ElevationSpaceのハイブリッドエンジン、世界初の宇宙実証に向け大進展。世界が驚くその価値とは?

2023年8月25日、株式会社ElevationSpaceは、開発中の「地球に帰還することができる小型衛星」に搭載するハイブリッドスラスタ[※1](ハイブリッドエンジン)について、軌道離脱に必要な “⾧時間の燃焼”に成功したことを発表した。

ElevationSpaceの開発しているような、高い性能、経済性、安全性を併せ持ち、さらに小型衛星にも搭載可能なハイブリッドエンジンは、世界でも宇宙実証に至っている例はなく、(※)同社は世界に先駆けた実用化を目指している。

本記事では、小型衛星業界にとってこのハイブリッドエンジンが一体どのような価値を持っているのか紹介する。

ElevationSpaceはなぜハイブリッドエンジンを開発しているのか

そもそも、ElevationSpaceはなぜハイブリッドエンジンを開発しているのか。その背景には、同社の新サービス「ELS-R」の実現がある。

「ELS-R」は、無人の小型衛星を用いて、宇宙環境下で実験や実証を行うことができるサービス。

具体的には、実験を行う準備が整った人工衛星を宇宙に打ち上げ、地球を周回する軌道上で無人で実験を実施。その後、実験を終えた衛星ごと回収するため軌道からの離脱・大気圏再突入を行い、地上に帰還させる。

このサービスにおける「地球を周回する軌道から離脱する」を実現するためには、軌道上でエンジンを衛星の動く方向の逆方向に噴射し、速度を調整する必要がある。

そのためのエンジンは、小型衛星に搭載することが可能なエンジンの大きさで且つ、軌道の移動や離脱に必要な高い推力の持ったエンジンが必要となる。

また、そのような高い推力を実現できる燃料は、毒性が高い燃料が使われることが多いこと等の課題があり、ElevationSpaceは、これらをすべて解決するようなハイブリッドエンジンの開発を行っているのだ。

© ElevationSpace

ElevationSpaceが開発するハイブリッドエンジンの3つの注目ポイント

ElevationSpaceが開発を進める固体燃料と気体/液体酸化剤を組み合わせたハイブリッドエンジンは、その特性から以下の3つの利点を有している。

1. 安全性・経済性

ヒドラジンなどの毒性の高い物質を使用しないことにより、取り扱いにかかるリスクを大幅に軽減可能。それに伴い、管理・取り扱いコストも低い。

2. 推力制御の柔軟性

花火やマッチのような固体燃料が一度火が付くとその後が調整しづらいのを想像するとわかるように、固体燃料のみのエンジンは、推力(出力)の調整が難しい。

しかし、ハイブリッドエンジンでは、気体/液体酸化剤も燃料として合成されているため、固定燃料だけでは実現できない柔軟な推力制御が可能となる。

3. 貯蔵性の強化

ハイブリッドエンジンの燃料は、固体燃料のメリットである貯蔵性も兼ね備えており、液体水素のように蒸発しやすい燃料と比べて貯蔵性にも⾧けている。

これにより、月以遠の深宇宙探査といった⾧期間の宇宙ミッションにも利用可能。

ElevationSpaceのハイブリッドエンジンに秘められた価値

これまで、小型衛星には、エンジンが搭載されないか、搭載されたとしても姿勢制御や微細な軌道修正のみに使用される低推力の小型エンジンしか搭載されないことが多かった。

しかし最近は、小型衛星が主衛星ロケットに相乗りする形で打ち上げられることが増えてきているため、打ち上げた先が目的の軌道であるとは限らない。

そのため、小型衛星が自身に搭載された比較的高推力のエンジンを利用して目的の軌道へ移動する必要性が高まっている。

また、従来の小型衛星は、運用終了後、地球の重力の影響を受けてゆっくりと軌道を離脱し、やがて大気圏に落ちるのを待つだけであった。

しかし、「スペースデブリ」問題もあり、アメリカの連邦通信委員会は、衛星の軌道離脱期間を「25年以内」から「5年以内」へと短縮する方針を打ち出したため、より早く軌道を離脱する方法を検討することが必要となった。

ElevationSpaceのハイブリッドエンジンを装備すれば、衛星は希望の軌道高度へ自力で到達したり、スペースデブリと化するリスクを低減したりすることが可能となる。

経済性、安全性を維持したまま高推力を実現するこのエンジンは、多くの小型衛星が宇宙へと打ち上げられる現代においてその価値をさらに高めているのだ。

ハイブリッド推進の特徴 ©ElevationSpace

(※ 2023年8月 Space Connect調べ)

さいごに

ハイブリッドエンジンのこれまでの研究開発では、真空環境における着火に成功している。

そして、今回は、地上での燃焼試験において、目標とする軌道を離脱する推力を得るための長時間燃焼を達成することに成功。

経済性、安全性を維持したまま高推力を実現する小型衛星用ハイブリッドスラスタの世界初の宇宙実証に向け、大きく前進した。

ElevationSpaceと共同研究を行った、東北大学の齋藤勇士助教は次のように語っている。

今回成功した⾧時間燃焼は、私の知る限りでは文献レベルで存在しない燃焼時間であり、学術レベルでも大変意義深い成果です。

過去に行われた想定外の燃焼試験結果とハイブリッドスラスタ性能を最大化するシステム設計に基づいて実施した経緯を振り返りますと、株式会社 ElevationSpace との共同研究でしか成し得なかった研究開発成果です。

今後は、真空環境での⾧時間燃焼試験などを行っていく計画だという。

そんな同社は、7月から法人向けの宇宙ビジネス研修サービスを開始。

詳しくは、【ElevationSpaceが法人向けの宇宙ビジネス研修サービスを開始】をご覧いただきたい。

注釈

[※1]スラスタ

エンジンの一種。特に宇宙船や衛星の文脈でよく使用される。通常、小さな装置で限定的な出力を持ち、方向の微調整や姿勢制御を目的としているものが多い。

参考

世界初の宇宙実証へ向け、小型人工衛星を地球に帰還させるための 高推力&経済性&安全性を兼ね備える”ハイブリッドスラスタ”、 軌道離脱に必要な長時間燃焼に成功

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