
2025年8月19日、株式会社スペースデータ(以下、スペースデータ)と、XRおよびシミュレーション技術の開発を行う米国企業 Buendea LLC(以下、Buendea)は月面デジタルツイン構築に関する覚書を締結したことを発表した。
本記事では、スペースデータとBuendeaの技術や連携の意義等について解説する。
月面デジタルツインが求められる理由
月面デジタルツインとは、探査機が収集する地形や物理環境のデータを基盤に、通信遅延や低重力など月特有の条件を再現することで、実際の運用に近い仮想空間を構築する技術である。
その背景にあるのは、昼夜で約280℃の温度差(昼+110℃、夜−170℃)、地球の6分の1の重力、ほとんど存在しない大気といった月面特有の過酷な環境だ。こうした条件下で人間活動や拠点建設、探査機の運用を安全に進めるには、現場に赴く前に高精度のシミュレーションによる準備が欠かせない。
月面デジタルツインはまさにその役割を担う。計画立案からミッション遂行までの各段階で、探査機の挙動やロボットの作業手順を事前に検証し、潜在的なリスクを可視化して対応策を整えることができる。その成果は、探査活動全体の安全性と効率性を大きく高めるものとなる。
スペースデータの技術
この月面デジタルツインの開発を担う日本企業がスペースデータだ。
同社は「宇宙の民主化」を掲げ、宇宙をインターネットのように身近で利用可能な存在へと変えることを目指している。主なサービスは次の4つ。

第一に、「地球デジタルツイン」は衛星データと3DCGを活用して地球環境を仮想空間に再現するAI技術である。都市開発やメタバースなど様々な地上産業に応用されている。
第二に、「宇宙デジタルツイン」は宇宙環境を再現する技術である。宇宙ステーションや月面を重力や通信遅延なども含めて再現し、実際に宇宙に行かなくても似た体験ができる環境の構築を進めている。
第三に、「宇宙ステーションOS」は次世代宇宙ステーション向けのオープンソース制御ソフトウェアである。世界中の人が宇宙ステーションを作れる環境を提供し、その開発と利用の加速を目指す。
最後に、「宇宙ロボットOS」は宇宙ステーションや月面で稼働するロボット向けのソフトウェアである。宇宙飛行士の作業を代替する省人化や、地上から操作する宇宙アバターへの応用を視野に開発されている。
同社は宇宙開発とデジタル技術を融合させることで、宇宙開発や宇宙利用を支えるデジタルプラットフォームを提供し、宇宙産業を製造業から情報産業型にシフトさせていくことを目指しているのだ。
Buendeaの技術
一方、Buendea は、XR[*1]・リアルタイムレンダリング[*2]・空間シミュレーション技術の分野における先進企業である。同社は、ゲーム開発や音響技術開発分野の知見を活かし、現実世界に近い没入感のあるデジタル体験を創出してきた。
特に注目されるのが、NASA と連携して開発を進めるXR Operations Support System (XOSS)だ。
XOSSはUnreal Engine[*3]を基盤とするマルチユーザーXRシミュレーションソフトウェアで、月や火星の環境を400平方km規模で高精細に再現。宇宙飛行士の生活環境や探査作業をリアルタイムでシミュレーションすることを可能にしている。
[*1] XR:現実世界と仮想世界を融合させる技術の総称。「クロスリアリティ (Cross Reality)」または 「エクステンデッドリアリティ (Extended Reality)」の略称で、AR (拡張現実)、VR (仮想現実)、MR (複合現実) などを含む。
[*2] リアルタイムレンダリング:ユーザーの操作や状況の変化に応じて、画像や映像をその場で瞬時に生成する技術
[*3] XOSS:アメリカのEpic Games(エピック ゲームズ)社が開発したソフトウェアで、ゲームエンジンの一つ。
両社の役割と意義
スペースデータとBuendeaは、マルチユーザー対応の高精度な月面環境シミュレーションを可能にするオープンアーキテクチャの共同開発に取り組んでいる。
本提携における両社の役割は以下の通り。
- Buendea:Unreal Engineで構築された「XOSS Lunar」基盤を提供。マルチユーザーXR対応機能などの拡張開発をスペースデータと協働して推進
- スペースデータ:デジタルツイン技術および月面科学に関する知見を提供。月面の持続可能な開発に向けた産業界との連携や国際的枠組み(アルテミス合意等)に貢献
すなわち、Buendeaの月面デジタルツイン構想と「XOSS」プラットフォームに、スペースデータのAI・デジタルツイン技術と月面科学の知見を融合させることで、革新的な月面探査支援の実現を目指している。

両社が開発する月面デジタルツインアーキテクチャは、研究者、技術者、政策立案者といった多様なステークホルダーに活用されることで、月面開発を持続可能なものとし、その進展を一層加速させることが期待されている。
さらに、この協業は日米の技術連携を象徴する取り組みであり、アルテミス合意をはじめとする国際的な枠組みの推進にもつながる。
本提携は、技術的・国際的双方の観点から月面の未来構想を加速させる戦略的意義を有しているのだ。
さいごに
今回のスペースデータとBuendeaによる提携は、単なる技術開発にとどまらず、月面における人類の活動をいかに持続可能なものにしていくか、という大きな問いに挑むものだ。過酷な月環境では精緻なシミュレーションと事前検証が不可欠であり、デジタルツインはその実現を支える中核技術となる。
さらに、この技術は宇宙開発のみならず、地上の防災・インフラ管理・都市計画などへの応用も期待されている。災害時の状況把握やシミュレーションにも有効であり、宇宙で培った技術が地球の産業や社会に還元される理想的なモデルが実現されつつある。
