2024年8月4日、電動キックボード「Su__i(スーイ)」のシェアリングサービスを展開するCrystal株式会社は、日本の測位衛星「みちびき」を利⽤した実証実験を実施したことを発表した。
実験の結果、電動キックボードが狭い住宅街や高層ビルのある地域を走行した際、「みちびき」のサービスを利用すると、スマートフォン単体での測位と⽐較して測定した位置情報の精度が向上したという。
本記事では、「みちびき」の利用によってどのくらい測位精度が向上するのか、実証実験の概要やその結果についてご紹介する。
Crystal株式会社とは
Crystalは2019年6月に設立した企業。
自動車業界における設計・開発などのエンジニアリングサービスを展開すると同時に、自社ではWEBアプリケーションや、電動キックボードシェアリングサービス用のスマートフォンアプリなどを開発している。
今回、実証実験を行った電動キックボードシェアリングサービス「Su__i(スーイ)」は現在、名古屋地区で展開しているサービスだ。
使い捨てず、必要なときにだけ使って返すことができ、新品の購入抑制やゴミの減少に繋がる取り組みであり、排気ガスを出さないサステナブルな乗り物として注目を集めている。
同社は、「みちびき」を利用した今回の実験も含め、「Su__i」の安全性向上に向けた実証実験を重ねている。
実証実験の概要
今回の実証実験では、電動キックボードの走行経路について、「SLAS(サブメータ級測位補強サービス)」を利⽤した位置情報と、スマートフォン単体で測定した位置情報の測位精度が比較された。
「SLAS(サブメータ級測位補強サービス)」とは「みちびき」による位置情報の補強サービスの1つである。
SLAS(サブメータ級測位補強サービス)とは
スマートフォン等の衛星測位システムは、アメリカのGPSなど、主に地球全体の上空を周回する複数の人工衛星を利用して地球上の位置を特定する。
測位衛星が位置情報を測定する際に生じる誤差のうち、最も大きな要因となるのは電離圏による電波遅延による影響だ。
電離圏は、上空100~1000㎞付近にある電気を帯びた大気の層で、衛星からの電波が電離圏を通過する際に、電波の伝わる速度が遅くなったり、伝わる経路を曲げたりする。
これにより、電波が測定地点まで到達するのが遅くなるため、衛星と測定地点の間を実際よりも長い距離と計算してしまい、誤差になる。
SLASでは、日本付近に長く留まるように配置された「みちびき」が、補強情報を配信することで電離圏による位置情報の誤差を軽減。
従来の10m程度の誤差を、1m以下で測位可能にする。
みちびき(準天頂衛星システム)HP
実験場所は、①名古屋市内の狭い住宅街と、②⾼層ビル等の障害物が多い地域の2つ。
実験結果
測位情報と実際に走行した経路の誤差
まず、両方の実験場所において、スマートフォン単体で測定するより、SLASを利用して測定する方が実際に走行した経路に近い位置情報が取得された。
下図は、①名古屋市内の狭い住宅街(左)と②高層ビル等の障害物が多い地域(右)におけるそれぞれの測位と実際に走行した経路である。
両地域において、SLASを利⽤した測位(青の線)は、スマートフォン単体の測位(緑の線)よりも実際の⾛⾏経路(紫の線)に近いところを辿っていることがわかる。
また、それぞれで測定された位置情報と、実際に走行した経路の誤差をグラフで表すと、以下のようになる。なお、QZ1とはSLASを利用するための受信機である。
グラフからも、それぞれにおいてSLASを利用する方が、スマートフォン単体で位置情報を測定するよりも誤差が小さいことが読み取れる。
①名古屋市内の狭い住宅街における距離誤差平均は、SLASを利用した測位が6.17m、スマートフォンでの測位が7.58mと、その差は1.41m。
また、②高層ビル等の障害物が多い地域においては、距離誤差平均はSLASを利⽤した測位が5.83m、スマートフォンでの測位が14.63mと、SLAS利用の測位のほうが⼤幅に⼩さい。
距離誤差の度数分布
以下の表は、それぞれの地域における距離誤差の分布を示している。
横軸は実際に走行した経路との距離の誤差[m]、青い棒グラフの縦軸は測定したポイント地点の個数、
また、点線で表される黒いグラフの縦軸は、その距離の誤差以下の測定ポイント(経路上でそれぞれの位置情報を抽出した場所)の個数が、全体の測定ポイントの個数に対してどれくらいの割合であるかを示している。
①名古屋市内の狭い住宅街においては、誤差が12m以下に収まる割合は、SLASを利⽤した測位が約95%、スマートフォンの測位が約85%と、SLAS利用の際の測位精度の⾼さが読み取れる。
②高層ビル等の障害物が多い地域においては、距離誤差が12m以下に収まる割合は、SLASを利⽤した測位では約90%、スマートフォンの測位は約60%と大きく違いがでた。
両経路でSLASを利用した際には測位した位置が⼤きく外れることはほとんどなかった。
しかし、②高層ビル等の障害物が多い地域では、スマートフォンの測位では20m以上の誤差があることが多く、中には70m近く誤差が出ている地点もあった。
SLASの利用で測位精度が向上
以上から、今回のCrystalの電動キックボードによる実証実験では、SLASを利⽤した測位は、スマートフォン単体での測位に比べて、より正確な位置情報が得られることが確認された。
特に都市部など、障害物が多くスマートフォンでは位置情報が取得しにくいような場所でさえも、SLASを利用した場合は実際の位置から大きくずれることはほぼなく、SLASの利用は有効であると言えるだろう。
さいごに
いかがでしたか。
日本の測位衛星「みちびき」による位置情報の補強サービスの1つ「SLAS(サブメータ級測位補強サービス)」を利用することで、スマートフォンなどで得られる通常の位置情報よりも高精度な情報が取得できることが示された。
これにより、Crystalは「利用者の皆様に対して、安全かつ快適な移動体験を提供するための技術基盤を強化することができる」としている。
近い将来には電動キックボード「Su__i」の測位精度のさらなる向上を図り、安全性の確保にもつなげていけるような事業展開を模索していくとのこと。
電動キックボードはスーツやスカートでも利用でき、気軽な移動に便利である一方で、車両や歩行者との事故の危険性が課題となっている。
同社が今後、高精度な位置情報を利用してどのように電動キックボードの安全性を確保していくのか注目だ。