2022年2月27日、宇宙開発利用の推進において大きな成果を収めた事例に対して功績をたたえる、内閣府主催の「第6回宇宙開発利用大賞」の受賞者が発表された。
内閣総理大臣賞、経済産業大臣賞、防衛大臣賞など12の賞があり、合計13の企業・団体が受賞。
本記事では、その中から「独創的・挑戦的・先駆的な宇宙開発利用を推進する観点から顕著な功績」として高く評価され、選考委員会特別賞を受賞したEQUULEUS(エクレウス)開発・運用チームをピックアップ。
超小型探査機「EQUULEUS」による地球-月圏における軌道制御技術についてご紹介します。
目次
EQUULEUSとは
EQUULEUSは、世界最大のロケットで打ち上げられた世界最小の探査機である。
長さ37㎝、幅24㎝、高さ11㎝の6Uサイズ(1Uは一辺が10㎝の立方体サイズ)で、重さは13㎏。
このサイズの中にエンジン、姿勢制御装置、通信機、科学ミッションのための観測機器が搭載されており、超高密度な人工衛星となっている。
東京大学の中須賀・船瀬研究室と宇宙航空開発研究機構(JAXA)が連携して開発し、運用には同じ中須賀・船瀬研究室の出身者が立ち上げた株式会社アークエッジ・スペースも参画。
打ち上げは2022年11月16日。機能試験を行うオリオン有人宇宙船を乗せたNASAの巨大ロケット「SLS」の初号機(ミッション名:アルテミス1号)に相乗りする形で打ち上げられた。
メインミッションは地球-月圏における軌道制御技術の実証
EQUULEUSのメインミッションは、太陽、地球、月の重力が影響する太陽-地球-月圏での軌道[*1]操作技術の開発・実証であった。
目的地は地球から見て月の裏側にある地球-月ラグランジュ点(EML2)。
ラグランジュ点とは、ある人工衛星や探査機が2つの天体から受ける重力と自身の円運動による遠心力が釣り合う位置のことで、ここにある物体は2つの天体との位置関係を保ったまま、安定な状態で運動を続けることが可能である。
そのため燃料をあまり使わずに留まることができ、月面への物資輸送や燃料補給ができる宇宙ステーションの設置場所として期待されている地点なのだ。
また、EQUULEUSに搭載されたエンジン「AQUARIUS(アクエリアス)」の燃料は月の南極で資源としてあることが期待されている「水」である。
水を温めて発生した水蒸気を高速で排出することで推進力を得るのだが、燃料として搭載された水はたった1.2㎏と、過去の月・新宇宙ミッションと比べても燃料の量は極めて少ない。
しかし、太陽や月の重力を利用することで効率的に軌道を変更しながら目的地に向かったのだ。
[*1]軌道:人工衛星や探査機が宇宙空間で運動する際に描く道筋のことである。
3つの科学ミッションも実施
EQUULEUSはメインミッションに加えて3つの科学ミッションも実施した。内容は以下の3つ。
- プラズマを撮像する装置によって、地球磁気圏のプラズマの全体像を地球から離れた位置から観測
- 月の裏面に小隕石が衝突したときに発せられる一瞬の光をカメラで検知し、月面に降ってくる小隕石のサイズや頻度を評価。将来の月面での有人活動における脅威を見積もる
- 地球から月軌道周辺までの空間におけるダスト環境の観測・評価
EQUULEUSが成し遂げたこととは
世界初!水エンジンによる地球低軌道以遠での軌道制御に成功
EQUULEUSは11月16日に打ち上げられた後、22日に月への接近に初成功。
その後も超小型衛星の軌道の変更や軌道の修正を何度も実施し、EQUULEUSは水を燃料とするエンジンによる地球低軌道以遠での軌道制御に世界で初めて成功した例となった。
2023年末まではEML2到着に向けて順調に航行を継続したものの、通信が途絶。しかし、SLSに搭載されて打ち上げられた超小型探査機10機のうち、能動的な軌道制御に成功した唯一の例となった。
SLSの打ち上げは何度か延期しており、打ち上げ日が変わると衛星が投入される軌道条件もメインの衛星に合わせて変わるため、相乗り衛星は柔軟で素早い軌道設計・計画が要求されていた。
それに対してEQUULEUS開発・運用チームはあらかじめ巨大なデータベースを作成しており、大きな軌道条件の不確定性を抱えていても、その変更に対応して素早い軌道生成ができたのだ。
EQULLEUSのミッションにより、将来的に水を燃料とした超小型衛星が自力で月に行き、そこで燃料を補充してさらに先の火星や小惑星探査をできるという可能性が見出されたのではないだろうか。
科学ミッションクリア
各科学ミッションの観測機器(磁気圏プラズマ撮像装置、月面衝突閃光観測装置、ダスト検出器)の機能確認が順調に終了。
さらに、磁気圏プラズマ撮像装置については観測データの取得に成功した。
長周期衛星を超小型探査機から世界で初めて撮影
打上げ後3か月を経過した2023年2月に、予定にはない試みとして太陽系に飛来してきた長周期彗星(ZTF彗星)を探査機から撮影。
探査機の健全性及び高い姿勢安定度を確認した。放物線に近い軌道をもつ長周期彗星を超小型探査機から撮影したのはEQUULEUSが世界初である。
宇宙スタートアップが2社誕生
EQUULEUSは東京大学とJAXAの共同開発ミッション。
開発に参加した学生がスタートアップ企業を起業するなど、人材育成成果を上げた。(株式会社アークエッジ・スペース、株式会社Pale Blue)さいごに
いかがでしたか。
第6回宇宙開発利用大賞では、EQUULEUSを開発した東京大学の中須賀・船瀬研究室発ベンチャーで、水エンジンを開発・製造するPale Blueも宇宙航空研究開発機構理事長賞を受賞。
同社CEOの浅川 純氏は、EQUULEUSに搭載された水蒸気式水エンジンの開発チームの立ち上げおよびチームの初代学生責任者を務めた方で、EQUULEUSに搭載されている水推進機の打ち上げ後、運用アドバイザーとしても活躍した。
ほかにも、宇宙開発利用大賞では大きな功績を残している多くの企業が受賞しているので、ぜひチェックしていただきたい。