2024年8月30日、防衛省は令和7年度の予算編成に向けた要求書を公表した。
近年、宇宙領域における安全保障の重要性が増す中で、日本の防衛戦略にも宇宙関連分野への注力が一層求められている。
本記事では、防衛省の最新の概算要求から、宇宙関連分野における具体的な取り組みとその背景、そして今後の日本の安全保障に与える影響について解説していく。
防衛省の令和7年度概算要求について
概算要求とは
概算要求とは、各省庁が翌年度の予算確保に向けて必要な経費や施策を財務省に申請するプロセスだ。毎年8月末から9月初旬に行われ、政府全体の予算編成の基礎となる。
これを通じて、各省庁の重点施策や戦略的な取り組みが明確化される。
日本の防衛力整備計画
今回の防衛省による概算要求は、2022年12月に策定された「国家防衛戦略」や「防衛力整備計画」に基づいている。
これらは国の安全保障・防衛の基本方針であり、中国や北朝鮮、ロシアなど周辺国の軍事的台頭や新たな脅威に対応するため、日本の防衛力を抜本的に強化することが目的だ。
今後5年間の予算を、前期の2.5倍以上となる約43.5兆円に増額し、大規模なミサイル攻撃や、宇宙、サイバー、電磁波など新たな領域での脅威にも考慮した防衛戦略が示されている。
そこで重要となっているのが下図に示す7つの柱だ。
宇宙分野の取り組みという点で特に注目したいのは、この7つの柱の中では赤色で示した「スタンド・オフ(離れている)防衛能力」と「領域横断作戦能力」である。
宇宙関連分野の重点ポイント
宇宙関連分野においては、全て合わせると令和7年度は約5,974億円の予算が計上され、多岐にわたる施策が展開される予定だ。
特に、スタンド・オフ防衛能力のための「衛星コンステレーションの構築」と、領域横断作戦能力(宇宙)の「次期防衛通信衛星等の整備」、「宇宙作戦団(仮称)の新編」の3つの施策については、令和7年度概算要求の重点ポイントとして掲げられている。
衛星コンステレーションの構築
重点ポイントの1つ目は、衛星コンステレーションの構築である。
多数の小型人工衛星を連携させて一体的に運用する「衛星コンステレーション」を宇宙空間に配備することで、世界中あらゆる場所を観測。これにより、離れた場所からミサイルなど脅威の探知・追尾能力を獲得する。
予算は3,232億円となっており、宇宙関連領域の中で最も大型の施策だ。
民間を利用して整備していく予定であり、2025年に公募・契約を完了し、構築を開始。段階的に順次打ち上げ、2027年~2028年に本格的な運用を始める予定となっている。
次期防衛通信衛星等の整備
2つ目に、次期防衛通信衛星等の整備である。
自衛隊の衛星通信では様々な周波数の電波を利用しており、このうちXバンドと呼ばれる周波数帯域を持つ電波は気象などの影響を受けにくく安定。そのため、作戦部隊の指揮統制や作戦情報支援など、部隊行動に関わる重要な通信に使用している。
現在運用されているXバンドを使用した防衛通信衛星は、「スーパーバードC2」、「きらめき1号機」、「きらめき2号機」。
また、2024年10月20日に「きらめき3号機」がスーパーバードC2の後継機として、H3ロケット4号機にて打ち上げられる予定となっている。
2025年以降は、1号機よりも早くから運用されていた「きらめき2号機」の後継機として、通信能力等が向上された次期防衛通信衛星等を整備する。
2029年度までに1353億円かけて衛星や地上器材を設計・製造し、2030年に輸送試験を完了、打ち上げを行う予定となっている。
宇宙作戦団(仮称)の新編
3つ目に、宇宙作戦団(仮称)の新編である。これは航空宇宙自衛隊への改称も見据えており、宇宙空間の監視や対処任務を目的とするものだ。
背景には、宇宙空間から自衛隊の能力を推察する能力を有する国が増加しているほか、人工衛星を損傷しうるスペースデブリが増加していることに加え、対衛星攻撃兵器など衛星機能を阻害する技術などの進展があるだろう。
これらから日本の安全保障を守るには、不審な衛星やスペースデブリを感知・識別して、何かが起こった際に対応できる本格的な宇宙状況監視機能を保持することが重要だ。
このような宇宙状況監視機能は、防衛に限らず民生目的の人工衛星とスペースデブリの衝突回避等にも大きく寄与し、日本の安定的な宇宙開発利用の向上を図ることも可能となる。
このことから、防衛省は政府の一元的な宇宙状況監視システムの構築を見据えているのだ。
宇宙領域でのその他の取り組み
ここまで、防衛省の概算要求における重点ポイントをご紹介してきた。これらの他にも、防衛省には様々な宇宙関連の施策がある。
ここからは、宇宙関連の主な取り組みを網羅的にご紹介する。
衛星通信網の整備
- PATS対応器材の整備(21億円):米国を含む多国間で衛星通信帯域を共有する「PATS」への対応器材を整備し、衛星電波の妨害被害に対策するとともに、米軍との通信手段を確保
- 商用衛星器材等の整備(6億円):商用の低軌道通信衛星を水上艦艇における業務用通信の補完として利用し、所要の衛星通信帯域を確保。必要な器材等の装備及び利用を進め、令和10年度までに主要艦艇への搭載を完了させる見込み。
宇宙領域を活用した情報収集能力等の強化
- 戦術AI衛星実証機の試作(53億円):衛星上でAIを活用して他衛星からの情報を統合処理し、各種装備品との双方向の戦術通信を行う技術実証衛星のプロトタイプを試作
- 次世代防衛技術の実証衛星の開発(97億円)衛星ミッション機器の高機能化に対応した熱制御技術等、次世代に必要な防衛技術を実証するにあたり、衛星の設計や長納期部品の調達等を実施。
- 極超音速兵器(HGV)の対処技術向上を企図した技術検討(31億円):迎撃が難しい極超音速ミサイルの対処のため、宇宙から探知・追尾するために必要な画像処理技術や高速駆動ジンバル技術の検討を実施。
- 画像解析用データの取得(264億円):周辺地域の情報収集のため、高解像度を有する民間光学衛星や、多頻度での撮像を可能とする小型衛星等による画像を取得。
宇宙領域把握(SDA)の強化
- 電磁妨害状況把握装置の整備:衛星の運用・利用状況及びその意図や能力の把握(SDA)のため、日本の人工衛星に対する電磁妨害状況を把握する装置を取得・整備。
さいごに
いかがでしたか。
宇宙技術はナビゲーションアプリや天気予報など、我々の身近なところで生活を豊かにするものである一方、軍事的にも重要な役割を担う。
今回の防衛省による令和7年度概算要求は、宇宙領域における防衛力強化への強い意思を示しており、先進的な施策を通じて日本の安全保障体制は新たな段階へと進もうとしている。
今後、これらの施策が着実に実行され、日本の宇宙防衛力が強化されていくことが期待される。引き続き、宇宙分野における最新の動向に注目し、その発展を追っていきたい。
参考
国の予算の仕組み
防衛省 令和7年度概算要求
防衛省 パンフレット
防衛省 HP
内閣府 HP
平成29年版 防衛白書
宇宙安全保障に係る防衛省の取り組みについて