
2025年3月4日、地球に帰還可能な宇宙実験プラットフォームを開発する株式会社ElevationSpaceは、ドイツに本社を置くロケット打ち上げ会社であるIsar Aerospace(イーザーエアロスペース)とのロケット打ち上げ契約の締結と、この契約にて同社の初号機「あおば」の軌道投入を目指すことを発表した。
Isar Aerospaceが開発するロケット「Spectrum」は、3月28日以降に最初のテストフライトが実施される予定となっている。
本記事では、ElevationSpaceの初号機の魅力や、初号機の打ち上げ契約Isar Aerospace社が選定された背景についてご紹介する。
目次
注目企業‼︎ElevationSpaceの魅力
ElevationSpaceは、2021年に設立された東北大学発の宇宙スタートアップである。
昨年には日本青年会議所が主催する「第38回JCI JAPAN TOYP 2024(青年版国民栄誉賞)」で代表取締役CEOの小林 稜平 氏が準グランプリ(総務大臣賞)を受賞、今年は経済産業省が運営するスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」の第5次選定企業に選出されるなど、近年注目を集めている企業だ。
その理由の一つは、同社の開発するサービス「ELS-R」にあるだろう。
ポストISSとして期待!ELS-Rとは
ElevationSpaceが開発する「ELS-R」は、国際宇宙ステーション(ISS)が提供する機能の一部を代替することができるサービスだ。
ISSはこれまで、基礎科学的な実験から産業利用まで幅広く利用されてきた。
宇宙での実験環境は、新薬の開発、骨・筋量の低下のメカニズムに関する知見の獲得、新素材の開発や、地上の商品のブランディングなど様々な分野において重要な役割を果たしている。
しかし、そこには課題も存在する。ISSだけでは宇宙実験等が可能なスペースや実験を行う宇宙飛行士のスケジュールに制限があるため、実験機会が限られ、プロジェクトの開始から終了まで長期間にわたる可能性がある。
また、ISSは構造寿命などの関係から2030年末に運用を終了することが決定しており、宇宙環境利用の場の継続的な確保が必要だ。
これらの課題を解決し得るのが、ElevationSpaceが開発する宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R」である。
「ELS-R」は、無重力環境を生かした実験や実証を無人の小型衛星で行い、それを地球に帰還させて顧客のもとに返す国内初のサービス。ISSの代わりを担う「ポストISS」として期待されている。ELS-R初号機「あおば」の特徴と打ち上げミッション
ELS-R初号機(技術実証機)「あおば」は人工衛星の開発技術に加え、日本の民間企業が成功させたことのない“宇宙に打ち上げた小型衛星を制御して地球に帰還させる”ことを実現するための「軌道離脱」「大気圏再突入」「回収」といった技術の実証を目的としている。
「あおば」の重量は約200kg、大きさは約1m四方で、打ち上げ後は地球低軌道上で約半年間の実証・実験を実施。その後、回収ペイロードを搭載した再突入カプセルの地球への帰還、海上での回収を予定している。回収ペイロードについては、実証したコンポーネントや素材を地球に帰還させ、顧客の元に返すことで、宇宙空間特有の微小重力、真空、熱といった環境がペイロードに与えた影響を直接観察することができ、地上の設備で詳細に解析することも可能となる。
実験・実証の詳細は、下図の通りだ。

「あおば」には、当初の想定を上回るペイロード搭載希望があったとのこと。同社サービスの実用化に期待だ。
選定されたドイツの宇宙ベンチャー
「ELS-R」の初号機「あおば」を打ち上げるのは、2018年にドイツ・ミュンヘン近郊にて設立された宇宙ベンチャーIsar Aerospace。
Isar Aerospaceは現在、地球低軌道(LEO、高度~2,000㎞)に1,000㎏のペイロードを投入できるロケット「Spectrum」を開発している。
Spectrumロケットの特徴
Spectrumは長さおよそ28m、直径およそ2mほどの高性能な2段式ロケット。
低軌道(LEO)に1,000㎏、太陽同期軌道(SSO)に700㎏のペイロードを輸送する能力をもつ。
小型衛星だけでなく、中型衛星も打ち上げることが可能だ。

また、Spectrumロケットに搭載された小型かつ取り扱いが容易なエンジン「Aquila」はIsar Aerospaceが自社で設計・製造。
人体に無害な液体プロパンと液体酸素を使用しており、二酸化炭素の排出量も少ないクリーンな推進力を提供するだけでなく、すべての炭素ベースの燃料の中で最も高い密度比推力を提供し、Spectrumのパフォーマンスを引き出しているという。
Isar Aerospaceを選択した背景
ElevationSpaceは、Isar Aerospaceと打ち上げ契約を締結した理由について以下のように語っている。
同社のロケットは目指す軌道にペイロードを直接投入が可能なことに加え、柔軟な打ち上げスケジュールを選択することができます。
実際にロケットの開発現場を視察し、高度に自動化され、垂直統合された生産アプローチによる高い技術力と信頼性を確信したことが本契約に至った理由です。
目的軌道へのペイロード直接投入と柔軟な打ち上げスケジュール
軌道への直接投入が可能なこと、打ち上げスケジュールを柔軟に選択できることは、多くの衛星事業者にとって魅力的なポイントである。
例えば、多くの大型ロケットによるライドシェアでの打ち上げでは、打ち上げスケジュールや目的地をメインの衛星に合わせる場合が多く、打ち上げ時期が遅れることや、宇宙到着後に衛星自身が目的の軌道まで移動しなければならないケースが存在する。
しかし、Isar AerospaceのSpectrumロケットは、完全に社内で設計、製造されているため、クライアントのニーズや要件の変更に柔軟に対応可能であるのだ。
高度に自動化され、全てを自社開発するための高い生産技術
また同社は、わずか 1 年足らずでロケットエンジンを含む主要なロケット部品の製造能力を確立している。
効率性・高精度を実現するため、3Dプリント技術や炭素複合材料などの最新テクノロジーを活用しながら製造プロセスを高度に自動化。製造スピードを高めることで高頻度の打ち上げを実現しながら、低コストかつ最高品質を達成することを目指している。
Isar Aerospaceは2018年に設立されて以降、Spectrumロケットをゼロから自社で設計・開発・製造し、わずか7年ほどで最初のテストフライトの実施まで辿り着いた。
そして、同社が現在までに国際投資家等から受けた累計資金調達額はヨーロッパの民間宇宙企業最大で、4億ユーロ(およそ4.3億ドル)を超えている。
また、同社はすでにAirbus Defence and Spaceをはじめとする在欧企業などから打ち上げ契約を獲得している。
これらには、同社への注目度・期待度が非常に高いことが示されているだろう。
打ち上げ間近!Spectrum第1回テストフライト
Spectrumの第1回テストフライトの概要は以下の通り。
- 日時:3月28日(金)以降
- 射場:ノルウェー北部 アン島 アンドーヤ宇宙港(Andoya Spaceport)
Spectrumロケットの第1回テストフライトは、当初、日本時間の2025年3月24日(月)に予定されていたが、風向きの影響により3月28日(金)以降に延期されている。(2025/3/27 7:00時点の情報)
ノルウェーのアンドーヤ宇宙港で実施予定のこのテストフライトは、ヨーロッパ本土からの初の商業軌道打ち上げとなる。
Isar Aerospaceは、「最初の打ち上げは、すべてのシステムの最終的な統合試験であり、私たちはテストとして取り組んでいる。」と発表している。
同社の目標は、できるだけ多くのデータと経験を収集すること。これにより、次の打ち上げに向けて分析、学習、反復、改善を行っていく予定だ。
Spectrumテストフライトの最新情報については、Isar Aerospaceの公式Xアカウントまたはこちらのニュースルームをご確認いただきたい。
さいごに
いかがでしたか。
ElevationSpace 代表取締役CEOの小林 稜平 氏は、以下のようにコメントしている。
「あおば」は日本がこれまで培ってきた豊富な小型再突入技術を土台に、地球低軌道の商業化と軌道上の交通網構築の第一歩になる宇宙機です。
「あおば」の打ち上げにおいて、欧州の宇宙開発をリードしているIsar Aerospaceと連携できることを嬉しく思います。この連携を機に、欧州を始めとする世界中のユーザーへのサービス提供を加速して参ります。
株式会社ElevationSpaceは現在、今後の事業拡大に向けて全ポジションで採用を強化している。
国内唯一の「大気圏再突入・回収技術」獲得を目指す同社の仕事に興味のある方は、ぜひこちらをチェックいただきたい。

参考
- ElevationSpace、ドイツIsar Aerospace社とロケット打ち上げ契約を締結
- ElevationSpace、経済産業省が運営するJ-Startup(第5次選定)に選出されました
- 第38回JCI JAPAN TOYP 2024(青年版国民栄誉賞)で、東北大学発宇宙スタートアップ「ElevationSpace」代表の小林稜平が準グランプリ(総務大臣賞)を受賞
- 国際宇宙ステーション(ISS)のこれまでの成果と今後の活用の在り方について
- Isar Aerospace HP
- Rocket Lab HP
- Electron PAY LOAD USER's GUIDE
- ファン!ファン!JAXA
- 「イプシロンSロケットの開発及び打上げ輸送サービス事業の実施に関する基本協定」の締結について
- イプシロンSロケット