SAR衛星で地盤沈下を可視化!日本の研究室の技術でオアシスの危機解決へ

2025年4月8日、千葉大学は、同大学と上智大学の研究チームが、欧州宇宙機関(ESA)のSAR衛星「Sentinel-1」が取得したデータを解析し、エジプト西方砂漠のオアシスで局所的な地盤沈下を確認したと発表した。

生活用水や農業用水をすべて地下水に頼る降水量0㎜の極乾燥地域において、宇宙からのリモートセンシングデータはどのような役割を果たし得るのか。

本記事では、宇宙の技術を活用した具体的な一例として、地上からは見ることができない地下水の状態や利用状況を広域に評価する新手法となりうる研究例をご紹介する。

地下水は有限!?徐々に迫るオアシスの危機

エジプト西方砂漠に位置するハルガ(Kharga)およびダハラ(Dakhla)オアシスでは、農業が主要産業となっており、降水量が極めて少ない環境の中で、唯一の水源であるヌビア砂岩帯水層の地下水に依存した生活が営まれている。

オアシス位置図: ダハラオアシスとハルガオアシス
オアシス位置図: ダハラオアシスとハルガオアシス(PR TIMESより引用)

ヌビア砂岩帯水層は世界最大規模の帯水層として知られており、従来、地下水は豊富にあるとされていた。しかし現在では、新たな水涵養がほとんどなく、有限な水資源であると考えられている。

近年、エジプト政府による農地拡大政策や人口増加により、オアシスでの水需要が増大。その結果、地下水位の低下や灌漑用井戸の枯渇が報告されているという。

今後も地下水に依存せざるを得ない地域で持続可能な生活を実現するには、オアシス全域での地下水の状態を把握し、管理することが必要だ。

しかしながら、個々の井戸に関する地下水位や揚水量に関するデータは断片的であり、広域的かつ面的に帯水層全体の状態を把握することは困難であった。

現地の灌漑用の井戸: ポンプを使った揚水のための電力は、ソーラー発電で賄っている。
現地の灌漑用の井戸: ポンプを使った揚水のための電力は、ソーラー発電で賄っている。(PR TIMESより引用)

SAR衛星で進む地下水モニタリング

そこで同研究グループは、世界の地下水の過剰な揚水と地盤沈下が密接に関連している事例に着目し、地表で観測される地盤沈下から地下の情報である地下水の状態を間接的にモニタリングできないかと考えた。

これまで、オアシス地域において建物が傾くような大規模な地盤沈下は発生したことがなく、オアシス地域における地盤沈下に関する研究は世界中でも報告されてこなかった。

しかし、合成開口レーダー(SAR)を使った衛星リモートセンシング技術の1つである干渉SAR技術であれば、地盤沈下を発見できる可能性がある。

SAR衛星とは

SAR(合成開口レーダー)衛星は、地表に向けてマイクロ波を照射し、その反射波を解析することで、地形や構造物の変化を高精度に観測できるリモートセンシング技術である。

同じ地球観測衛星である光学衛星とは、下図のような違いがある

SAR衛星と光学衛星の違い
SAR衛星と光学衛星の違い ©Space Connect株式会社

最大の特長は、昼夜・天候を問わず観測が可能な点にある。砂漠地帯のような過酷な環境や雲や降雨による観測障害が多い地域でも安定したデータ取得ができるため、防災やインフラ監視などさまざまな分野での活用が進んでいる。

なかでも「干渉SAR(InSAR)」と呼ばれる手法では、同一地点を異なる時期に観測することで地表の高さの変化をミリ単位で検出することが可能となる。

この技術により、地盤沈下や地殻変動といった微細な地表の動きを面的に捉えることができるのだ。

地盤沈下の観測で地下水をモニタリング

同研究では、ハルガおよびダハラの両オアシスにおける地下水の状態を面的に評価することを目的に、SAR衛星で観測される地表のわずかな高さの変化に着目した。

実際に地盤沈下が発生しているのか、また発生しているとしたらどの地点でどの程度の沈下が起きているのかを明らかにすることが狙いである。

観測には、欧州宇宙機関(ESA)が運用するSAR衛星「Sentinel-1」のデータを使用。

2017年から2021年にかけて取得された約5年間分の衛星データをもとに、干渉SAR(InSAR)による時系列解析が実施された。

研究の概要: 地盤沈下を観測することで、利用可能な水の最大量など、地下水利用の実態を把握することができる可能性がある
研究の概要: 地盤沈下を観測することで、利用可能な水の最大量など、地下水利用の実態を把握することができる可能性がある(PR TIMESより引用)

地盤沈下の「見える化」達成と今後の展望

SARで明らかに!年間約10㎜の地盤沈下

SAR衛星データの解析結果からは、ハルガおよびダハラの両オアシスにおいて、約10mm/年の速度で地表面が下降していることが観測された。

特に、地盤沈下は植生域に集中しており、中でも下降速度が大きい場所(地点A)では、解析期間を通じて地表面が継続的に下降していることが明らかとなった。

ダハラオアシスの地表面変化速度: 青色は地表面の下降、赤色は上昇を示す。
ダハラオアシスの地表面変化速度: 青色は地表面の下降、赤色は上昇を示す。(PR TIMESより引用)
最も変化速度の大きい地点Aでの地表面の高さの時系列変化: 解析期間内で継続的に地表面が下降している
最も変化速度の大きい地点Aでの地表面の高さの時系列変化: 解析期間内で継続的に地表面が下降している(PR TIMESより引用)

また、同研究グループが現地調査を2023年8月に実施したところ、比較的固い地盤で支えられている井戸が、地盤沈下などによって地表面から飛び出してくる「井戸の抜け上がり現象」が複数の灌漑用井戸で確認された。

この現象は地盤沈下が発生している地域で典型的にみられるものであり、同研究グループはこれらの地盤沈下は地下水の揚水に起因している可能性が高いと結論付けた。

一方、砂丘地帯や植生域の外縁部においては、地表面が上昇していることも観測された。これは、オアシス周辺が相対的に標高が低い地形であるため、風で運ばれた砂が堆積し、地表面が上昇したと考えられている。

地盤沈下が与える影響と課題

今回観測された地盤沈下の主な要因としては、地下水の過剰利用が密接に関わっている可能性がある。

この知見は、単に地下水位低下の兆候を示すだけでなく、現地農業に対するリスクの可視化にもつながっている。

例えば現地では、畦で囲んだ平坦な小区画を水路から引いた水で満たす伝統的な水盤灌漑が行われている。この灌漑方法では地下水位の上昇に伴い水や土壌に含まれる塩分が毛管上昇し、水面や地表からの蒸発量が多い乾燥地域では地表近くに塩分が集まりやすいという特性がある。

さらに、わずかな地表の高低差がある場合、一部の場所に水が偏って溜まりやすくなり、土壌が長時間過剰な水分を含む状態が続くことで塩類が蓄積しやすくなり、農業生産性の低下を招くという課題も指摘されている。

今回検出された地盤沈下の速度は年数mm程度だが、沈下が不均一に進行しているため、特定の区域では地表面のわずかな変化によって水が滞留しやすくなり、土壌環境の悪化が進行するリスクが高まっているのだ。

ダハラオアシスでの水盤灌漑の様子:井戸から延びる水路沿いに縦長の農地が広がっている。
ダハラオアシスでの水盤灌漑の様子:井戸から延びる水路沿いに縦長の農地が広がっている。(PR TIMESより引用)

同研究グループは今後、現地の地下水位や揚水量のデータとこの研究結果を統合することで、地下水位低下と地盤沈下の関係をより明確に把握し、人工衛星の観測データから面的かつ高解像度な地下水をモニタリングすることが可能になると考えている。

この成果が、オアシスにおける持続可能な農地開発や土地利用計画の策定に貢献するとともに、世界中のオアシスの地下水モニタリングに展開できることを期待しているとのことだ。

さいごに

いかがでしたか。

干渉SARによる衛星データ解析により、オアシスにおいて局所的な地盤沈下が発生していること、そしてそれを地図として“見える化”した点は、世界で初めての成果となる。

特に、地下水に依存する乾燥地域において、宇宙から得られるデータが農業や環境管理に貢献する可能性を示した点は、リモートセンシング技術の実用化が着実に進んでいることを示す好例といえるだろう。

オアシスでは、地下水が有限である場合、水量が減り続ければ将来的に農業や生活が続けられず、土地が枯れる危険性がある。

同研究では今後、地盤沈下と地下水位低下の関係をより明確に把握することで、人工衛星の観測データから面的かつ高解像度に地下水をモニタリングすることを目指していく。

宇宙技術が社会課題の解決にどう役立つのか。その問いに対し、今回の研究はひとつの明確な答えを提示している。

参考

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