の効率化を両立させることにある。
背景にあるのは、広島県呉市が抱える現実的な課題だ。
広島湾、特に呉市周辺海域は全国有数のカキ養殖地として知られるが、夜間や濃霧時には船舶とカキ筏の衝突事故がたびたび発生し、漁業者・船舶運航者の双方に深刻な被害をもたらしている。
現行の海図ではカキ筏の正確な位置をリアルタイムで把握できず、行政もその総数や配置状況を正確に管理できていないのが実情である。
こうした課題を受け、本プロジェクトでは衛星・AI・IoTを組み合わせた「カキ筏の見える化」の実現に挑んでいる。
プロジェクト概要と特徴
概要
本プロジェクトの研究テーマは、「衛星リモートセンシングと現場デバイス連携によるカキ筏の最適管理および航行安全支援システムの開発」である。
広島大学、シーテックヒロシマ、マリンクラフト風の子、そしてアイネットの4者が、それぞれの専門領域を生かして共同で研究開発を進める。
衛星データ・AI・IoT技術を組み合わせることで、カキ筏の位置や稼働状況を高精度に把握し、船舶との衝突を未然に防ぐことで海上の安全確保を目指す。
また、養殖環境のモニタリング精度向上による資源の最適利用や、持続可能な漁業経営の実現にも寄与するとのことだ。
他にも流出筏や漂流物(海洋デブリ)の早期検知を通じて、環境負荷と経済損失の双方を軽減する効果も期待されている。

技術的特徴
本プロジェクトの主な特徴は以下の通り。
- 衛星×AIによる高精度検出:AI技術の導入により、カキ筏の検出精度を85%以上に向上。密集地域においても個々の筏を識別可能なレベルに。
- 現場デバイス「IKAK」の実用化:年間を通してメンテナンス不要の省電力ビーコン[*2]を開発。海上での長期安定稼働を実現。
- 地域参加型のシステム構築:漁業者や地元船舶利用者がスマートフォンアプリを通じてデータを共有。地域コミュニティが主体となって、海上安全を守る新しい仕組みを実証。
本プロジェクトの核となるのは、宇宙(衛星データ)・現場(IoTデバイス)・人(地域連携)を有機的に結ぶ技術基盤の構築である。
衛星から取得した広域データをAIで解析し、現場のビーコン情報と統合することで、これまで「見えなかった海」をリアルタイムで把握できる環境の実現を目指す。
[*2] ビーコン:位置情報や状態を発信するための小型無線装置
参画機関と主な役割
本プロジェクトは、大学・企業・地域が一体となって進める産学連携の実証研究である。
それぞれの強みを持ち寄り、衛星データ解析から現場運用、クラウド連携までを一気通貫で構築する体制が整っている。

広島大学が、AI技術を利用した高精度検出アルゴリズムでSAR衛星データを解析し、シーテックヒロシマが省電力ビーコンデバイス「IKAK」で現場のデータを収集。これらのデータをアイネットのシステムで統合し可視化する。
そして、マリンクラフト風の子が現地実証および漁業者との連携を担当し、スマートフォンアプリを通じた位置情報共有や、地域参加型運用モデルの検証を推進する。
それぞれの専門領域が相互に補完し合うことで、研究開発から社会実装、地域での継続的な利活用までを一体的に推進する枠組みが形成されている。
さいごに
本プロジェクトは、衛星データ・AI・IoTを統合し、海洋産業の課題をデータ基盤上で可視化・最適化する取り組みである。
従来、カキ筏のような密集域では、衛星画像による個体識別の難しさや、現場機器の保守負荷、導入コストが普及の障壁となってきた。
本プロジェクトでは、AIによる高精度検出、長期無保守型ビーコン、クラウド一体運用によってこれらの課題を同時に克服し、現実的な運用水準へと引き上げる可能性があることが注目点である。
また、地域住民や漁業者が主体的に参加する仕組みを取り入れることで、技術が地域社会に定着する持続的なモデルを志向している点も面白い。
衛星データの民間利活用が模索段階にある中で、こうした実証が社会実装フェーズまで進展すれば、宇宙技術の価値を「地上の現場」で実感できる好例となるだろう。
参考
衛星 × AI × IoTによる「カキ筏の見える化」実現へ~呉市と広島大学が実施する海洋・海事分野共同研究プロジェクトに採択~(アイネット, 2025-11-04)





