2025年1月7日、インターステラテクノロジズ株式会社は、トヨタグループの1社としてモビリティの変革をリードするウーブン・バイ・トヨタ株式会社と資本および業務提携に合意し、約70億円の出資を受けることを発表した。
本記事では、なぜこの提携が日本の宇宙産業にとって大きな意味を持つのか、そしてトヨタが宇宙事業に参入する背景について調査した。
目次
インターステラテクノロジズの特徴
インターステラテクノロジズは「ロケット開発×衛星通信」の垂直統合型ビジネスを掲げるスタートアップ企業である。
「ロケット開発×衛星通信」を掲げる企業は同社が国内初。衛星通信事業は多くの打ち上げ機数が必要であり、ロケット会社が有することで強みが最大化できる。実際に、Falcon9ロケット等を開発するSpaceXは衛星通信によるインターネットサービス「Starlink」事業を手掛け、時価総額約55兆円にまで成長している。
同社のロケット開発事業においては、これまで観測ロケットMOMOで計3回、国内民間企業単独として初めての宇宙空間到達を達成しており、現在は次世代機となる小型人工衛星打ち上げロケットZEROの開発を本格化。
設計・製造・試験・打ち上げ運用までのサイクルを全て社内でカバーし、主要コンポーネントは自社開発。また部品の国内生産や3Dプリンターなどの最新技術の利用により、低コスト化・高品質化の実現を目指している。
一方、衛星通信事業では、ピンポン玉サイズの超超小型衛星 数千個を編隊飛行させ、宇宙に巨大なアンテナを形成する次世代技術を研究。スマートフォンなどの地上端末と直接つなぐことができる、高速かつ大容量の次世代ブロードバンド通信の実現を目指している。
同社は、これらを組み合わせた宇宙の総合インフラ企業として、「誰もが宇宙に手が届く未来」の実現を目指しているのだ。
トヨタの知見取り入れ、ロケット量産化を目指す
インターステラテクノロジズは今回の提携により、ロケット開発について一点モノの生産から量産可能なモノづくりに転換させる方針である。
ロケット量産化の背景
世界の小型衛星打ち上げ需要は民間宇宙ビジネスの市場拡大、安全保障領域での重要性の高まり、衛星コンステレーションといった新しいアプリケーションの登場などを背景に、世界で打ち上げられた衛星の数が2016年の141基から2023年には2,860基と約20倍に急増。
これに伴い、ロケットの打ち上げ回数はアメリカでは2023年に年間116回、中国でも63回と宇宙輸送能力を飛躍的に向上させている一方、国内では3回(2024年は7回)と年数回に限られている。
そこで日本政府は、2030年代前半までに基幹ロケットと民間ロケットでの国内打ち上げ能力を年間30件程度確保し、国内外の多様な打ち上げ需要に応えることを目標に掲げているのだ。
しかし、それには現在の形である一点モノの生産から、量産に耐えうるサプライチェーンへと国内宇宙産業の構造変革が不可欠なのである。
「トヨタ生産方式」で低コスト・高品質かつ量産可能に
インターステラテクノロジズはトヨタ生産方式など自動車業界の知見やノウハウを取り入れることで、低コスト・高品質かつ量産可能なロケット開発を目指す。
トヨタ自動車の生産方式、『トヨタ生産方式』は、ムダの徹底的な排除と生産工程の最適化を追求し、リードタイムを短くするとともに高品質かつ低コストの自動車を開発してきた。
この方式は、下図のような「ニンベンのついた自働化」と「ジャスト・イン・タイム」という2本の柱で成り立っている。
インターステラテクノロジズが開発する小型ロケット「ZERO」の打ち上げには、低コスト化が求められる一方で、業界では1回の打ち上げあたり約6億円のコストがかかると見込まれており、不良品の流出が許されない厳しい品質基準がある。
そこで、トヨタの生産ノウハウを活用することで、インターステラテクノロジズは低価格で高品質なロケットの量産を実現し、将来的には打ち上げ頻度の大幅な増加も期待される。特に、不良品の流出を防ぐ「ニンベンのついた自働化」技術は、ロケットの製造工程にも応用可能だろう。
また、インターステラテクノロジズは低価格化・高品質化のため、設計・製造・試験・打ち上げ運用をすべて社内で完結する高い内製率を持ち、部品の国内生産にもこだわっている。このような開発体制は、人間が技術を持った上で自動化を進めるトヨタの生産方式と非常に相性が良いと考えられる。
ロケット開発×自動車業界のシナジー効果
ロケット開発と自動車業界の繋がり
上記で紹介した量産化技術以外にも、ロケット開発と自動車業界には共通する分野が多く、これらの企業が提携することで、すでに自動車業界で開発されている技術をロケット開発に活かすことができ、さらに、ロケット開発で発展させた高い技術は自動車業界に還元できる。
例えば、電気自動車(EV)で培われた電池・バッテリー技術は、ロケット誘導制御や通信に必要な電源システムに通じる。また自動運転技術で培われた、周囲の状況を検知して進路を自動で修正するためのAI制御やリアルタイムデータ処理技術は、ロケットが飛行中に姿勢を自動で調整し、最適な軌道に乗せる自律飛行技術に共通する。
さらに、軽量で、耐久性の高い素材の開発は自動車・ロケットともに燃費向上等に重要であり、自動車と同じ部品・素材をロケットに活用して生産ラインを転用することで生産効率の向上も期待される。
実際に本田技研工業(ホンダ)は、これまで自社で培ってきたエンジンの燃焼技術や車の姿勢制御技術等を活かし、再使用型の小型ロケット開発に取り組んでいる。
また、インターステラテクノロジズは、自動車業界のEVシフトによる部品点数の激減がもたらす課題に対して、宇宙産業が新たな受け皿になれると考えている。
具体的には、EVシフトにより、自動車の部品点数は従来の3万点から約2万点に激減すると言われており、これにより既存の部品サプライヤー網が縮小し、雇用維持が困難になることが懸念されている。 同社はその受け皿として宇宙産業を牽引し、日本の製造業に産業変革を起こすことを目指しているのである。
人材交流からより強固な戦略的提携の確立へ
インターステラテクノロジズは2020年からトヨタ自動車株式会社との人材交流を始め、その後、トヨタ自動車北海道株式会社、トヨタ車体株式会社を含め、累計11名に出向を受け入れている。
今回の提携はこれらの継続的な取り組みを経てより強固な戦略的提携の確立を目指すもので、ロケットの量産化を視野に入れた原価低減やリードタイム短縮、量産体制の構築やサプライチェーンの強化、コーポレートガバナンスの強化に向けて共同で取り組むとのこと。
今回の資本ならびに業務提携において約70億円の出資を受けるほか、ウーブン・バイ・トヨタから取締役の派遣を受け、コーポレートガバナンスを強化していく予定だという。
さいごに
ウーブン・バイ・トヨタとインターステラテクノロジズの提携は、日本の宇宙産業に大きな変革をもたらす可能性を秘めている。
これまで「量産が難しい」とされてきたロケット開発に、トヨタの生産技術や品質管理のノウハウが加わることで、低コストかつ高品質なロケットの量産化が現実のものとなるだろう。
さらに、生産ラインの共通化や人材の流動化等も期待され、ロケット開発と自動車産業の間に新たなシナジー効果が生まれることが予想される。
今回の提携の件について、インターステラテクノロジズ 代表取締役 CEOの稲川 貴大 氏は、以下のように述べている。
インターステラテクノロジズは2013年の事業開始当初から12年間、モノづくりとトライ&エラーの精神を大切にしてきました。
トヨタグループでモビリティの変革をリードするウーブン・バイ・トヨタは、当社がロケットを一点モノの生産から量産に耐えうるサプライチェーンへと昇華させ、「誰もが宇宙に手が 届く未来」というビジョンを実現するためのベストパートナーであると考えています。
2020年から継続している人材交流を経て、戦略的提携という形で今回ご一緒させていただけることを心からうれしく思います。
今後、トヨタとインターステラがどのような未来を切り開いていくのか。その一歩一歩を見逃せない。