
2025年6月6日、株式会社ispace(アイスペース)の2回目となる月面着陸ミッションが予定されている。
このミッションが成功すれば、民間企業としてはアジア初の月面着陸という歴史的快挙を達成することになる。本記事では、ispace社の今回のミッションをこれまでの月面着陸の動向を交えつつ紹介する。
目次
前提知識:月面着陸の歴史
世界で初めて月面に到達したのは、1959年。ソ連の無人探査機「ルナ2号」が月面に衝突する形でこの偉業を成し遂げた。当時は冷戦の真っ只中であり、宇宙開発はアメリカとソ連の威信をかけた競争の場でもあった。1969年にはアメリカが「アポロ計画」で人類初の有人月面着陸に成功し、その名を歴史に刻んだ。
しかし、冷戦の終結とともに宇宙開発競争は下火となり、1972年にアメリカのアポロ計画、1976年にソ連のルナ計画がそれぞれ終了。その後、約37年もの間、月面着陸は行われなかった。
状況が再び変わったのは2013年。中国が無人探査機の月面着陸に成功したことで、宇宙開発に新たな潮流が生まれ、それ以降、中国に加えてインド、ロシア、日本、アメリカなど各国が宇宙機関主導の月探査ミッションを再び積極化させている。
そして近年では、民間企業主導の月面着陸ミッションにも注目が集まっている。
宇宙輸送や月面着陸を専門に活動する企業が登場し、科学機器やローバーなどを月まで運ぶことで報酬を得る「月面輸送ビジネス」が立ち上がりつつあるのだ。
民間企業がビジネスとして月面探査を行う新しい時代が幕を開け、各国政府も企業の宇宙開発を後押しする政策を次々と打ち出している。
民間月面着陸ミッションの紹介
民間企業が主導する月面着陸ミッションは、すでに世界各地で動き出している。ここからは、これまで実施されてきた代表的な民間月面着陸ミッションの中から、特に注目すべき3つの事例を紹介する。

事例1:SpaceIL(イスラエル)
世界で初めて民間による月面着陸に挑戦したのは、イスラエルの民間宇宙団体・SpaceILによる小型月着陸船「Beresheet(ベレシート)」だ。この歴史的挑戦は2019年に実施され、世界中から大きな注目を集めた。
SpaceILは、かつて月面着陸を競う国際コンテスト「Google Lunar XPRIZE」に参加していたチームの一つである。同コンテストは2018年に優勝者が出ないまま終了したが、SpaceILは独自に挑戦を継続。2019年2月にBeresheetを打ち上げるに至った。
Beresheetは、高さ約1m、幅約2.3mの小型宇宙船で、月の表側にある「晴れの海」領域への軟着陸を目指した。着陸の初期段階では、メインエンジンの点火などが順調に進み、高度22㎞地点で撮影した画像の地球への送信にも成功している。
しかし、着陸寸前の段階でメインエンジンに不具合が発生。着陸船は月面に秒速約1㎞で衝突し、惜しくも軟着陸の成功は叶わなかった。
それでもこの挑戦は、民間企業による初の月面到達という大きな足跡を残し、イスラエルを世界で7番目の月面到達国として位置づけるという重要な意義をもたらした。
現在、SpaceILは2回目の民間月面着陸ミッションの実施に向け、準備を進めている。
事例2:ispace(日本)
世界で2番目、そして日本として初めて民間で月面着陸に挑戦したのが、日本のispace社によるミッション「HAKUTO-R」である。
ispace社もまたSpaceILと同様、かつて「Google Lunar XPRIZE」に参加していたチームの一つであり、2023年4月に初の月面着陸ミッションを実施した。
HAKUTO-Rの着陸船は高さ約2.3m、幅約2.6mのコンパクトな設計で、少ないエネルギーで月に到達できる飛行ルートを選択することで、燃料消費を最小限に抑え、効率的な月面到達を目指した。
ミッションでは月面から高度約100kmの地点で降下を開始し、姿勢を月面に対して垂直に整えながら、秒速1m以下という非常にゆっくりとした速度で高度約5kmまで接近することに成功した。
しかし、高度測定システムに異常が発生。着陸船は実際の高度約5km地点であったにも関わらず、すでに月面に着陸したと誤認識してしまった。その結果、着陸前に燃料を使い切って制御不能に陥り、最終的に月面へと衝突した。
軟着陸成功には至らなかったが、この挑戦は民間として世界で2番目の月面到達という実績を刻んだ。ispace社にとって、この経験は次のミッションへの重要な布石となった。
事例3:Intuitive Machines(アメリカ)
民間企業として初めて月面着陸を成功させたのは、米Intuitive Machines社による2024年のミッションである。同社の小型月着陸船「Nova-C」が歴史的な快挙を成し遂げた。Nova-Cは高さ約4.3m、幅約1.6mの宇宙機で、液体酸素と液体メタンを使用した推進システムの宇宙実証を世界で初めて実施。従来の推進方式よりも大幅に燃料効率を高め、効率的な月面着陸を可能にした。
このミッションでは、レーザー距離計が機能不全に陥り、本来の着陸予定地点から約1.5㎞離れた高地で降下を開始。その結果、着陸船は実際の高度よりも高い位置にあると誤認識し、想定より高速で着陸したために脚部が破損し、最終的には横倒しの状態で月面に接地した。
しかしながら、電力供給やデータ通信機能は維持され、搭載された科学観測機器のデータや月面画像を地球に送り届けることに成功した。
技術的課題に直面しながらも、このミッションは世界初の民間企業による月面着陸成功、さらにアメリカにとっては50年以上ぶりとなる月面着陸成功という歴史的意義を持つものとなった。
また、このミッション(IM-1)の約1年後には同型の月着陸船Nova-Cを使用した2回目のミッション(IM-2)を実施。IM-2では、日本の商業用小型ローバー「YAOKI」を搭載したことで日本国内でも大きな注目を集めた。
アジア初快挙、ispace「Mission2」の現状
そして今、世界から注目されているのが、ispace社が実施する2回目の月面着陸ミッション「Mission 2 "SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON"」だ。成功すれば、日本のみならずアジアにおいても初の民間月面着陸となる。
打ち上げから月到達までの軌跡
ispace社「Mission 2」の月着陸船は2025年1月15日に打ち上げられた。
地球周回フェーズを経て、2月15日には民間の商業用月着陸船として史上初となる「月フライバイ」に成功。[*1]その後、約2カ月かけて地球から約110万kmの深宇宙を旅し、5月7日に無事月周回軌道へと投入された。
[*1]フライバイ:探査機や人工衛星、着陸船が惑星やその衛星の近くを通過すること

ミッション概要とライブ配信情報
ispace社による民間月面着陸ミッション2の概要は以下の通り。
着陸予定日時: 2025年6月6日(金)午前4時17分(日本時間)
着陸予定地点: 月面「氷の海」中央付近(北緯60.5度、西経4.6度)
ライブ配信: 同日午前3時10分からispace公式YouTubeチャンネルで配信予定
月面着陸の様子は、同社の公式YouTubeチャンネルにて午前3時10分からリアルタイムで配信予定とのことだ。
さいごに
いかがでしたか。
かつて国家間の威信をかけた宇宙開発競争だった月探査は、いまや民間企業による新たなビジネスフロンティアへと変貌を遂げている。ispace社の挑戦は、日本、そしてアジアにおける宇宙産業のプレゼンスを高めるうえでも意義深いものとなるだろう。
アジア初の民間月面着陸という歴史的瞬間が実現するのか、その瞬間を見届けよう。
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参考
- ispace、ミッション2 マイルストーン Success 8「月周回軌道上でのすべての軌道制御マヌーバ」に成功!
- ispace最速で2025年1月に打ち上げ!ミッション2の内容とは?
- 2010年以降の世界の月面着陸ミッションを時系列でご紹介!
- 我が国の月面探査に係る検討状況について
- Beresheet
- Falcon 9 launches first Intuitive Machines lunar lander
- Firefly Aerospace HP
- YAOKIも搭載!世界初の民間月面着陸に成功したIntuitive Machines のミッション2に注目
- Nova-C横転も七転びYAOKI快挙!Intuitive Machinesミッション2 月面着陸の結果まとめ
- SPACE IL HP
- SpaceIL lander crashes on moon
- Intuitive Machines and NASA call IM-1 lunar lander a success as mission winds down
- ispace、ミッション 2 の月面着陸予定時間を午前4時17分(日本時間)に更新!